第113話 温情
あら、と黄泉津大神が、笑いの含んだ声で言った。
「まさか、わたくしが気づいていないとでもお思いでしたか? あなた方全員、揃って隠し子がいることくらい、とうの昔から存じておりました。衣で隠しきれているおつもりでしょうが、その程度で見抜けぬわたくしではありません」
特に煽璃ーーと名前を呼ばれると、その本人が正座のままで、真上に二十センチほど飛び跳ねた。
「今はそのドレスで覆いきれているようですが、あなたの火傷もずいぶんひどい有り様ではないですか。お相手の殿方への恋情が、よっぽど深いことがわかります」
ということはーーと続ける黄泉津大神が、ニヤリと笑ったのが気配でわかった。
「隠し子への愛情も、さぞかし深いのでしょうねぇ。なにせ、あなたは傲慢なふりをして、死神の中でもいちばん情に篤い方ですから」
褒められているのに、煽璃の顔色がどんどん青白くなってゆく。
周りに視線を伸ばしてみれば、ほかの五人の死神たちも、一様に顔面蒼白で身震いしている。
「けれど、仕方ありませんね」
黄泉津大神が、ため息混じりの声で言う。「隠し子のいる死神とその隠し子は、あなたの仰るとおり、一人残らず厳しい鉄槌を加えねば……ほら、何をしているのです? 早くわたくしの前に召し出しなさい。でなければ、ここにいる祝と八尋に仕置きを下すことができません」
六人の死神は、がたがたと震えるばかりで動かない。
「さあ、早く。今すぐに、と仰ったのはあなた方ではないですか」
さらに黄泉津大神にせっつかれても、やはり腰を浮かそうとする者はいない。
炎袰に煉兎、それに燎牙に煌侍郎は、彼らの狼狽ぶりに驚きを通り越して呆れ返っている。
「おおおお、畏れながら、よよよ、黄泉津大神!」
上擦った声で、ようやく煽璃が口を開いた。
「おおお。仰るとおり、わ、わたくしにも、隠し子がございます……隠し切れると思っていたその邪な心までもをあばかれ、ただただ畏れ入ってございます……さればこの命、煮るなり焼くなり、いかようにもご成敗くださいませ……」
さ、されど! と振り絞るような声をあげると、
「あの子だけは……我が隠し子の命だけは、どうか、どうか許しをッ!」
とひれ伏して、どうか……どうか……と、また繰り返して、涙ながらに訴えた。
「畏れながら、黄泉津大神! わたくしもこの通りでございます」
すでに涙声の炉慈丸が、あとに続いた。
「我が子の命だけは、どうかお許しを……わたくしも、蒸されようが炒められようが、どのような誅戮も謹んで賜る覚悟でございますゆえ、なにとぞ、なにとぞ、あの子の命だけは……」
わたくしもどうか、わたくしもどうか、と残り四人の死神が、あとに続いた。
もはや、ひれ伏すどころか這いつくばってすら見える六つの背中に、炎袰は顎を反らして白い目で見下ろし、煉兎、燎牙、煌侍郎は、苦笑いの目を投げた。
「そうですか……ならば仕方ありませんね」
黄泉津大神が、さも残念そうな声で言った。「死神の隠し子が全員揃わないとあれば、祝と八尋への処罰もここはいったん見合わせるしかなさそうですね。死神たちへの処分も、また改めて沙汰するといたしましょう」
これには、誰も異論を唱えなかった。聞こえてくるのは祝と八尋を含めた全員の、心の底から漏れる安堵の吐息だけだった。
しかし、それも束の間、死神たちよーーと言う黄泉津大神の厳然とした声に、鋭爪たちは一斉にびくりと固まった。
「わたくしがあなた方の身体にかけた禁扼の咒縄は、死神の運命である人間の魂の回収をためらわせぬため。なれど、あなた方は、一人の人間への愛着のために、身を焦がしてまでその呪縛から逃れようとしたーーまっこと、死神にあるまじきけしらかん所業です」
死神たちが、小言をもらった子供のように一斉に首を縮こめた。
空気が、わずかに張り詰める。
が、とはいえーーと続ける黄泉津大神の声が、ほんのりと和らぎ、雰囲気も一瞬にしてほぐされた。
「そうとわかっていながら黙っていたのは、わたくしもしょせんはあなた方と同じようにこの身を焦がし、我が子への愛に殉じた身。産めば焼け死ぬとわかっていても、我が子への会いたさにカグツチを産み、果てに死して黄泉の国にいる今のわたくしに、あなた方を叱れる立場ではないと存じたからです」
されどーーと、今度は声を深く響かせて、
「人の魂は巡るもの。死すれば神のもとへと帰り、また神の子として生まれ変わる。その循環のためには、魂の回収が肝心要。その使命を負っているのが、ほかでもないあなた方死神であることを決して忘れてはなりませんよ」
「はっ!」と、死神たちが一斉に平伏した。
それにーーとさらに語を継ぐ声に、沁み入るような温もりが満ち満ちた。
「わたくしだって、我が子のように思っているあなた方の苦しむ姿は、もう見たくはありません。このわたくし心、あなた方にもどうか汲み取っていただきたいのです」
そう告げられて、死神たちの身体が恐怖にではなく涙を堪えて震えだした。
煽璃にいたっては、
「空よりも広い寛大なお計らいに、海よりも深い温情のお言葉……不忠の証であるこの身の火傷に、まこと沁み渡るようでございばふるぅ」
と、滝のような涙を流している。
一方祝は、ある言葉がどうしても引っかかって、ひとり首をかしげていた。
「カグツチを産んだ……?」




