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辺境雑貨屋のおっさん、実は王都最恐の元処刑人でした 〜店の子を泣かせた悪党は、魔法を唱える前に日用品で後始末します〜  作者: 他力本願寺


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第13話 銀貨の匂い

衛兵詰所の地下に急造された、冷たく湿った監禁室。

暗闇の中、絶望に打ちひしがれていたドラン・メイザーの目に映ったのは、救済の使者などではなかった。


月明かりを反射して鈍く光る、一本の暗殺用の短剣。

黒い夜会服に身を包んだ男は、無能な駒となったドランの口を永遠に封じるため、一切の躊躇いなくその凶刃を振り下ろした。


「ひっ……!」


ドランが喉を引き攣らせ、死を覚悟して目を閉じた、その瞬間。


ガンッ!


硬質な金属音が地下室に響き渡り、火花が散った。

暗殺者の手から弾き飛ばされた短剣が、石の床に落ちてカラカラと音を立てる。


「なっ……!?」


暗殺者が驚愕に目を見開く。

彼の右手首を正確に打ち据え、短剣を叩き落としたのは、どこにでもあるような『古い鉄鍵』だった。

監禁室の分厚い鉄扉の隙間から、何者かが凄まじい精度と速度で投げ込んだのだ。


「……そこまでだ」


鉄扉の向こう側、薄暗い通路に、半分閉じたような目をした男が立っていた。

古びたエプロン姿の雑貨屋、グレンだ。


暗殺者は舌打ちをし、即座に懐から予備の毒針を取り出そうとした。

しかし、グレンはすでに鉄格子の隙間から手を伸ばし、暗殺者の衣服の首元――暗殺用の黒装束特有の、顔を隠すための布の結び目を強く引き絞っていた。


「がっ……!」


首を絞め上げられたのではない。布の張力を利用して頸動脈を瞬時に圧迫され、意識を刈り取られたのだ。

暗殺者は抵抗する間もなく白目を剥き、崩れ落ちた。

自死による口封じすら許さない、迅速で確実な制圧だった。


グレンは気絶した暗殺者を床に転がしたまま、腰を抜かして震え上がっているドランを見下ろした。


「あ、あ、ああ……」

「……お前を殺しに来た男だ」


グレンの平坦な声に、ドランはガタガタと歯の根を鳴らした。

自分が忠誠を誓い、見返りを期待していた相手が、いとも簡単に自分の命を切り捨てようとした。その残酷な現実が、彼の心を完全にへし折った。


「……吐け。誰の指示だ」


グレンの静かな問いかけに、ドランはもう権威を盾にする気力すら失っていた。

涙と鼻水にまみれた顔を上げ、すがるように叫ぶ。


「い、言う! 全部言うから、俺を殺さないでくれ! あいつらから守ってくれ!」


ドランは裏金の流れ、偽造命令書の出処、そして帝国銀貨を自分に渡していた黒幕の名を、狂ったように吐き出し始めた。


「ヴェインだ……! マルクス・ヴェイン男爵! あの男が、赤鼠商会の残党を使って帝国から銀貨を流し込んでいたんだ!」


辺境の薬草利権を牛耳る、新興の貴族。

表向きは慈善事業にも手を出している上品な男だが、その裏で帝国と通じ、街の腐敗を操っていたのだ。


グレンはそれ以上の追求はせず、無言で踵を返した。

ドランはそのまま、王都から派遣されたわけではない、街の商人組合と良識ある若手の衛兵代理たちの手によって、厳重な監視下に置かれることとなった。


彼がかつて法を盾にして閉じ込めていた街の人間たちが、今度は彼を監視する檻となったのだ。



翌朝。

辺境都市ラステルの南通りは、久しぶりに明るい喧騒に包まれていた。


「さあさあ、焼きたてのパンだよ! 今日は特別に一個おまけしておくからね!」


通りに面したマルタ婆さんのパン屋からは、香ばしい匂いと活気のある声が響いている。

ドランの私兵のように振る舞っていた衛兵たちの姿は消え、理不尽な封鎖線も撤去されていた。


「マルタ婆さん、おはようございます!」

「おや、リナじゃないか。店主はどうしたんだい?」

「店主さんは、朝からちょっと用事があるって出かけてます。もう、お店の掃除を私に押し付けて……」


口では文句を言いながらも、リナの表情は晴れやかだった。

横では、ノアが大きな荷物を抱えてパン屋の裏口へと運んでいる。


街を覆っていた重苦しい沈黙の檻は、完全に砕け散った。

人々の顔にはまだ不安の欠片が残っているものの、自分たちの手で街の日常を取り戻したという小さな誇りが、確かに芽生え始めていた。



同じ頃。

南通りから少し離れた路地にある、セラの薬屋。


「はい、これで大丈夫です。数日は無理をしないでくださいね」


セラは、腕に包帯を巻いた初老の商人に優しく微笑みかけた。

ドランの封鎖線で乱暴に突き飛ばされ、怪我を負った街人の一人だ。彼女は朝から、そうした小さな怪我人たちの手当てに追われていた。


「ありがとう、セラさん。あんたには本当に世話になる」


商人が頭を下げて店を出ていくのと入れ替わりに、入り口のドアが静かに開いた。


「……客の邪魔だったか」


無精髭にエプロン姿のグレンが、ゆっくりと店内に入ってくる。

セラは少しだけ目元を緩め、カウンターの奥から立ち上がった。


「いいえ。ちょうど一段落したところです。……お疲れ様でした、グレンさん」

「……」


グレンは何も答えず、カウンターの前に立ち、エプロンのポケットから一枚の硬貨を取り出した。

コトリ、と木の板の上に置かれたそれを見て、セラの表情が微かにこわばる。


狼の紋章が刻まれた、ガルディア帝国の銀貨。


「……ドランが吐いた。これを流しているのは、ヴェイン男爵だそうだ」


グレンの言葉に、セラは血の気の引いた唇を強く噛み締めた。

彼女は震える指先でその銀貨に触れる。


「……やっぱり、男爵が……」

「知っているのか」

「私の夫は……」


セラは静かに、伏せ目がちに語り始めた。

街医者であった彼女の亡き夫は、数年前に不審な事故で命を落としている。

その直前、夫は辺境に不自然に出回る「帝国産の粗悪な毒薬」の流通経路を調べていた。


「あの日、夫が最後に残した手記の間に……この銀貨が挟まれていたんです」


セラの声は微かに震えていた。

ドランの腐敗の裏にあった帝国銀貨の匂いは、単なる賄賂や密貿易の証拠ではなく、セラの夫の死の真相へと真っ直ぐに繋がっていた。


グレンは半分閉じた目で、カウンターの上の銀貨を見つめた。

街の檻を壊しても、その根に張る毒はまだ抜け切れていない。そして、その毒は目の前の静かな未亡人の過去を、今も深く蝕んでいる。


「……そうか」


グレンが短く応え、何かを言いかけた時だった。


バンッ! と、薬屋のドアが乱暴に開け放たれた。


「薬師のセラだな」


入ってきたのは、仕立ての良い高価な服を着た、冷たい目つきの男だった。

衛兵ではない。貴族に仕える私兵の身なりだ。


「……何の用ですか」

「当主からの通達だ」


男は懐から、上質な羊皮紙でできた一枚の書状を取り出し、カウンターに叩きつけた。

そこには、重々しい青色の封蝋が押されている。


「我が主、マルクス・ヴェイン男爵からの正式な命令である。この薬屋および周辺の土地を、直ちに我が家に売却し、立ち退くように」


それは交渉ではなく、絶対的な権力を持った貴族からの、有無を言わせぬ宣告だった。


セラの顔が青ざめ、グレンの目が静かに細められる。

辺境の街に平穏が訪れる暇もなく、より巨大で上品な顔をした悪意が、薬屋の未亡人にその牙を剥き出しにしていた。

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