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辺境雑貨屋のおっさん、実は王都最恐の元処刑人でした 〜店の子を泣かせた悪党は、魔法を唱える前に日用品で後始末します〜  作者: 他力本願寺


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第12話 法を盾にした者

ラウスが石畳に崩れ落ちた簡易法廷は、水を打ったような静寂に包まれていた。


王都の魔法剣士が、剣を抜くことすら許されずにへし折られた。その圧倒的な現実を前に、ドラン・メイザーの顔からは完全に血の気が引いていた。

彼はガタガタと震える手で、一段高い裁判席の机を叩いた。


「な、何をしている! 衛兵ども、突撃しろ! その男は凶悪な罪人だ! 今すぐ囲んで突き殺せ!」


ドランが金切り声を上げるが、広場を囲む衛兵たちは互いに顔を見合わせ、一歩も動こうとはしなかった。彼らが頼りにしていた最強の切り札が、一瞬で無力化されたのだ。ただの雑貨屋の親父に見える男への恐怖が、彼らの身体を金縛りにしていた。


グレンは衣服についた土埃を軽く払うと、ドランの机の前に歩み寄り、エプロンの大きなポケットからいくつかの『品々』を取り出して、次々と机の上に並べた。


一つは、魔力を帯びて淡く光る『録音魔石』。

一つは、第7話で偽造を暴いた、代官の判子が不自然に押された『偽造命令書』。

一つは、南通りの封鎖に使われていた、赤鼠商会の赤い塗料がついた『木札と杭の破片』。

そして最後は、ノアが夜の倉庫から命懸けで見合せてきた、狼の紋章が刻まれた『ガルディア帝国の銀貨』だった。


「……録音魔石を再生しろ」


グレンが静かに告げると、近くにいた書記官が震える手で魔石を起動した。

広場全体に、ドランの部下たちの生々しい会話が響き渡る。


『おい、早く馬車に積め。隊長からの指示だ』

『しかし、あの雑貨屋の親父のおかげで、表立っての集金がやりづらくなっちまったな』


言い逃れのできない汚職の証拠。そして敵国の通貨である帝国銀貨。

広場の商人や住民たちの間に、一気に怒りのざわめきが広がった。


「これらはすべて、お前が赤鼠商会と癒着し、その遺産を流用して南通りを不当に弾圧していた証拠だ。さらに、敵国との不審な資金流用の疑いもある」


グレンの淡々とした指摘に、ドランは狂ったように首を振った。


「黙れ! 黙れ黙れ! そんなものはゴミ同然の紙切れだ! 誰がそれを証拠と認める! 代官が不在のこの街において、罪を定義するのは俺だ! 法を執行するのも俺だ! 法は俺なのだ!!」


ドランは立ち上がり、自身の仕立ての良い制服と、胸に輝く衛兵隊長の階級章を誇示するように両手を広げて叫んだ。

暴力が通じないのなら、自らが持つ絶対的な『権威』で押し切る。法を盾にしてきた男の、それが最後の悪あがきだった。


グレンは半分閉じた眠そうな目で、狂態を晒すドランを見上げた。

その口から、低く、冷徹な一言が放たれる。


「……なら、街の前で折れろ」


その言葉が合図となったかのように、広場を埋め尽くしていた群衆の中から、一人の老女が進み出た。

パン屋のマルタ婆さんだ。


「そうだ。あんたは法なんかじゃない。ただの泥棒の親玉さ! 毎月のみかじめ料を治安維持費なんて名目に変えて、私らの生活を脅かしやがって!」


マルタ婆さんの叫びに続くように、今度は薬師のセラが凛とした声で告げた。


「私の店への薬草販売停止命令も、ドラン隊長、あなたの独断による偽造文書でした。法の名を借りて、病人を人質に取るような真似、絶対に許されません」


二人の勇気ある言葉が、街の人々の心に燻っていた火種に火をつけた。


「うちの店も、言いがかりで罰金を取られた!」

「俺の家にも、嫌がらせの衛生検査が来たぞ!」

「子どもたちを収容所に閉じ込めようとしたのも、自分たちの悪事を隠すためだったんだろ!」


一人、また一人と、商人や住民たちが前に出て、ドランから受けた不当な迫害を暴露していく。

ノアたち孤児も、しっかりと手を繋ぎながらドランを強く睨みつけていた。


ドランが書類と権限で街に嵌め込んでいた「沈黙」という名の檻が、街人たちの生々しい証言の連鎖によって、音を立てて粉々に砕け散っていく。


「ひっ、あ、お前ら、反逆する気か……! 衛兵、こいつらを捕らえろ!」


ドランが悲鳴のような声を上げるが、衛兵たちは完全に武器を降ろし、市民たちの怒りの渦から逃れるように俯いていた。

法を盾にしていた者が、今や街全体の法と証言によって、完全に圧殺されようとしていた。


ドランは力なく裁判席の椅子にへたり込み、ガタガタと歯の根を鳴らしながらグレンを見た。

バルド・レックが黒い縄で吊られたことは知っている。自分も今、ここで首を撥ねられるか、あるいは縛られて王都の監獄へ送られるのだと、死の恐怖に身を震わせた。


しかし、グレンは腰の黒い縄に手を伸ばさなかった。

彼を捕らえて王都へ送る手配をすることもしない。


グレンはただ、ドランの前に立ち、抑抑のない声で告げた。


「……お前は殺さない。王都にも送らない」


バルド・レックは救いようのない児童売買を行い、子どもたちの未来を完全に踏みにじった。だからこそ、命を以て償わせる『処刑』が必要だった。

だが、このドラン・メイザーという男は、本質的にはただの保身に走った姑息な官吏に過ぎない。そして、彼が隠し持っているガルディア帝国との繋がりや裏金のルートは、今後の街を守るための重要な『情報』として利用価値があった。


グレンは正義の味方ではない。殺したいから殺すのではない。

処刑すべき最悪の巨悪と、生かして利用すべき小悪を、冷徹に選別する。それが元処刑人としての、グレンの確固たる倫理だった。


「……その代わり、お前は今日、ここで終わりだ」


グレンは机の上の罪状帳簿と証拠の数々を掴むと、それを南通りの中心にある、最も目立つ掲示板へと移動させた。街人たちがそれを取り囲み、ドランの罪を克明に記録していく。街の前での、完全な社会的処刑。


グレンは法廷に戻り、絶望に顔を歪めるドランを見下ろした。


「……自分で外せ」


ドランは涙と鼻水で顔をぐしゃぐしゃにしながら、震える指を己の胸元へと伸ばした。

そして、これまで自らの絶対的な権力の象徴であった、衛兵隊長の『階級章』を、自らの手でゆっくりと引き剥がした。

パキリ、という小さな音が、彼の権力の完全な終焉を告げていた。


法を盾にした者は、自らが汚した法と、虐げてきた街の人々の声によって、無残にその牙を折られたのだった。



その日の夜。

衛兵詰所の地下にある、急造の監禁室。


失脚し、すべての権限を剥奪されたドランは、冷たい石床の上で丸くなって咽び泣いていた。

昼間の余韻が、まだ頭から離れない。街中のお荷物だと思っていた雑貨屋の親父と住民たちに、完璧に叩き潰されたのだ。


「くそっ……どうして俺がこんな目に……」


ドランが呪詛を吐いていた、その時。


カチャリ。


監禁室の頑丈な鉄扉の鍵が、音もなく開けられた。

ドランはハッとして顔を上げた。扉がゆっくりと開き、暗闇の中から、黒い夜会服に身を包んだ見知らぬ男が姿を現した。


「……! お、お前は……上からの使者か!? 俺を助けに来てくれたんだな!」


ドランは救いを見出したように、這いずって男の足元へとすがりついた。

やはり上層部は自分を見捨てていなかったのだ。この街から脱出させて、別の場所で新しい地位を用意してくれるに違いない。ドランの顔に、醜い安堵の笑みが浮かぶ。


だが、黒服の男は、すがりつくドランを冷たい目で見下ろした。

その手には、月明かりを浴びて不気味に煌めく、一本の細い『暗殺用の短剣』が握られていた。


「え……?」


ドランが呆然と声を漏らす。

男の目的は、無能を晒して失脚した駒の『救出』などではなかった。敵国との繋がりや裏金の事実をグレンたちに吐かれる前に、その息の根を止めるための――完全な『口封じ』だった。


「ひっ……いや、待て、俺はまだ何も喋って――」


ドランの絶望の悲鳴が闇に消えるより早く、鋭い刃が静かに振り下ろされようとしていた。

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