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辺境雑貨屋のおっさん、実は王都最恐の元処刑人でした 〜店の子を泣かせた悪党は、魔法を唱える前に日用品で後始末します〜  作者: 他力本願寺


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第2話 この手か?

「ふざけるなッ! たかが辺境の、うだつの上がらない雑貨屋だろうが!」


激しい怒鳴り声が、赤鼠商会の本部に響き渡った。

分厚いマホガニーの机を拳で叩きつけたのは、商会主のバルド・レックだ。


彼の目の前には、腕を不自然に吊った下っ端の男が青ざめた顔で立っていた。

今朝方、逃げ出した『商品』である孤児を連れ戻しに行き、逆に手首を外されて逃げ帰ってきた男だ。


「申し訳ありません、バルド様……っ! ですがあの親父、ただ者じゃありません! 目にも留まらぬ速さで、得体の知れない武器を――」

「言い訳をするな! このまま引き下がれば、我が赤鼠商会が素人の店主一人にビビッて逃げ出したと、街中で噂になるだろうが!」


バルドは太った体を揺らし、豚のような鼻を鳴らして吐き捨てた。


「おい、お前ら! 今すぐ何人か連れてあの薄汚い店に向かえ! ガキを取り返し、あの小生意気な店主は半殺しにしておけ! 見せしめだ!」


控えていたゴロツキたちが、下卑た笑いを浮かべて首を鳴らす。

辺境都市ラステルにおいて、赤鼠商会に逆らって無事で済んだ者はいない。

彼らにとって、相手がただの雑貨屋であるなら、それは造作もない「憂さ晴らし」の仕事でしかなかった。



その頃、雑貨屋『からすの止まり木』の裏口にある小さな生活スペース。


「ほら、冷めないうちに食べて。ノア君」


リナは、木のお椀に注いだ温かい野菜スープと、少し硬い黒パンをテーブルに置いた。

椅子に縮こまるように座っていた少年・ノアは、スープの匂いにごくりと喉を鳴らしながらも、怯えた目でリナを見上げた。


「……いいのかよ。俺なんかに」

「いいの。店主さんのおごりだから」


リナが優しく微笑むと、ノアはたまらなくなったようにパンを手に取り、夢中でスープに浸して口に運び始めた。

あっという間に平らげてしまう姿を見て、リナは悲しそうに目を伏せた。

どれほどひもじい思いをしてきたのか、想像に難くない。


「ごちそうさまでした……あのさ」


一息ついたノアは、ぽつりとこぼした。


「俺、やっぱり出ていくよ」

「どうして?」

「このままここにいたら、あの商会の奴らが絶対に戻ってくる。あんたたちまで、酷い目に遭わされちまう。俺のせいで……」


ノアは自分の細い腕に刻まれた、赤いネズミの焼き印を隠すように押さえた。

震える彼の手を、リナは両手でそっと包み込んだ。


「逃げても、また捕まるだけよ。あの人たちは、その印がある限りどこまでも追ってくるわ」

「でも……っ!」

「大丈夫」


リナは、店の奥で黙々と在庫の確認をしているグレンの背中を見つめた。

ただの古びたエプロンを着た、無愛想なおじさん。

けれど、今朝見せたあの底知れぬ静けさが、リナに奇妙な安心感を与えていた。


「店主さんが、きっと何とかしてくれるから」



昼下がり。

リナは足りなくなった保存食の買い出しのため、ノアを連れてすぐ近くの市場へ出ていた。

店内に一人で残すよりも、自分の目の届く範囲に置いておきたかったからだ。


だが、それが裏目に出た。


「おっとォ? うちの逃げ出した『商品』が、こんな所で油を売ってるとはいい度胸だなぁ!」


路地裏から、柄の悪い男たちが三人、ぞろぞろと現れた。

赤鼠商会のゴロツキたちだ。

彼らはニヤニヤと下品な笑いを浮かべ、退路を塞ぐように扇状に広がる。


「ひっ……!」

「ノア君、私の後ろに!」


リナは咄嗟にノアを庇い、男たちの前に立ち塞がった。


「どけよ小娘。そいつは俺たちの商会の所有物だ。お前らみたいな底辺の雑貨屋が関わっていい相手じゃねえんだよ」

「人、を……モノみたいに扱わないで!」


リナは震える声で、それでも気丈に叫んだ。

その態度が、男のチンピラ根性を刺激した。


「生意気言ってんじゃねえぞ、くそビッチが!!」


男の一人が、大きく腕を振りかぶり、リナの頬を力の限りに殴りつけた。


「きゃあっ!」


乾いた音が響き、リナの華奢な体が石畳に投げ出される。

買ったばかりの野菜が散らばり、リナの白い頬が赤く腫れ上がった。


「リナ姉ちゃん!」

「うるせえガキ!」


ノアが叫ぶが、男たちは意に介さない。

口の中に血の味が広がる。

リナは痛みに耐え、絶対に泣くまいと唇を強く噛み締めた。

ここで泣いたら、ノアがもっと絶望してしまう。


「おい、その小娘も顔は悪くねえ。一緒に売り飛ば――」


男が下卑た言葉を紡ごうとした、その時。


「……」


路地の入り口に、一つの影が立っていた。

エプロン姿の、無精髭の男。

グレンだ。


彼はゆっくりと、音もなく歩み寄ってくる。

その手には剣もなく、杖もない。

ただ、半分閉じたような眠そうな目が、殴った男を真っ直ぐに捉えていた。


「店主、さん……」


リナはグレンの姿を見た瞬間、張り詰めていた糸が切れたように、こらえていた涙を一筋だけこぼした。


「あ? なんだてめえ。その小娘の知り合いか?」


殴った男が、鼻で笑いながらグレンに向き直る。

だが、次の瞬間。

男の顔から、さっと血の気が引いた。


(な、なんだこいつは……!?)


グレンは何も発していない。怒鳴ってもいない。

ただ静かに歩いてくるだけだ。

それなのに、男の生存本能が『これ以上この男の視界にいてはならない』と警鐘を鳴らしていた。

まるで、巨大な死神に見下ろされているかのような、圧倒的な重圧。


「チッ……おい、今日はこのくらいにしておくぞ! ズラかるぜ!」


男は恐怖を誤魔化すように叫び、踵を返して逃げ出そうとした。

グレンは追わない。

慌てて追う必要がないからだ。


「あびゃっ!?」


男が路地を曲がろうと強く踏み込んだ瞬間、その足が不自然に宙を舞った。

石畳の上に、ぬるぬるとした透明な液体が撒かれていたのだ。

グレンがこの場に来る直前、彼らが逃げるルートを予測し、あらかじめ撒いておいた『濃縮した石鹸水』である。


男は勢いよく宙に浮き、受け身を取る暇もなく、背中から強かに石畳に叩きつけられた。


「グガッ……!?」


肺から空気が抜け、男が苦悶の声を上げる。

そこに、静かな足音が近づいてきた。


倒れ伏した男の右手の甲。

リナの頬を殴りつけた、その拳。


グレンは、底の硬い革靴で、その手の上に静かに足を乗せた。


「この手か?」


淡々とした、感情のない声。

次の瞬間、グレンは一切の躊躇なく、全体重を乗せて踏み躙った。


メキッ、バキッ!!


「ギィヤアアアアアアアアアアアアアアアアッ!?」


骨が粉々に砕ける短い音と、鼓膜を劈くような絶叫が路地裏に響き渡った。

男の右手は完全に原型を留めないほどに潰れ、二度と物を握ることも、人を殴ることもできない肉の塊と化していた。


あまりの惨劇に、残りの二人のゴロツキは悲鳴すら上げられず、仲間を見捨てて蜘蛛の子を散らすように逃げ去っていった。


グレンは潰れた手から足を退け、静かにリナの元へ歩み寄る。


「……立てるか」

「はい……」



店に戻ると、グレンはカウンターの奥から小さな瓶を取り出した。


「……冷たいぞ」


グレンの指先が、薬草の匂いがする緑色の軟膏を、リナの赤く腫れた頬にそっと塗る。


「痛っ……でも、大丈夫です。ありがとうございます」

「……」


グレンは何も言わず、ただ丁寧に薬を塗り込んだ。

そして、部屋の隅で震えているノアの方へと視線を向ける。


「ノア」

「……はい」

「今夜は、絶対に店から出るな」


それは、静かだが、絶対に逆らえない響きを持った命令だった。


グレンはそれだけを言い残すと、店の奥の陳列棚へと向かった。

彼の手が、棚の一番奥に隠されるように置かれていた古い木箱に伸びる。


木箱の中に入っているのは、使い込まれた不気味な『黒い縄』。


それを静かに手にとったグレンの目は、すでに雑貨屋の親父のものではなく、王都で恐れられた死神――『黒縄の執行人』の目になっていた。

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