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辺境雑貨屋のおっさん、実は王都最恐の元処刑人でした 〜店の子を泣かせた悪党は、魔法を唱える前に日用品で後始末します〜  作者: 他力本願寺


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第52話 魔術通信塔を燃やさない

ガルディア帝国の巨大な情報網を支える中枢の一つ、東部魔術通信塔。

天を突くようにそびえ立つその塔は、帝国全土の軍隊や影武者たちへ皇帝の意思を瞬時に伝達するための巨大な魔導装置だった。


塔の周囲は、帝国兵とエリート魔術師たちによって厳重に警備されている。


「……ここを落とせば、帝国軍の連携は完全に麻痺する」


塔から少し離れた岩山の陰。

グレン・ガロウズは、半分閉じた目で塔の最上部で青白く発光している巨大な『通信魔法陣』を見上げていた。


強行突破して塔を破壊することは可能だ。

だが、そんな派手な真似をすれば、皇帝レオニスは即座に危険を察知し、さらなる防御を固めるか、あるいは影武者を切り捨てて完全に姿を消してしまうだろう。

力で叩き潰すのではなく、機能だけを静かに狂わせる。それが、元処刑人のやり方だ。


(……壊す必要はない。少しだけ『ずらす』)


グレンは夜の闇に紛れ、音もなく岩山を下りた。

警備の兵士たちの視線をすり抜け、塔の外壁の死角へと取り付く。


塔の基部には、上部の巨大な魔法陣へ魔力を供給するための『動力炉』が設置されている。

グレンはそこへ忍び込むと、エプロンのポケットから雑貨屋の『ランプ油』と『古い布切れ』、そして『灰』を取り出した。


彼はランプ油を布に染み込ませ、それを動力炉の周囲にある魔力伝導線の「一部の接点」にだけ巻きつけた。

さらに、その上に灰をまぶし、最後に水筒の水を少しだけかけて意図的な『湿気』を持たせる。


(……これでいい)


魔法は精密な計算によって成り立つ。特に通信のような繊細な魔法は、魔力の焦点が少しでも狂えば、本来の機能を発揮できない。

グレンが仕掛けた油と灰、そして湿気は、動力炉から魔法陣へ送られる魔力の流れに、ごく微小な『抵抗』と『遅延』を生じさせるものだった。


「……通信は届く。だが、本来の形では届かない」


グレンは動力炉に一切の損傷を与えぬまま、静かに塔から離脱した。

塔の上の青白い光は、何事もなかったかのように輝き続けている。



その数時間後。

帝国内の複数の前線基地や軍管区で、不可解な混乱が起き始めていた。


「おい、この通信書はどういうことだ!」


ある歩兵部隊の指揮官が、魔術通信塔から受信したばかりの命令書を握りしめて怒鳴り声を上げた。


「『明朝、反乱分子の村を粛清せよ』という命令が、なぜか途中で途切れて……『明朝、全軍撤退せよ』に化けているぞ!?」

「た、隊長! 魔力波形が乱れていて、何度受信し直しても文字が混線して読めません!」


通信兵が青ざめた顔で報告する。

グレンが仕掛けた微細な魔力の遅延は、通信塔から送られる暗号情報のタイミングをわずかに狂わせ、結果として別の部隊への命令と完全に『混線』させていたのだ。


「ええい、撤退命令なのか粛清命令なのか、どっちなんだ!」

「確認の通信を送りましたが、本部からの返答も文字化けしていて解読不能です!」


軍隊において、最も恐ろしいのは情報の断絶ではなく『情報の混乱』だ。

間違った命令で動けば反逆罪になりかねないため、指揮官たちは一様に部隊の動きを止め、確認作業に追われることになった。


結果として、帝国全土で予定されていた民衆への弾圧や強引な徴発作戦の多くが、物理的な衝突を起こすことなく白紙に戻された。

グレンは誰も殺さず、ただ魔力の流れを少し『ずらした』だけで、無数の命を救ったのだ。



一方、その頃。

帝都の最奥、レオニス・ガルディアの玉座の間。


「……陛下。各地の通信塔から、原因不明の通信障害の報告が相次いでおります」


冷や汗を流しながら報告する側近に対し、レオニスは玉座に深く腰掛けたまま、不快そうに目を細めた。


「通信塔が、破壊されたのか?」

「いえ、外傷は一切ありません。魔力も正常に供給されています。ですが、送受信される文字配列だけが、なぜかデタラメに書き換わってしまうのです」


その報告を聞き、レオニスの口元がわずかに歪んだ。


「……破壊せずに、機能だけを奪ったというのか」


レオニスは、自分の作り上げた完璧な帝国というシステムが、目に見えないところで少しずつ蝕まれているのを感じていた。

影武者の偽装を靴底から見破り、通信塔を壊さずに情報を狂わせる。

それは、正面から殴りかかってくる戦士のやり方ではない。


「……あの処刑人は、私の首ではなく、帝国の『神経』を切っているのだな」


レオニスの低い声が、玉座の間に不気味に響いた。


「面白い。……ならば、神経が完全に麻痺する前に、その男を私の御前へと引きずり出すしかない」


皇帝はゆっくりと立ち上がり、傍らに控える近衛騎士団長を見下ろした。


「帝都の防衛網を全て開け。……あの男を、この玉座の間まで通せ」

「へ、陛下!? しかし、それでは……!」

「構わん。私の不死の力を、直接見せてやる」


レオニスの瞳の奥に、狂気に満ちた光が宿る。

通信網の混乱は、皇帝と影武者たちの連携をも断ち切る致命的な布石となっていた。

だが、皇帝自身はそれを迎え撃つ圧倒的な自信を持っていた。


雑貨屋の親父と、不死の皇帝。

大陸の覇権を揺るがす最後の戦いが、いよいよ帝都の中枢で始まろうとしていた。

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