表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
辺境雑貨屋のおっさん、実は王都最恐の元処刑人でした 〜店の子を泣かせた悪党は、魔法を唱える前に日用品で後始末します〜  作者: 他力本願寺


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

PR
48/57

第48話 帝国の荷札は重い

アルヴェン王国とガルディア帝国の国境を越え、帝国領内に入って最初の巨大商業都市。

かつて王都で最強の執行人と恐れられた男、グレン・ガロウズは、古びた革のコートの襟を立て、賑わう市場の喧騒の中に完全に溶け込んでいた。


ここは帝国軍が前線へ物資を送り出すための、重要な補給拠点でもある。

市場には様々な商人たちが集まり、干し肉や小麦、武具などの取引を大声で行っていた。


だが、グレンの半分閉じた眠そうな目は、表向きの商品の質や価格などには一切向けられていなかった。


(……干し肉の質は普通だ。だが、動きが不自然だな)


グレンの視線は、市場の隅で荷馬車に積荷を載せている数人の「商人」に固定されていた。

彼らの荷馬車には『高級織物』と書かれた木札が提げられている。


グレンは足音を殺して人混みを歩き、荷馬車が通り過ぎる際の『わだち』の深さを観察した。


(布地にしては、馬の足の沈み込みが深すぎる。積荷の重心が明らかに下にある)


布のような嵩張るが軽いものではなく、小さくて極端に重いもの。すなわち、大量の鉄の武器や防具が木箱の中に詰め込まれている証拠だった。


さらに、商人が取引で使っている『秤』の扱い方。

一般の商人であれば、客と交渉しながら分銅を足し引きし、少しでも自分に有利になるような乗せ方をする。

だが、その男たちは、あらかじめ決められた重さの分銅を無駄のない動きで天秤に乗せ、機械的に重さを確認しているだけだった。商売の駆け引きではなく、ただの『計量任務』を行っている軍人の癖だ。


そして何より、決定的な違和感は『荷札の結び方』にあった。


(……帝国軍輜重兵の、八の字結び)


通常の商人は、荷解きがしやすいように簡単な結び目にするか、封蝋で閉じる。

だが、彼らの木箱に結びつけられた荷札の麻紐は、悪路の輸送でも絶対に解けないよう、帝国軍特有の複雑で強固な結び方で固定されていた。


グレンは路地裏の暗がりに身を潜め、荷馬車が向かう先を静かに見送った。

剣も魔法も使わず、ただの雑貨屋の知識だけで、民間商人に偽装した帝国軍の秘密補給部隊を完全に見抜いていた。



その日の深夜。

商業都市の外れにある、厳重に警備された巨大な倉庫群。


月が雲に隠れた瞬間、その中の一つの倉庫の屋根から、音もなく黒い影が内部へと滑り降りた。

グレンは梁から太い糸を伝って、静かに床へと着地する。


倉庫内には、市場で見かけた偽装荷馬車から運び込まれた無数の木箱が、部隊ごとに高く積み上げられていた。

箱の周囲には、許可なく開けようとすれば炎が吹き出す『警戒の魔法陣』が薄く光を放っている。


魔法使いであれば、この魔法陣を解除しようと魔力を練るだろう。

あるいは力自慢の戦士であれば、警備の兵を皆殺しにして物資に火を放つかもしれない。


だが、グレンはそのどちらも選ばなかった。

彼は魔法を使えないし、派手な破壊活動をして自分がここにいることを帝国に教える気もなかった。


グレンは木箱の側面に回り込むと、エプロンのポケットから小さな短刃を取り出した。


(……中身を開ける必要はない。魔法陣に触れる必要もない)


彼が刃を向けたのは、木箱に結びつけられている『荷札の麻紐』だった。

魔法陣は箱の開閉を感知するが、外側に提げられた荷札の紐には反応しない。


グレンは手際よく荷札の紐を切り、別の部隊宛ての木箱の荷札と素早く『入れ替えて』いった。そして、切った紐を自前の新しい麻紐で結び直す。

結び方は当然、帝国軍輜重兵の八の字結びだ。


最前線の歩兵部隊へ送られるはずの「武器・防具」の荷札を、後方支援部隊の「鍋釜・野営道具」の箱へ。

精鋭の魔術部隊へ送られるはずの「魔力触媒・回復薬」の荷札を、騎兵隊用の「馬の飼料」の箱へ。

そして、機動力を誇る騎兵隊へ送られるはずの「交換用馬具」の荷札を、倉庫の隅で湿気を吸って放置されていた「不良品の矢羽根」の箱へ。


広大な倉庫の中で、ただ麻紐の結び目を解き、結び直すだけの静かな作業。

血は一滴も流れない。

だが、それは軍隊という巨大な暴力を根底から瓦解させる、最も致命的な一撃だった。


「……裁きじゃない。ただの仕分けだ」


数十個の荷札を完全にすり替えたグレンは、半分閉じた目のまま短く呟き、再び屋根の梁へと音もなく登っていった。



数日後。

王国侵攻に向けて集結していた、帝国軍の前線野営地。


「よし! ついに本国からの補給物資が届いたぞ! すぐに箱を開けて装備を整えろ!」


歩兵部隊の隊長が、運ばれてきた真新しい木箱の前で声を張り上げた。

兵士たちが歓声を上げ、バールで木箱の蓋をこじ開ける。


だが、箱の中を覗き込んだ兵士たちの歓声は、瞬時に凍りついた。


「な……なんだ、これは……っ!?」

「隊長! 中身が……剣や槍じゃありません!」


木箱の中にぎっしりと詰め込まれていたのは、鈍く光る刃ではなく、黒光りする大量の『鉄鍋』と『スープ用の大釜』だった。


「ふざけるな! 俺たちはこれから戦うんだぞ! 鍋の蓋で敵の剣を防げというのか!」


隊長が激昂して木箱を蹴り飛ばした。


混乱は歩兵部隊だけではなかった。

隣接する魔術部隊の野営テントからは、魔術師たちの悲鳴のような怒号が上がっていた。


「おい、どうなっている! 魔力触媒の箱を開けたら、なぜ干し草とオーツ麦が詰まっているんだ! こんなものでどうやって魔法を撃てというのだ!」


さらに離れた騎兵隊の陣地でも、絶望の声が響き渡る。


「馬具がない! 箱の中身は全部、使い物にならない湿気た矢羽根だ! これでは馬に鞍すら乗せられないぞ!」


前線基地は、たった一度の補給物資の到着によって、完全に機能不全に陥っていた。

武器のない歩兵。魔法を撃てない魔術師。走れない騎兵。


「補給部隊は何をやっている! 荷札と中身が全く違うではないか! すぐに後方へ連絡しろ!」


怒号と混乱が渦巻く中、部隊の進軍は完全に停止した。

誰も死んでいない。誰一人として血を流していない。

ただ、小さな『荷札』が入れ替わっただけで、帝国が誇る巨大な軍事力は、泥沼に足を取られたようにピタリとその歩みを止めたのだ。



同じ頃。

商業都市の安宿の薄暗い一室で、グレンは倉庫から持ち出していた『補給帳簿の写し』に静かに目を通していた。


帝国の補給網が混乱し、前線の進軍が遅れることはすでに計算通りだ。

彼が今確認しているのは、この巨大な軍事力を動かしている『脳』の居場所だった。


「……」


グレンの指先が、帳簿の最後の方のページでピタリと止まる。


そこには、通常の部隊とは全く異なる、莫大な量の最高級物資の移動予定が記されていた。

行き先は、王国国境に近い最前線の巨大要塞。

そして、その物資の受取人の欄には、ただ一言、こう記されていた。


『皇帝直属・影列』


グレンの半分閉じた目が、微かに鋭く細められた。

影列。

ノアがかつてスリ取った暗号の断片にもあった言葉。

それは、帝国皇帝レオニス・ガルディアの絶対的な権力を支える、不死と恐怖の象徴。


「……やはり、出てくるか」


グレンは写しの紙をランプの火で静かに燃やし、その灰が床に落ちるのを見つめた。

帝国の皇帝が、自ら前線へと動こうとしている。


「処刑台は、先に組んでおくものだ」


灰を踏みにじり、グレンは立ち上がった。

王国西端の雑貨屋のオッサンと、大陸を支配する皇帝。

最後の戦いが、ついにその輪郭を現し始めていた。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ