第116話 ろくでなしの襲来
此葉の葬式が執り行われたのは、あの日から三日後のことだった。
喪主はもちろん祝が務めた。とはいえ、八尋の両親が世話役としてあれこれと面倒をみてくれたおかげで、葬儀場の手配からすべての事前準備を滞りなく進めることができた。
しかし祝も、慣れない書類整理や手続きに追われて、悲しむ暇なんてほとんどなかった。
それでもそんな慌しかった日々に、ほんのりと心を暖めてくれたのは、此葉の人柄を知る人たちだった。
三日前、煉兎が此葉の魂を回収すると、別れを惜しみながらも祝たちは病室をあとにした。それからアパートの自室に戻ってスマホを見ると、病院からのメッセージに気づいて、またすぐに引き返すことになった。
そこでは、彼女を知る看護師たちが、みな涙を流して悲しんでくれた。瀬城の前の担当医もやってきて、本当に善い人だったと涙を浮かべ、祝を優しく励ましてくれた。
そのうえ病室で此葉の荷物を片付けていると、清掃員のおばさんまでもがやって来て、心底残念そうな顔をして母の死を惜しんでくれた。
ぜひ、お葬式にはお線香をあげさせてもらいたいと看護師たちに請われて快く応じ、此葉が生前に記しておいてくれた旧友たちや朔夜の生前の旧友たちの連絡先にも訃報を伝えると、必ず駆けつけると涙ながらに応じてくれた。
こうして、儀式上での最期の別れも、しめやかに穏やかに行われるはずだった。
しかし、それを台無しにしたのは、此葉の実の兄であるろくでなし三兄弟と、その妻たちだ。
さすがに喪服は着てはいたものの、派手な化粧にブランドバッグをこれみよがしに手に提げての登場には、八尋の両親はもちろん、ほかの参列者も唖然としていた。そのうえ、ようやく厄介事が消えてくれた心境を隠そうともしない嬉々とした態度には、もはや祝も怒りを通り越してすっかり呆れ返っていた。
ところが、彼らが抱えている厄介事は、どうやら病弱な妹が亡くなっただけではすっかり解消されるわけではなかったようだった。その証拠に、ふんぞり返る三組の夫婦から垣間見えたのは、以前にも増したトゲトゲしい険悪な雰囲気だ。
特に三人の妻たちには、はち切れんばかりの鬱憤が溜まりに溜まっていたらしく、焼香を終えるやすぐにホールの隅へと集合すると、たちまち愚痴の応酬が始まった。
最初はもちろん、周りを気にして囁き合うような声だった。それが次第に興奮を抑えきれなくなったのか、もう出棺を待たずに帰ってくれればいいものを、僧侶の読経をも掻き消すような声で不平不満を吐き出し合っていた。
「うちの旦那ったら、またしょうもないビジネスに手ぇ出して、失敗しちゃって……そんな旨い儲け話、あるわけないでしょって言っても、まったく聞く耳もたないのよ」
「うちのもよ! もういいかげん普通の仕事に就きなさいよって言っても、俺は使うがわの人間であって、使われるがわの人間じゃない、なんて言ってオーダーメイドのスーツばっかり買って、どうしようもないわよ」
「うちの旦那なんて、まだキャバクラなんかに通ってんのよ。接待だ、なんて言ってカードの明細調べてみたら、二十歳そこそこ小娘なんかにブランドの時計プレゼントしてたのよ!」
「子供にだって、まだまだお金がかかるのに、どうするのよって言っても、またあのときみたいにいい金ずるが見つかるさって能天気なことばっかり言ってるし……」
そこで、ほかの二人が、「ああ!」と懐かしげな声をあげた。
「あの爺さんね。あんなチョロい老ぼれ、そうそういるわけないじゃない。ほんと、男って馬鹿なんだから」
「でもあの爺さん、ほんとにチョロくて馬鹿な老ぼれだったわよね。ええと、名前はたしか……」
「山南さんよ。山南将一。ほんと、借用書も書かさずに、あんなにポンポンお金貸してくれる爺さん、そうめったに会えるわけないわよ」
「でも、最後の方はだいぶお金出すの渋ってたわよね。それでも結局は、必ず返すからって言う、うちらの旦那の言葉を信じちゃって、骨の髄までしゃぶりつくされちゃったけど」
「で、結局は一円も返ってかないもんだから、ショックで施設送りなっちゃって。その施設に知り合いがいるから聞いてみたんだけど、今も死人同然の寝たきり状態なんですって」
「ほーんと、飛んで火に入る馬鹿な爺さんだったわね。此葉さんのこと、ずいぶん気にかけてたみたいだったけど、それなら早く会いに逝きゃあいいのよ。長年連れ添った奥さんもとっくに死んじゃってるんだから、丁度いいじゃない」
三人の女たちが、得に巧いことを言っているわけでもないのに、ギャハハと笑う。
八尋と八尋の両親が、ハエの集る音を聞いているかのように、終始顔色を渋くさせていた。いや、ここにいる此葉を偲ぶ者全員がそうだった。
そして八尋の父親がとうとう我慢ならなくなったのか、
「おい、君たち!」と声をあげると、続きの言葉を遮るように出入り口からもう一つの声が進入した。
「悪いが、私の寿命は死神によると、まだまだ先のようでね」




