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死神の隠し子  作者: 沖延龍弥


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終章 死神との賭け

「それじゃあ、また来るからね」

 同級生たちが、名残惜しそうに病室をあとにする。

 その背中に、此葉も笑顔で手を振った。

 ひとりになった四人部屋の病室は、途端に水を打ったように静寂に返った。


 すぐ隣にある腰高窓に目を遣ると、雲ひとつない空はどこまでも青く澄み渡り、地上では瑞々《みずみず》しく茂る新緑に、初夏の陽射しが照り映えている。そんな心も綻ぶ日和を眺めていながら、此葉の瞳はみるみる曇り、口からは陰鬱いんうつなため息が溢れ落ちた。

 幼稚園からの幼馴染や、小中高での同級生たちが、ことあるごとに見舞いに来てくれるのは、本当に嬉しいしありがたい。けれど、高校の卒業を控えていたころに難病を患い、それ以来月日を追うごとに活気を失って、なんとか二十二歳になった此葉から見れば、同級生たちの姿は眩しすぎた。

 つい二カ月前に大学を卒業し、新たな人生に不安を抱えつつも果敢に歩み出そうとしている彼女たちを見ると、入退院を繰り返し、治療法や薬を変えてみても寸進尺退すんしんしゃくたいの診断結果にただ肩を落とすことしかできない自分が、あまりにも惨めでちっぽけに思えた。そのうえ彼女たちはみな、大人になるにつれ、みるみる垢抜けて、輝かしいまでに洗練されてゆく。かたや此葉は、化粧っ気もなければ着飾るような機会もなく、日に日にやつれてゆくばかり。


(きっと朔夜さんだって、わたしなんかよりもああいう子たちといる方が、楽しいに決まってるわよね……)

 そう思うと、湿っぽいため息がまた漏れる。

 朔夜さんというのは、一年ほど前に病院内にある小さな公園で知りあった二つ歳上の青年だ。此葉がベンチに腰掛けて小説を読み耽っていると、

「僕もこの作家のファンなんだ」

 と、少し耳を赤くさせながら、ぎこちなく声をかけてきたのだった。それをきっかけに、二人ともがこの病院に入院しているあいだは、毎日のようにその公園で顔を合わせ、話を弾ませる仲になった。

 

 彼もまた、此葉同様学生のころに難病を患い、入退院を繰り返す日々である。けれど、決してめげることなく勉学に励み、通信制で学士も取得し、難度の高い技能検定にも合格して、今は海外で発行された若者向けの雑誌や漫画の翻訳でしっかりと生計をたてていた。

 好奇心旺盛で純粋で、たとえ病弱であっても卑屈にならない凛々しさに、此葉はすぐに心惹かれた。

 

 どちらかが一時退院しているときは、入院している方の病室へと見舞いに訪れ、タイミングよく二人ともが退院できれば、二人でゆっくりと外出することも稀にあった。

 けれど、二人はあくまでも友達だ。気持ちを告げる勇気なんて、此葉にはない。好きです、なんて言おうものなら、きっと朔夜を困らせるだけだし、それがきっかけで会えなくなってしまうのなら、今のままで充分幸せだと思っていた。


 けれど、同級生たちの快活とした姿を目にした途端、此葉の胸に重い雲が垂れ込めた。

 朔夜だって、自分のような病弱で面白味のない人間よりも、彼女たちのような華やかで爪の先まできらきらしているような女性に惹かれるはずだ。自分なんてどうせすぐに飽きられて、今に目もくれなくなるに違いないーーそう思うと一人で勝手に落ち込んで、今日なんどめかの重いため息が、布団の上に零れ落ちた。

 そのときだ。


「ったく、ずいぶんとしみったれた女だなあ」

 とつぜん男の声がした。

 此葉は心臓がびくりと跳ねて、声がした窓の方へと慌てて顔を振り向けた。


 男が一人、窓枠に腰掛けこちらを見て笑っていた。

 

 ここは三階だ。外から入ってくるなんてとうてい無理な話だし、そもそも鍵がかかっている。廊下に面した唯一の扉だって閉め切られているし、開いたり誰かが入ってくればすぐに気づく。

 じゃあ、いったいどうやってーーと此葉は目を瞠って硬直した。

 さらに驚かされたのは、その男の容貌だった。まるで夢でも見ているのかと思うほどの、眉目秀麗びもくしゅうれいな青年だ。

 桃花眼とうかがんの奥にある大きな瞳は、角度を変える度に光を弾く金糸雀色かなりあいろ。そこだけ取って見ても芸術品であるかのように絶妙に彫られた鼻筋に、品よく引き締まった口許と、洗練された細めの顎。

 そのうえ背丈も高くて、身体は程よく引き締まっている。身装もかなり洒落ていて、リネンのスリーピースとパナマ帽の白さが、窓から差し込む陽の光に映えて目に沁みた。 


「あ、あなたは……?」

 此葉は、恐るおそる声をあげた。

(もしかして天使かしら。だから、そばにいても気づかなかったんだわ)


 俺か? と、男が眉毛を持ち上げた。

「死神だ」

 違った。むしろ逆だった。けれど、人間離れした端麗な容姿に、どちらにしろ妙に納得してしまった。


「ははっ、なんだよ、その間抜けヅラ」

 死神と名乗る男が、嘲いながら指を差してくる。

 此葉は、慌ててぽっかりと空いていた口を閉じて顔を伏せた。

「無駄無駄、口閉じたぐらいじゃあ、間抜けヅラに変わりねえ」

 死神男の嘲いに、毒気が増す。

「それに、見れば見るほどしみったれてらぁ」

 

 さすがに、ちょっとムッとした。おかげで、死神が目の前にいるという恐怖は打ち消されたものの、そんなに偉い存在なの? と、つい眉根に力が入った。


「んだよ、だってそうだろう?」

 死神男がまじまじと此葉を眺めて、呆れたような調子で言った。

「陰気で、みすぼらしくって、貧相で、そのうえ色気の()の字もありゃしねえ。歳でいやあ、甘い色香が百歩先にいても漂ってくるような花の盛りのころだろうに、そのしょぼくれた体たらくじゃあ、余命四十秒の婆さんの方が、まだ色気が残ってらぁ」


 唖然とした。あまりの言われように、もしかしたら自分が知らず知らずのうちに失礼なことをしていたせいなのかもと、怒りを通り越して困惑した。

 けれど、此葉にそんな心当たりなんてあるはずもなく、次第に悔しさが込み上げてくると、きゅっと布団を握ってうなだれた。

「おっと。まあ、そー泣くなって」

 さっと、死神男が身を引いた。「俺が、こうしてわざわざ顕れてやったのは、今日おまえにいい話を聞かせてやろうと思ったからでな」


(なによ、それ)

 此葉は、胸の内で言い捨てた。初対面でこんなにも心を抉ってくる男に、いい話なんてあるはずがない。ぷいっと顔を逸らして無視を決め込み、早く出てってよと、ひたすら願った。


「いいのか?」

 死神男が、声を深くした。「おまえは、来月の今日に死ぬんだぜ?」

 

 え? と、思わず此葉は顔を返した。

「おまえは、一カ月後に死ぬんだよ」

 念を押すように、死神男がまた言った。

 なに言ってるのよ、と此葉は言い返すことができなかった。死神男の人間離れした美しすぎる容貌と、初めて感じる人ならざる気配が、充分すぎる説得力になっていた。


 次いで、朔夜の顔が頭に浮かんだ。やはり、彼とは近々お別れになるようだ。そう思うだけで、さっそく目頭が熱くなった。

(ちゃんとさよならって言えるかしら。泣いちゃったりしたら、きっとものすごく気を遣わせちゃうわよね……)

 だって、とても優しい人だからーーと、一人でしんみりしていると、


「で、そこでだ」

 ぱんと手を打ち、死神男がひときわ明るい声をあげた。「おまえ、俺とひとつ賭けをしねえか?」


 零れ落ちそうになる涙をぐっとこらえて、此葉はこてんと首をかしげた。

「賭け?」

 そうだ、と死神男はうなずいた。そして、ぐいっと此葉に顔を寄せると、耳によく響く声で言った。

「一週間以内に、おまえを愛してくれる男を見つけてこい。もし見つけてくることができたなら、このさき二十年の命をくれてやる。けど、見つけてこれなかったときは、その場できっちり魂を回収させてもらう」

 

 どうだ、乗るか?


 此葉は目をしばたたいてたじろいだ。

「俺にとっちゃあ、ただの暇つぶしだ。けど、おまえにとっても悪い話じゃないはずだぜ」


 さあ、どうする?


 重ねて問われ、此葉はますます混乱した。

「そ、そんなこと言われても……」と、ぼそぼそとした声を返すだけで精一杯だった。


「なんだよ、乗らねえのかよ」

 死神男が、さらに詰め寄った。

「だって……」と、此葉は肩を落としてうなだれた。

(だって、わたしなんかを愛してくれるひとなんて、いるわけないじゃない)

 そう思うと、惨めな思いと一緒に一度は堪えた涙が、また込み上げてきた。そこで、ふと思った。

(きっと、この死神男ひとわたしをからってるんだわ。誰にも愛されずに死んでゆくわたしが、滑稽なんだわ……)


「なんだよ、こんな絶好の機会、またとないぜ? それをふいにするっていうのかよ」

 死神男がさらに迫った。かと思いきや鼻で笑って、「まあ、そりゃあ無理か」と吐き捨てた。それから大きく息を吸って、

「おまえみたいな女じゃあなァ!」

 と、やたら大きな声をあげた。


 びっくりして此葉は仰け反った。よく見れば、死神男は顔だけはこちらに向けて、目は違う方角を見据えていた。視線を追うと、なぜか廊下へと繋がる扉を凝視している。

 

 何事かと、此葉は呆気に取られた。

 みるや、死神男は目だけでなく、もはや顔すらも扉に向けて、さらに高らかな声を放った。

「おまえみたいなァ、病弱でェ、惨めでェ、しみったれたァ、貧相な女をォォ!」

 扉というよりも、むしろその向こうがわにある何かに聞かせるような割れんばかり大声で、

「愛してくれる男なんてェェッ!!」

 と、なおも叫ぶ。そこへさらに声を張りあげんと大きく息を吸い込んでいると、


「ここにいる!」

 バンッと勢いよく開かれた扉の音とともに、別の絶叫が割って入った。

 此葉は、ぎょっと目を剥いた。

 死神男も、動きを止めた。

 扉の前には、一人の青年が立っていた。


 病室が、しぃんと静まり返った。

 よく見れば、青年の後ろには着物の上に純白のエプロンを着けた、ずいぶん可愛らしい女の子が立っていた。


「さ、朔夜さん……」

 此葉が、なんとか声をあげた。

 しかし朔夜と呼ばれた青年は、此葉をちらりとも見返すことなく、険しい顔で死神男を睨みつけていた。


「やあっと来やがった」

 死神男が、ぼそりと言ったーーような気がした。状況についていけずに当惑していた此葉の耳でははっきりとは聞き取れず、え? と死神男に聞き返そうとした。が、


「ここにいる!」

 朔夜がまた叫んで、それを止めた。それから拳をきゅっと固めて、決死の色を瞳に湛えると、さらに劈くような声を張りあげた。

「此葉さんを愛している男だったら、ここにいるッ! だから死神、おまえの負けだ! 今すぐ此葉さんの命を延ばしてくれッ!」


 一瞬、二瞬、ぽかんとしたのち、此葉はボンッと煙を上げんばかりに、たちまち顔を真っ赤にした。見れば、朔夜の顔も耳まで真っ赤に熟れている。

「へぇ〜」

 死神男が、大袈裟なほどに目を丸くして、さも意外そうな声をあげた。「本当かよ。どう見たって、しみったれた侘しいだけの女じゃねえか。なのにおまえは、本当にこんな奴を心から愛してるって言うのかよ?」

「当たり前だ!」

 朔夜からの怒号が、食い気味に走った。「僕は此花さんを愛してるし、一生愛し続けると心から誓う! それに、此花さんはしみったれでもなければ、侘しくもない!こんな素敵な女性を、僕は今まで見たことない!」


 すると一瞬、あっという間もない一瞬、死神男の口の片端がかすかに吊り上がり、金糸雀色かなりあいろの瞳がキラリと光った。しかし、それはすぐに消えて、

「はーん、そうかよ。こりゃあ、とんでもない物好きがいたもんだ」

 と、大仰にのけぞって驚いてみせた。かと思いきや、でもまぁ、しょうがねえーーと肩を竦めて、

「おい」

 と、此葉へぞんざい声をかけた。

「そこまで言われちゃあ、俺の負けだ。約束通りおまえの寿命を今日から向こう、きっちり二十年先まで延ばしてやる。ありがたく思え」


 此葉は、ただポカンと口を開けていた。

 けどなーーと、死神男が真面目くさった顔して、

「これは、おまえが勝ち取った人生だ。誰にも遠慮はいらねえ。もちろん俺にもな。だから、せいぜい幸せになれ!」

 わかったな? とびしりと指差されると、つい勢いに押されて、

「は、はい」と、うなずいた。


 その声を聞いて、ずっと小馬鹿にするようなわらいしか浮かべてこなかった死神男の満面に、優しくて眩しい笑みが咲いた。

「よかったな」

 と、かけてくる声音にも温もりが満ちていて、なぜだかほのかに切なげな響きも帯びていた。


 たちまち、此葉の胸にも晴れやかな陽射しが差すようだった。ついさっきまでさんざんな罵られようだったのに、どうしてもお礼を言いたくなって、腰を浮かして身を乗り出した。

 ところが、

「ありがーー」

 とう、と言おうとしているその最中、死神男の身体が突然半透明になって、向こうがわの景色が透けて見えた。

「え?」と、此葉が声をあげる。

 そのあいだにも、窓から差し込むうららかな光にみるみる溶けて、死神男は完全にその姿を消してしまった。

 此葉は身を乗り出したままで硬直し、朔夜は、「そんな……」と、我が目を疑っているようだった。


 しばしの静寂が、病室に満ちる。

 しかし案外、

「やっぱり、死神だったんだわ」

 と声にしてしまうと、消えてしまったことも不思議と腑に落ちて、仰天の波もすぐに胸から引いてしまった。


 それから、此葉と朔夜は見つめ合った。むしろ慌てふためいのは、その後だった。二人してもう一度顔を真っ赤にさせて、

「あの、えっと、その……」

 と、鯉のように口をパクパクさせて、目を泳がせては言葉を探しまわっていた。


「ノ、ノックもしないで押しかけてごめん」

 朔夜が、ぺこりと頭を下げる。「けど、家にいたら着物姿の女の子が突然現れて、君のところへ急いで行ってやらないと死神にさらわれちまうよって言うもんだから……」

 そう言うって思い出したように扉の方へと目を転じた。が、開け放たれたままの扉の向こうには誰もいない。

「あ、あれ?」朔夜が廊下へと飛び出し、あたりをきょろきょろと見回した。しかし、やはり少女なんてどこにもいない。

「ほ、本当にいたんだよ」

 朔夜が、しどろもどろに訴える。「銀色の髪の毛を二つくくりにしてて、着物の上から白いヒラヒラのエプロンをつけた女の子だったんだ。ここに来るまでずっと一緒だったのに、なんで……」


 此葉が、ええ、とうなずいた。

「わたしも見ました。着物姿のすごく可愛らしい女の子。朔夜さんのうしろに確かにいました」

「だよね!?」

 朔夜が、ぱっと顔色を明るくさせて振り向いた。「どこに行っちゃったんだろ。一人で帰っちゃったのかな。でも、どうやって僕の家に入ったんだろう。鍵はちゃんとかけてあったのに……」

 と、首をかしげて、ぶつぶつと独り言を言っている。しかしすぐにあっ我に返ったかのような目色になって、慌てて一つ咳払いすると、

「こ、此葉さん」

 今まで見たことないような真剣な顔を向けてきた。

「さっき僕があの男に言った言葉は、本当です。君は本当に素敵な女性だから、こんな男に惚れられても迷惑なだけだと思うけど……よかったら返事を聞かせてもらえないでしょうか」


 夢にも思っていなかった朔夜の想いに、此葉は嬉しさを通り越して目眩を覚えるようだった。

 けれどふと見上がれば、相手は緊張のあまりか震える拳を握りしめて、全身をカチコチにさせている。だから待たせてしまっては気の毒と、此葉も大急ぎでこちらも想いを告げた。

「朔夜さん、わたしも、あなたのことがーー」



 


◇◆◇◆




 煉兎は、屋上の手摺てすりから身を乗り出して、向かいの病棟にいる此葉を見つめていた。

 

 好きです。

   

 声なんて聞こえなくても、顔を真っ赤にして運ぶ口の動きで、そう言っているのが見て取れた。

 朔夜の方は、喜びを通り越して感極まってしまったのか、のぼせたような顔して呆然としている。


 そんな初々しい二人に、煉兎はちょっと切なげな色を瞳に浮かべてくすりと笑った。とみるや、急に得意げな顔になって、

「な、うまくいったろ?」

 と、手摺に腰掛けるすぐ隣の人影に声をかけた。

 炎袰である。彼女もまた、病室にいるもどかしい二人を見守っていた。

「ああ、そのようだね」

 炎袰は、素直にうなずいた。眼差しには、安堵と喜びの色に混じって、やはり煉兎と同じように少し切なげな色が混じっている。


「まったく、手のかかる奴らだぜ」

 煉兎が、ため息混じりにつぶやいた。が、またすぐに手柄顔てがらがおになって、でもまあ、この俺様にかかりゃあ、こんなもんよと、肩をそびやかし、鼻先をつんと持ち上げた。

「それに見てたか? この俺様の名演技。朔夜の野郎、血相変えて乗り込んできやがったもんな。

 ホント単純な野郎だぜ、とシシシと笑う。そんなしたり顔に、炎袰がはん、としらけ切った鼻息を飛ばした。

「なに言ってのサ。あたしは扉の向こうがわにいたんだから、見れるわけがないだろ。にしたって、何が名演技サ。あまりにも棒読みだったもんだか、怪しまれんじゃないかってヒヤヒヤしたよ」

 はあ? と、すぐさま煉兎が押し返す。

「馬鹿言ってじゃねえよ。千両役者もかたなし名演技だっただろうが。おめえだって、朔夜の焦りきった顔ぐらいは見てただろ? 此葉もすっかり信じ込んじまってたし、これを名演技といわずして、なんていうんだよ!」

 炎袰が、肩でため息をついた。

「まったく、あんたの自惚れ根性には、毎度のことながらおそるよ。千両役者じゃなくて、大根役者の間違いだろ」

「ああ? なんだとぉ!」

「なんなのサ!」

 そうして、二人は暫し鼻に皺を寄せて睨み合った。けれど、ふいに煉兎が目許を和ませ、穏やかに言った。

「やめだやめ、こんなときにまでいがみ合うなんざ、野暮ってもんだろ」

 言われて炎袰も、やんわりと微笑わらった。

「たしかにね」


 それから、煉兎が思い出したように左手で右のそでを捲った。肘のあたりに刺青のような黒い文字が刻まれている。

〈大山此葉〉

 煉兎が、それを念じるようにじっと見つめた。すると、皮膚がじりじりと音をたてて焦げだして、みるみるその文字を焼き消した。

〈おまえは、一カ月後に死ぬんだよ〉と言ったのは、大嘘だ。煉兎は、もう二カ月も前からこうやって此葉の名前を焼き消している。

 そして、その後二十年ーー彼はきっちりとやり遂げる。絶世の美形を、ためらうことなく焼き潰して。


 炎袰は、そんな煉兎の姿にちらりとねぎらうような目を投げた。彼女の襟抜えりぬきの奥から垣間見えたのは、赤黒くただれた火傷である。


 窓の向こうでは、此葉と朔夜が幸せそうに微笑み合っている。

 それを眺める死神の胸に、甘くてほろ苦い痛みが疼く。

 

 風が青葉の香りを乗せて、頬を撫でた。

「さて、やっとあの二人がくっついたんだ。たまには行くかい?」

 炎袰がくいっと手首を曲げて、一献傾いっこんかたむける仕草を見せた。

「お、いいねえ。おまえの奢りか?」

 煉兎が、ぱっと明るい笑みを広げた。

「なに言ってんのさ、馬鹿だねえ。あんたの奢りに決まってんだろ」

 炎袰が、びしっと煉兎に指を差す。

「はあ? なんでだよ!」

「なんでもなにも、この一件の言い出しっぺはあんたなんだから、最後の〆まで責任もつってのが筋ってもんだろ」

「なんだそりゃ! そんな筋なんざ聞いたこねえよ」

「あーもう! グチグチうるさいねえ。言っとけど、今夜は祝い酒なんだからね。湿っぽいのはよしにしとくれよ」

「ったく……わあったよ。じゃあ炎袰、次の祝いの酒は、おまえにきっちり奢ってもらうからな!」

「次の祝いって、いったい何があるっていうのさ」

「そんなの、決まってんじゃねか」

 二人の死神が、また揃って此葉と朔夜に目を遣った。

 結ばれたばかりの二人は、幸せそうに手を取り合って笑っている。


 それから二年後のことである。結婚すると告げられて、死神二人は病室に酒を持ち込み、此葉と朔夜に大いに叱られた。

 さらに二年後、此葉のお腹の中にいる子供に、どっちが魂を宿すか呑み比べで決めることになった。

 しかし勝負はつかず、のちに生まれてくる子は、二つの奇跡を宿して誕生した。

これにて最終回となります。

ここまで読んでくださった方々、評価してくださった方々、ブックマークしてくださった方々、絵文字でリアクションをくださった方々、心よりお礼申し上げます。


続編、もしくは新作を書く機会があれば、またご高覧いただければ幸いです。


誠にありがとうございました。





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― 新着の感想 ―
 ハッピーエンド!  炎袰や煉兎、セリフはほとんどないけど無駄にカッコイイ登場の仕方をする燎牙など、死神のキャラ達が良かったです。  祝の精神的成長がおそかったので、全部手遅れになってから気づくんじ…
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