第110話 黄泉国へ
しかし、そんな切ない空気などお構いなしに、ずかずかと歩み寄ってくる二人組がいた。
「煌侍郎! それに、炎袰と煉兎の馬鹿息子! あんたら、ウチらをこんな目に遭わして、絶対にただでは済まさへんで!」
死神•桃花鳥ヶ峰煽璃と、
「それに、燎牙の馬鹿娘も同罪よ! あたしたちにとんでもない屈辱を味あわせたうえに、カグツチを完全復活させちゃうなんて、呆れてものが言えないわ!」
死神•八社炉慈丸だ。
「ええか? この罪は謝って済むような話やないで! 煮るなり焼くなりされる覚悟は、できとるやろな!?」
「言っとくけどね、あたしは生き返っても、あたしの最高傑作であるお龍は、ガラクタになったままなんだからね! あんたたち全員おんなじ目に遭ってもらうまで、絶対に許さないんだから!」
祝が、彼女たちに責められるのは当然だ。だから、怒涛の金切り声をただ黙って受け止めた。そうして気が済むまで叱責してもらったら、言われた通り許されないとわかっていても、誠意を込めて頭を下げるつもりでいた。
ところがそこへ、はん! と、鼻で息を吐く声が割って入った。
炎袰である。すぐ隣に、煉兎と燎牙も一緒にいる。
「相変わらずギャーギャーうるさい連中だねぇ。言われなくとも、お咎めを受ける覚悟ならとっくに固まってるに決まってんだろ。もちろん隠し子の分の不始末も、あたしら死神がきっちり引き受けるつもりサ!」
隣で、煉兎と燎牙がうなずいている。
けどーーと、さらに続ける炎袰が、にたりと笑った。
「あんたたちも、ずいぶん情けないねえ。死神ともあろう者が、昨日、今日、神通術を覚えたばかりの人間にあっさり負かされちまうなんて、あんたたちこそ黄泉津大神の鋭爪としての自覚が足りないんじゃあないのかい?」
「なんやてぇ」「なんですってぇ」
と、声を揃えた煽璃と炉慈丸が、わなわなと肩を震わせた。
「炎袰ぉ。あんた、今日という今日は、絶対に許せへで!」
さらに煽璃が、鉄扇でびしりと炎袰を差した。
「こうなったらあんたらの愚行と蛮行、すべて黄泉津大神に言上して、天誅をくだしていただくのみや! せいぜい死装束にでも着替えて従順しくしてよーー」
し、と言い切ろうとした声を、
「黄泉津大神の鋭爪どもよ」
と背後から聞こえた、知らないしゃがれた声が遮った。
祝が恐るおそる振り返れば、そこにはさっきまではなかったはずの、大きな四つの岩が忽然とあった。両端にある二つの岩は、高さ三メートル、幅五十センチほどで、二メートルほどの空間を置いて、柱のような佇まいで立ってる。その上に、同じような大きさのものが、屋根のように横に寝かされ、そこにできた縦長の空間を閉ざすかのように立っている岩は、高さも幅も三メートルはありそうな巨岩であった。
それが、まるで引き戸のようにほんのわずかに横にずれて、そこから生じた隙間から、ひとつの人影がうっそりと浮かんだ。
立っていたのは、真っ白な髪の毛を肩までたらした、ひどく痩せこけた老婆だった。
思いがけない光景に、祝はひっと息を呑む。
老婆の背後は、夜闇よりもさらに濃い闇に満ちていた。どうやらこの岩戸ともいうべき扉の向こうには、別の世界が存在しているようである。
老婆が、祝を一瞥する。それから、落ちくぼんだ眼窩の奥にある鷹のような目で、十人の死神を一人ずつ検めるように見回し、重く告げだ。
「主がお召しである。全員、直ちにまかり出でよ」
直後、死神全員の顔色があらたまり、あたりが厳粛な空気にひしめいた。
「どうやら、ウチがわざわざ注進せんでも、黄泉津大神はすべてお見通しのようや」
煽璃が、勝ち誇った笑みを浮かべる。
「尻尾巻いて逃げるんじゃないわよ。覚悟なさい!」
炉慈丸も、ニンマリと笑って言葉を添える。
「しつこいねえ。だから、とっくに覚悟してるって言ってんじゃないか」
炎袰が、即座に切り返す。
それでも、煽璃と炉慈丸は揃ってふんと鼻で笑うと、真っ暗な岩戸の奥へと消えていった。
その後に続いたのは、おそらくは〈分身〉の遣い手であろう男の死神だった。そのあとを〈腐敗の瘴気〉の遣い手であろう女の死神が追いかける。
さらにそのあと続いたのが、青鹿毛炸靱と、池鯉鮒燐太郎だ。彼らは祝によって灰に帰せられただけあって、追い抜きざまに眼光鋭い横目をくれて、岩戸の向こうへと消えていった。
煌侍郎は、瀬城と離れがたいようだった。そこへ狛犬姉弟が寄ってきて、
「おぬしらが戻ってくるまで、わっちゃらが傍にいといてやるですの」
「その代わり黄泉国に行ったら、カグツチにお乗りいただく鬼灯を持って帰ってきてほしいですぞ」
と、気を遣いつつも、ちゃっかりおつかいを頼んでいた。
煌侍郎は苦く笑って、
「わかった。生きて帰ってこられたら」
と答えて、岩戸をくぐった。
それを聞いて、祝の背筋に冷や汗が流れた。もしかしたら、もう二度とここへは戻ることができないかも。だって、それだけの罪を自分は犯してしまったのだからーー
そこへ、
「心配すんな」
と言う、煉兎の頼もしい声が降ってきた。「何があっても、俺たちが必ず護ってやる。それに、黄泉津大神はそんなに恐ろしいお方じゃない。話せばちゃんとわかっていただける寛容なお方だ」
途端に祝の緊張はほどけてゆく。
「そうサ!」
と、炎袰が力強い声を添える。「一度怒らしちまったら、そりゃあ恐ろしいお方だけど、それも全てはあたしたち死神と、生命あるものを想ってこそ。そもそもあのお方は、生命を淀みなく巡らせるためにあたしたち死神をつくったんであって、毛ほども人間を憎んじゃいないよ」
だから安心おし、とニカッと微笑まれると、つられて祝の目許も綻んだ。
八尋の方をふと見遣れば、彼女もまた燎牙に俺がついているからと、勇気づけてもらっているようだった。
そうして祝と八尋と、三人の死神は岩戸をくぐり、黄泉国へと歩を進めた。




