第111話 黄泉津大神への拝謁
祝たちは、真っ暗な洞窟を突き進んだ。出口の先にあったのは、深い霧が果てしなくたなびく世界である。その真ん中に、雅やかな寝殿造りの宮殿があった。
先ほどの老婆に案内されたのは、御簾で閉ざされた階隠間(南側にある中央の間。応接の場にも使われる一間。)の正面にある簀子縁だった。祝と八尋を真ん中に置いて、その両脇を死神が五人ずつ挟んで列座するよう命じられた。
そうして、全員の膝が揃ったのを見るや、
「こうべを垂れよ」
と命じる老婆の声に、鋭爪たちは一斉に平伏した。
それに倣って八尋も恭しく頭を下げる。祝だけがきょろきょろとしていると、右隣に座していた煉兎に、上から頭を押さえつけられた。
次の転瞬、御簾の向こうから、とてつもない神韻が背中を薙ぐようにして吹き渡り、何かが顕現したであろうことがすぐにわかった。その圧巻の威風に、祝は一瞬にして圧服されて、ひれ伏したままで凝固した。
「面を上げなさい」
女の声だった。得もいわれぬ快美な響きと、沁み入るような温もりがあった。
一呼吸おくと、糸で上から引き上げらるように頭が勝手に持ち上がり、気づけば正面を向いていた。
御簾の向こうに人影があった。長く真っ直ぐな髪を垂らして、装いは十二単のようである。
「カグツチの首を魂に宿し死神たちよ」
呼ばわれて、死神たちの姿勢がピンと音を立てるように真っ直ぐに伸びた。
「よくぞ一同揃って参られました。このたびは思いがけぬ凶事に見舞われ、わたくしも深く憂いておりましたが、こうして一人も欠けることなく、健やかなる姿を目にすることができて、大変嬉しいかぎりです」
煉兎の隣に座する炎袰から、声をあげようとする気配があった。が、それよりも一歩早く、
「もったいのうお言葉に存じまする」
口を開いたのは、煽璃だった。あたかも十人の死神の魁であるかのような顔をして、朗々《ろうろう》たる声音で切り出した。
「我々こそ、久方ぶりに一同揃っての拝謁を賜り、恐悦至極に存じ奉りまする。このたびは、同輩数名の浅はかなる振る舞いと、その隠し子の狼藉によって凶事を招来されるに至りましたものの、我らが主、黄泉津大神の篤きご加護をもって無事落着いたしましたこと、ここに謹んでご報告申し上げる次第でございまする。また、我が主におかれましては、常と変わらぬご清祥と拝察つかまつり、心よりお慶び申し上げると同時に、比類なきご神威を拝し奉ること、無上の幸せとーー
「ええ。大義でしたね、煽璃」
永遠に続くのでは、と思われた煽璃の口上を御簾の向こうの声が堰き止めた。
「あなたにおかれては、相も変わらず舌先の方も好調ようで、喜ばしいかぎりです」
「そんな……」
と、煽璃が涙ぐむ。「それこそ身に余るお言葉に存じ奉りまする」
いや、褒められてねえよ、と祝が喉の奥で呟いた。ほかの面子も、同じことを思っているような顔をしている。
さてーーと、御簾の向こうの影が正面を向いた。
「祝、八尋、よくぞ黄泉国へ参られました」
この上ない妙音で自分の名前が紡がれて、祝は畏れおおさにのけ反った。左横では、八尋ががくがくと顎を振るわせ、頷いている。
「この度の難事、あなた方にとっては、さぞかし奇っ怪至極であったことでしょう。それでも勇敢に立ち向かい、よくぞこの国の民のためにカグツチの首を刎ねてくださいました。わたくしからも、深く御礼を申し上げます」
祝は、ただ面食らうばかりだった。
(褒められてるの、か……?)
そもそも、この国の民を危険に晒しかけた張本人が祝なのだ。で、その罪を少しでも償うべく、八尋や炎袰や煉兎の力を借りてカグツチの首を刎ねたんであって、どういたしまして、なんて応えるのは絶対におかしい。
じゃあ、なんと言って応えるべきかと迷っていと、たまりかねたとばかりに、
「畏れながら、黄泉津大神!」
と、煽璃が身を乗り出し、声をあげた。
「この度の元凶は、ここにいる嗛間炎袰、楪煉兎、六連星燎牙、それに日照雨煌悟、そして何より、身勝手にも天瑞鏡を欲さんとした彼らの隠し子にございます! カグツチの首を刎ねて富士の大噴火だけは食い止めたのも、己のしでかした多大な罪をわずかに償っただけのこと。この程度の謝意で我ら死神の虐殺の罪を贖われては、面目のひとつも立たなぬ所存でございまする!」
煉兎の横で座している炎袰が、
「虐殺だって? ほんっと、大袈裟な女だね」
と、苦い顔してつぶやいた。
「その通りでございます!」
と、炉慈丸が煽璃に加勢する。「ここにいる二人の死神の隠し子は、天瑞鏡の存在と、その在処を知ってしまいました。それに、探し当てる術までも。つまり、命があるうちは、また誘惑に駆られて死神殺しを企む恐れがあるのです!」
「するわけないだろ、そんなこと。適当なこと言ってんじゃないよ」
また炎袰が、歯痒そうにつぶやいた。
「それに何よりッ!」
煽璃が、また弾けるような声をあげた。勢い込んで腰を浮かすと、
「この少年は、誠に危険にございます!」
と、びしりと祝を指差した。ひとり俎上に載せられた本人は、びくりと肩を震わせる。
「この少年は、炎袰と煉兎の魂を宿し、二つの神通術を駆使する異例中の異例の隠し子でごさいます。そのうえ、炎袰の粗暴な気質と煉兎のうつけなところまでしっかりと受け継がれた狼藉者ーーこのような者を放っておいては、また何をしでかすかわかったものではございません!」
隣で、ボッと炎袰と煉兎の血の気の上る音を聞いた気がした。
「……あんにゃろう」
と、煉兎が物騒な声でつぶやいて、
「好き勝手に言ってくれるじゃないか」
と、炎袰もまた、凄みの効いた声を添える。
次いで、
「畏れながら黄泉津大神、わたくしも煽璃と灼千代に同意にございまする」
と、炸靱が陰々とした声をあげた。
「この四名の不忠の死神と、その隠し子である兇賊どもをただでここから帰してしまっては、ふたたび現世で凶事を招くやもしれませぬ。ここはどうか、厳しい誅罰をくだしていただきますよう、お願い申し上げる次第でございまする」
燐太郎と、〈分身〉の死神と〈腐敗の瘴気〉死神も、うんうんとしきりに頷いている。
そこへ、
「畏れながら、黄泉津大神!」
がばりと膝を乗り出して、煌侍郎が割り込んだ。
「此度の責任は、全てわたくしと我が隠し子が果たすべきことに存じまする! わたくしは、黄泉津大神の鋭爪が一人であるにも関わらず、その主の意に背いて一人の女の寿命を延ばし、密かに子供を産ませたうえ、その子供に神通術を教え込み、カグツチの存在や七つの鳥居の秘事までを明かし、幾重にも罪を塗り重ねた次第ございまする。畢竟、我が隠し子が死神殺しに手を染めたのは、わたくしが浅はかな父であったがゆえ……ここにいる炎袰•煉兎の息子並びに燎牙の娘は、そんな愚息に唆され、利用された被害者でございます。彼らには、わたくしからもどうかご赦免の措置を賜りたく、お願い奉る次第でございまする」
そして、愚息はーーと、おもむろに懐に手を入れると、小さな鬼灯を取り出して見せた。中には、明々と燃える光がある。
「すでにカグツチより鉄槌を賜り、魂はここにございまする」
それから、一つ深く息を吸って、
「されば、どうか! どうかッ……!」
と、ひときわ声を高くすると、
「残りはわたく一人のみに、秋霜烈日のご誅罰を!」
と、簀子縁に額を擦り付けた。




