第112話 隠し子への仕置き
しばし、皆で煌侍郎の嗚咽を聞いていた。
「炎袰、煉兎、燎牙、あなた方はどうお思いですか?」
御簾の向こうから、黄泉津大神の声が聞こえた。
代表して、炎袰がゆっくりと口を切る。
「此度の騒動の元凶は、煌侍郎だけでなく、隠し子をもうけたわたくしども死神全員の責任にあると存じます。ここにいる祝と八尋は、富士の大噴火は死神たちの目論みであると、瀬城夏冊と魂喰夜叉に思い込まされていたのです。もしその思い込みさえなければ、いくら母親を救うためとはいえ、死神殺しに手を染めることはなかったはずと存じます。それに、彼らは思い違いの罪を償うために、命を賭してカグツチの首を切り落としてくれました。わたくしは、もう彼らは充分に罪を償ったと存じております。そして、今あるのは、わたくしども死神の罪のみにございます」
ですから、どうかーーと、改めて深々と頭を下げると、
「煌侍郎同様に、わたくしにも厳しいお裁きを賜りたく存じあげ奉りまする」
と、真っ直ぐで潔い声で言った。
煉兎と燎牙も、炎袰に続いて頭を下げる。
「祝、八尋、あなた方はどうお考えですか?」
黄泉津大神の影が、隠し子二人へ顔を向けた。
「もう二度と 天瑞鏡に捉われない自信は、おありですか? あなたや瀬城夏冊を虜にしたあの鏡は、天瑞鏡とは名ばかりの恐ろしい魔鏡ーー」
かつて、破片ではなく一枚の鏡であったころは、十年に一度だげ手にしたたった一人の人物を映し出し、どんな願いも叶えたという。そのために、幾度となく鏡をめぐって血で血を洗う争いが繰り返されてきた。
「ですから、人間たちにそんな凶行は二度とさせぬよう、わたくしが跡形もなく破壊しようとしたのです。しかし、人々から放たれる邪念を永きに渡って吸い続けたあの魔鏡は、想像を絶するほどの妖力を宿しておりました。ですから、このわたくしですら十枚の破片に砕くのがやっとだったのです」
しかし、そんな破片をそのまま野晒しにしておけば、天瑞鏡を復活させんとかき集めようとする者が必ずや現れる。
「そんな愚かな真似はさせまいと、破片を神核にして十人の死神をつくりました。命あるものは、みな死神に恐れを抱く。ましてや我欲の強い者ならば、なおさら死神には近づきたがらないと思ったからです。しかし、あなた方のように、ときに命を擲ってまで死神に挑もうとする者もいる。ましてや、瀬城夏冊や一時のあなたように、破れた心を持つ者が天瑞鏡の破片を一枚でも手にしたならば、途端にその隙間へ抜け目なく妖魔が忍び込み、ほんの束の間満たされたような心地を抱かせ、余計に心を渇かしてゆく」
そうして、天瑞鏡への欲念を倍増させて、死神への凶行を加速させる。
心を満たせるものは、心でしかない。それ以外のもので満たそうとすれば、余計に渇くばかりなのに。
「けれど、人はそんな簡単なことも忘れて、すぐに目に見えるもので満たそうとする。だから欲望という名の渇きにいつも喘ぎ、富士山の噴火すら構わないと、罪悪感すら薄れて狂奔する」
言葉と言葉の切れ目に、敢えて風を通すような間を置いて、祝ーーと、黄泉津大神がより澄んだ声で呼びかけた。
「あなたは、そんな過ちに二度と手を染めないと約束できますか? 人の心は破れやすい。ましてや、あなたの力は死神ですら抑えられるものは数少ない。それを知っていても、もう二度と天瑞鏡を求めて狼藉を働いたりはしないと誓えますか?」
祝は深く息を吸って、
「誓います!」と、力強くうなずいた。
「誰かを憎らしく思おうが、誰かを妬ましく思おうが、たとえ誰かのためであったとしても、もう絶対に天瑞鏡を手に入れようとは思いません! 死神を殺したり、富士山を噴火させてまで、叶えたい願いなんてありません!」
ふんと鼻を鳴らす炉慈丸から、
「どうだか」と、毒っ気たっぷりに囁く声が聞こえてきた。
祝は気に留めることもなく、それと! と勢い込んでさらに続けた。
「死神たちへの罰も、大目に見てやってはくれませんか? 日照雨煌侍郎は、もちろん心から反省しているし、炎袰や煉兎や六連星燎牙は、俺と八尋の命の恩人なんです。せっかく奇跡的に生き返ることができたのに、改めて命を奪うなんてあんまりです。もし、彼らに厳しい処分が下されるなら、俺にもちゃんと罰を与えてください」
それが駄目だならーーと、御簾に映る黄泉津大神の影を真っ直ぐに見つめて、
「どうか、八尋だけは許してやってください!」
と、簀子縁にめり込む勢いで頭を下げた。
「ええ加減、冗談も休み休み言わんかい!」
眦を吊り上げた煽璃が、怒号をあげた。「うちらに、あんな狼藉かましといて、お咎めなしやなんてあるかいな! あんたらは全員、地獄行きや! せやないと、こっちの腹が収まらんわ!」
「そうよ、そうよ!」
と、炉慈丸がすかさず声を添える。「なにが、大目に見てやってはくれませんか、よ! いい子ぶっちゃって、馬鹿じゃないの!」
一方、彼女たちの声なんていっさい耳に入らないとばかりに、
「祝、ありがとうね」
と、炎袰が優しい声で囁いてきた。「あたしたち死神のことは、気にしなくていいんだよ。あんたは、八尋ちゃんとおっ母さんの心配だけしてりゃあいいんだ」
その声を掻き分けるようにして、
「いいえ、黄泉津大神!」
と、煌侍郎の声が割って入る。「裁かれるべきは、わたくし一人で充分です! どうか、今すぐわたくしをご誅戮ください!」
「いいえ、あきまへん黄泉津大神!」
煽璃が、とうとう主にも関西訛りを使いはじめた。「この四人の死神と、二人の隠し子を全員揃ってしばいてもらわな、うちはとうてい納得できまへん!」
「その通りでございます、黄泉津大神!」
炉慈丸も、いっそう高い金切り声を張りあげる。「こんなやつら、今すぐに肉味噌になるまで切り刻んで、きゅうりに添えてやるべきですわ!」
そうだ、そうだ、いや、そうじゃない、と、ほかの死神たちの声も加わる。そうして、御前での口論が過熱を極めたころだった。
外から卒然として、不穏な雷鳴が轟いた。直後、曇天の空に走った八つの青白い稲妻が、祝たちのいる簀子縁のすぐ後ろの小庭に落下した。
「「ヒィィィィッ」」と悲鳴をあげて、煽璃と灼千代が抱き合った。
ほかの死神たちも、或いは唇を震わせ、或いは息を呑んでいる。祝もやはり、声にならない叫びをあげた。顧みれば、白砂が敷き詰められた小庭には、煙を上げて真っ黒に焦げている箇所が、八つ均等に点在していた。
改めて、全員が膝を揃えて従順しく座り、真一文字に口を閉ざした。息することすら遠慮してしまうほどの、張り詰めた静寂があたりを包む。
「なるほど、あなた方の言い条は、よぉくわかりました」
冷え冷えとした黄泉津大神の声が渡って、全員が肩を震わせた。
「特に煽璃、灼千代、あなた方の熱弁は、わたくしの胸にひしひしと突き刺さるようでした。我が子同然のあなた方にこれほどまでに切に訴えられては、適当にあしらうわけにはいきません」
「きょきょきょきょ」
煽璃は、鶏の鳴き真似でもしているかのようにつっかえて、
「恐縮至極に存じまする!」と一声あげて、炉慈丸と一緒に平伏した。
それにーーと、黄泉津大神はさらに続ける。
「死神ともあろうものが、死すべき人間に身を焦がしてまで恋着して、果てに子供まで授けてやったとなると、確かにわたしへの返忠にほかありません。そのうえ、その隠し子はカグツチの火を宿し、強力な神通術を駆使できるーー天瑞鏡を欲さずとも、何かしらの凶事の火種となるのは、想像にたやすい。されば、やはり隠し子を持つ死神と、その子供たちには、厳しい仕置きが妥当でしょう」
祝に八尋、それに炎袰、煉兎、燎牙の死神三人が、揃って簀子縁についた両手を震わせた。
俄然、息を吹き返したのは、やはり煽璃と炉慈丸だ。
「さすがは、黄泉津大神にございます!こやつらは、やはり許されざる大罪人。どうぞ焼くなり煮るなり、手加減なしの天誅をお与えくださいませ!」
と、煽璃が、嬉々として声をあげれば、
「まさしくその通り!」
と炉慈丸が、声を加える。「蒸すなり炒めるなり、今すぐ地獄を見せてやりましょう!」
黄泉津大神の影が、鷹揚にうなずいた。
「ええ、そうですね。今すぐにいたしましょう」
応える声は、どこか楽しげに弾んでいる。
「そ、そんな……」炎袰が、悲愴な顔でつぶやいた。
「お願いでございます、黄泉津大神!」
煉兎が、声を走らせた。しかし、
「祝と八尋は、どうか命だけでもーー」
と訴える叫びは、
「しかるがゆえに」と響く、黄泉津大神の声に遮られた。
「桃花鳥ヶ峰煽璃、八社宮炉慈丸、地鯉鮒燐太郎、青鹿毛炸靱、荒南風炙羅子、五百蔵焔甚」
と、ぞっとするほどに優しい声で名前を挙げると、
「今すぐあなた方の隠し子も、一人残らずわたくしの前に召し出しなさい」
しばし、全員が時が止まったかのように沈黙した。それから、
「へ……?」
と、名指しされた六人の死神が、揃って間の抜けた声をあげた。




