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死神の隠し子  作者: 沖延龍弥


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第108話 畏きもの

 はらはらと、祝も涙で頬を濡らしていた。はっと我に返ったのは、すぐ隣でえっえっと泣きじゃくる八尋の声を聞いたときだった。

 

 自分が、これほどまでに両親や死神たちから心を注がれていたことを思い知って、祝の胸は窒息しそうなほどに締めつけられた。

 ましてや、死神たちは決して気まぐれなんかで、人間の命を延ばすことも、終わらすこともしていなかった。炎袰は朔夜へ、煉兎は此葉へ、叶わぬ恋にその身を焦がし、命を延ばし続けてくれていたのだ。灰になるまでーーと覚悟して。

 

 カグツチの瞳が、どこまでもくらい色に戻って、もう何も映さなくなった。

 ずびっとはなすする八尋から、身を引き締め直す気配がする。

「気をつけて、祝」

「わかってる」

 そう声をかけあって、二人が荒神の猛攻の再開に身構えた。

 けれど、カグツチ は一向に動かない。何事かと顔を仰いだ途端、祝はぎょっと面食らった。


 カグツチ が、泣いていたのだ。目の縁に煌めく涙の粒をいっぱいに溜めて、唇を震わせ泣いたのだ。

 もちろんその雫は、頬を伝う前に蒸発した。しかし、大粒の雫が蒸発するたびに、カグツチ の纏う炎が勢いを失い、熱さもみるみる柔らいでいった。


 好機と見た祝は、大急ぎで白骨の巨腕を振り上げようとした。


 しかし、そこへカグツチ がのそりと動き始めた。

 祝は驚き、また襲いかかってくるのかと身構えた。

 ところが、カグツチ は暴れ回るわけでもなく、きょろきょろと辺りを見回して、何かを捜しているようだった。しばらくすると捜し物が見つかったのか、ある一点をじっと忌々しげに見下ろしていた。

 

 その先にあったのは、八尋が放り捨てた天瑞鏡だった。カグツチ は、しばしそれを眺めて、突然こぶしを固く握りしめて、拳搥けんついしたたかに叩きだした。

 力任せに叩かれて、その度に激しく地面が揺れる。 

 しかし、四度、五度と叩いても、天瑞鏡はなかなか割れない。六度、七度と叩くころには、先に大地が割れやしないかとひやひやした。が、八度目あたりとなったころ、ようやく天瑞鏡が鏘然しょうぜんたるひびきを放って割れ砕かれた。


 祝が目を凝らして見下ろせば、それは十枚の破片となっていた。砕かれ方も十人の死神の神核であったころと、まったく同じ形である。

「カグツチ……」

 祝は、思わず呼びかけた。

 カグツチが返事をすることはなかったが、呑み込まれそうなほどに冥かった瞳には、気づけば神気を湛えた光があった。

 それからまたのそりと動きだすと、神の子は大きな身体をかがませて、その首を祝に向かって差し出した。


 一瞬のためらいが、祝によぎる。しかしすぐに、決然と目を見開き、心を澄まし、力強くうなずいてみせた。

けまくもかしこ火之迦具土神ひのかぐつちのかみよ。その御首おんくび御力みりきをもって、けがれをはらいたまいしこと、かしこみかしこみかたじけなく申す」


 我知らず口が開き、魂からあふでた声だった。

 直後、天を突き上げる勢いで右の白骨の巨腕を振り上げた。微塵みじんの余力も残さず全身全霊を絞り尽くし、

「うおおおおおおおおッ!!」

 猛勢一挙もうぜいいっきょに振り下ろす。

 飛び出したのは、おおきな一条の三日月刃。夜空に昇る本物の三日月を引きずり落としたのかと思うほどの、雄大豪壮(ゆうだいごうそう)たる刃である。

 それが、懸河の勢いに乗って、カグツチの首めがけて降下する。


 風がやんだ。炎の揺らめきすらも凍りつき、万象が息をひそめて、祝たちの()(すえ)を見守った。

 

 その一刹那ーー鈴払いの音色にも似た清明なる刃音を響かせて、三日月刃は見事カグツチの首を斬り刎ねた。

 

 首が夜空に軽く舞い上がる。すると、弾けるように十の光の粒となって、天瑞鏡の破片の中へと飛び込んでいった。

 さらには、屈み込んだままのカグツチの身体がみるみる縮み、そこから清められてゆくかのような爽やかな風が吹き渡り、あたりを満たした。

 その風を浴びて、穢れの化身である魂喰夜叉が、一斉に奇声をあげながら千々にちぎれて消え失せた。

 木々を燃やしていた炎は一瞬にして鎮火して、地獄絵図のようだった山火事は、いくばくもなくして収束した。とはいえ、枝葉をほとんど焼かれてしまった木々たちは、いずれ立ち腐ってゆくだけだろう。

 ところが、さらにその下を目を凝らして見てみれば、風に触れてあっという間にうるおった土の上から、もう新たな命が芽吹いていた。

 そんな幻のような光景に目を瞠りながらも、風はいまだに優しくそよぐ。澄んだ川のせせらぎに撫でられているかのような心地を覚えて、祝の決死の緊迫も解けてゆく。


「やったのね……」まだ少し緊張の残る声で、八尋が言った。

「ああ」と、祝は深くうなずいた。

 

 目を落とせば、もとの首のない赤ん坊となったカグツチのそばへ、狛犬姉弟が駆け寄りこちらへと手を振ってくれていた。

 祝もそれに応えて手を振ると、八尋が長槍を降下させた。

 そうして、とてつもなく久しぶりに感じる大地を踏みしめると、


「祝、よくやったですの!」

「見事な手並みであったですぞ!」

 と、二匹からの賞賛が飛んできた。

 そしてーー


「ほぉーりぃーっ!!」

 耳が捉えただけで胸が熱くなるような、あの甘やに透る声が、後方から聞こえてきた。

 振り返れば、駆け寄ってくるのは嗛間炎袰と、楪煉兎だ。八尋の父親にあたる死神・六連星燎牙も、彼女元へと走り寄る。さらにその後ろには、かつて対峙した四人の死神と、初めて顔を見る三人の死神が立っていた。

 天瑞鏡が割れたことで彼らの神核が戻り、魂までもがもどったことで、蘇ることができたらしい。


「馬鹿だね。逃げろって言ったのに、あんな無茶をして」

 そう言って祝の頬に触れる炎袰の目は、もうすでに涙ぐんでいた。

 その隣では、煉兎がぽんと祝の頭に手を置いた。やはり、包帯に包まれているせいで、その表情は読み取れない。けれど、

「よくやったな」とかけてくれた短い声には、優しい響きが満ちていた。


 祝は、素直にうなずいた。

「カグツチの荒ぶった心を、二人が抑えてくれたおかげだ。じゃなきゃ、俺と八尋の力だけじゃあ、とてもじゃないけど断ち切ることなんてできなかった」

 そう告げて、二人の死神がくすぐったそう洟を啜った。

 ちょっと照れ臭い、なごやかな空気に包まれる。

 

 そこへ、ふと祝の視界の片隅に、一人の死神の男が映り込んだ。


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