第118話 邂逅
六人は、とぼとぼと祝の前へと歩み出した。
しばしその場を動かずにいたものの、山南に従うしか道はないと、ようやく悟ったようだった。
けれど、目の前にまでやって来ても、いい大人六人はなおも目と目で責任を押し付け合って、なかなか口を開こうとすらしない。そんな往生際の悪さに、祝の片頬は苦笑いで引き攣った。
「早く謝りたまえ! 借りた金を返せないんだったら、誠意ぐらい見せるのが筋ってもんだろう!」
八尋の父親が、怒声を飛ばす。
それを皮切りに、ほかの弔問客からも罵声が飛んだ。
「そうよ。早く謝んなさいよ、みっともない」「人からお金巻き上げといて、タダで済むなんて思うんじゃないわよ」
顔を真っ赤に染めた長兄の嫁が、肘で思いっきり夫を小突いた。
長兄はとうとう観念したのか、拳をぎゅっと固めて、祝くんーーと口を切る。
「今までつらい思いをさせてしまって、本当に申し訳ありませんでした。お金は必ずお返しますので、どうかお許しいただけませんでしょうか……どうかこの通りです!」
言いざま深々と頭を下げると、ほかの五人もそれに続いた。
祝は、その六つの後頭部をただ唖然として眺めていた。
つい数日前までは、さんざん自分を蔑んできた彼らを心底憎み、こんな姿を見てみたいと切に願っていたはずだった。天瑞鏡で叶えたかった願いが、此葉の病気を治すこと以外に思い浮かばなかったのは、彼女を死なせないことが、この親戚連中への復讐にもなると思っていたからだ。
けれど、黄泉津大神に言われたとおり、どうしたら母である此葉を救えるのか、そしてあの世にいてもどうやったら喜んでもらえるのかがわかった今、彼らへの積りに積もった憎しみは、いつの間にか雪のように溶けて、今さら情けなく謝罪されてももはや何の感情も湧くことはなかった。ところが、
「もういいです。お金はあの人に、山南さんにちゃんと返してあげてください」
と言って顔を上げさせた親戚連中に、
「ただ、これからは真っ当に働いて、自分の子供に恥じない生き方をしてやってください」
と、よかれと思って告げた言葉に、周りからはくすくすと忍び笑いがささめいた。
「子供にそんなこと言われるなんて、情けないわね」「ブランド品で固めたところで、結局中身は半人前以下ってことだな」「けど、あんな人たちを親に持つ子供がいちばん可哀想よ」
そんな声が薄笑い混じりに聞こえてくると、親戚連中は湯気が立ち昇りそうなほどに顔を真っ赤にさせて、わなわなと肩を震わせた。
「それでは、今後の返済計画についてご相談いたしましょう」
歩み出た高枝にそう促され、親戚連中は連行されるようにして式場をあとにする。
そうして、祝と山南は対面した。
山南は開口一番、
「本当に申し訳なかった、祝くん。誰よりも君に謝罪しなくてはならなかったのは、私なんだ」
と沈痛きわまる声を絞って、頭を下げた。
「そんな!」
祝は慌てて山南の前で膝を折り、半ばむりやり顔を上げさせた。
それでも山南は土下座でもしているかのように太ももの上に両手を揃え、なおも額を下げようとする。
「君が生まれてからこの十六年間、あのクズどもに虐げられていると知っていたにも関わらず、私は病気をいいことに、君に会いにいこうとすらしなかった。此葉さんと朔夜君に誓った約束を、何ひとつ守ることなく……」
「それは、あいつらが山南さんの財産を奪ったからで」
祝が慰めようとしても、山南は頑然と首を振る。
「それも、私が馬鹿だったんだ。誰かに必要とされたい独り身の侘しさと、妻と血の繋がった人間に悪人などいるはずないなんていう子供のような思い込みで、ぽんぽん金を貸してしまって……取り返しがつかないと気づいたころには、もう返済を強いる気力すらも残っていなかった」
涙と無念に滲む声に、祝は胸がじりじりと痛んだ。
「生まれてきた子供は、私が立派に育ててみせるとあれだけ豪語しておいて、此葉さんや朔夜くんには、一度だけ頭を下げには行ったものの、それっきり私は君から逃げてしまった。あまりにも自分が情けなくて、身体の衰えを言い訳にして、君が生まれてから今の今まで、会いに行かなくてはと思いつつも、ずっと怖くて逃げていたんだ」
けどーーと顔をふいに上げると、山南は祝の顔を覗き込んだ。
「三日前の明け方に、私が寝ているところへ此葉さんが突然現れたんだ」
枕許に立って、山南さんーーと優しく微笑みかけてきたと言う。
「これからあの世に向かうので、どうしてもお礼を言っておきたかったんです、なんて言うんだよ。責められて当然のこの私に」
途端に、痛んでいたはずの祝の胸が、ほっこりと癒えた。律儀だな、母さん。
「私は、しきりに謝った。何ひとつ約束を果たせずに、本当に申し訳なかったと。けれど、此葉さんは首を振って、お陰様で息子は高校に進学することができました。よかったら、会いに行ってやってくださいと言われてね、ひたすら恐縮してしまった」
それにーーとさらに続ける山南の瞳が揺れている。信じてもらえるか、不安なようだ。
「彼女のそばには、死神だと名乗る二人組も立っていたんだ。この世のものとは思えないほどに美しい少女と、包帯で全身をぐるぐる巻きにしたスーツ姿の男だった」
祝は、危うく口許がニヤけそうになるのをなんとか堪えた。大丈夫です山南さん、知り合いです。
「それで、男の死神が言ったんだ。爺さん、あんたの死期はまだまだ先だ、って」
日に日に弱っていってんのは、ただの気のせいだし、ただの気の病だと、きっぱりと断言されたらしい。
「そうだよ、しっかりしな、と少女の死神にも叱られてね。心配しなくても、あの子はあんたを怒っちゃいない。朔夜さんと此葉さん譲りの優しい子なんだからって言うんだよ」
だから、とっとと会いに行ってやんなーーと。
三人が消えたあとは、もちろん夢幻を見たんだと思ったよ。けど、あんなにもはっきりとした夢なんて見たことがないし、そもそも幻覚なんて、この歳になっても見たことがない。だから高枝くんに此葉さんの近況を調べてもらったら、私に会いに来てくれたちょうどあの日の夜明け前に、亡くなられたと言うじゃないか。それで、やっぱり夢なんかじゃなかったんだと確信して、今日こそ君に会いに行かなくてはと、ようやく臍を決めたんだ」
招ばれてもいないのに押しかけるようなかたちになって、恥の上塗りでしかないんだがーーと寂しげに曇った目を伏せた。
「そんなことないです!」
祝は、力いっぱいにかぶりを振った。「父も母も、それに俺も、山南さんには心から感謝しています! 会えることができて本当によかった!」
止まっていたはずの読経が聞こえてくる。周りの弔問客も、親戚連中が退場してからは何事もなかったかのように振る舞ってくれている。ありがたいことに、聞き耳をたてられている気配すらない。
祝くんーーと、山南が顔を上げた。
「改めて謝罪させてほしい。今まで本当に申し訳なかった。許してもらえるとは思ってはいないが、あのクズどもから奪われた金はきっちり回収するつもりだ。それで、今度こそ君の未来を応援させてほしい」
祝は、朗らかな笑みを湛えてかぶりを振った。
「いいんです山南さん、もう充分です。だって俺なんかのために、高校の学費と生活費を工面してくれたじゃないですか。これ以上は、もう貰えません」
それにーーとさらに笑み深めて、
「山南さんが、父さんと母さんを結婚させてくれていなかったら、俺はこの世に生まれていなかった。いま俺がここにいるのはーー」
死神の隠し子として生まれてこれたのはーー
「山南さんのおかげなんです。本当にありがとうございました」
途端に山南の目から涙が溢れ、嗚咽をあげて泣き崩れた。生色を失っていたその顔に、みるみる血の気が差して活気が蘇ったようだった。
「あの死神の少女が言っていた通り、君は本当に此葉さんと朔夜くんにそっくりの優しい子だ。それに、此葉さんと瓜二つだった私の妻にも」
懐かしげに、それでいて感極まった瞳で見つめられ、祝は照れ臭くもその視線をしっかりと受け止めた。
カラン
ふいに、駒下駄の軽妙な音が耳に満ちた。直後、大きくて暖かい手の感触が、頭に載った。
祝は、すぐさま後方へと振り返った。誰もいない。けれど、優しく注がれる木漏れ日のような気配は確かにあった。あの二人の気配だった。
まったく、お節介な奴らだな、と思いつつも、心は溢れんばかりに満たされてゆく。
「ありがとう、炎袰、煉兎」
直後、室内であるにも関わらず、ふんわりとした薫風がそよぎ、祝を優しく吹きくるんだ。
そうだ、俺は一人じゃない。今度は、俺が彼らを守れる人間にならなくちゃーー
そう思うほどに、また一秒、成長してゆくようだった。




