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死神の隠し子  作者: 沖延龍弥


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第107話 魂の回収

 そうして、またカグツチの両の瞳がくらくなった。すると今度は、右の瞳だけが像を結んだ。映し出されたのは、病室のベッドに背もたれを少しだけ上げた状態で横たわる朔夜だった。

 ーー炎袰、本当に今までありがとう。約束どおり僕の魂を回収してほしい。祝が生まれた、今日この日に。

 

 手前から、ごくりと唾を呑む音が聞こえてきた。今度は炎袰のみの魂の記憶のようである。どうやらベッドのそばにあるスツールに腰掛け、朔夜が入院している病室で二人っきりでいるらしい。

 炎袰の視点が朔夜の顔から下へと降りて、エプロンの裾をきゅっと握りしめる華奢な両手が映し出された。


 ーーだけど……やっぱり今日じゃなくてもいいじゃないのサ。だって、せっかく無事に祝が生まれた日なんだよ? わざわざこんなめでたい日にしなくても、明日にすりゃあいいじゃないのサ。

 


 ーーけど、優しい君のことだから、明日にすりゃあいい、明日にすりゃあいいって言って、僕の命をずるずる延ばすつもりでいるんだろう? そうやって自らの身を焦がし続けるつもりでいるんだろう?


 ーーそれは……


 優しく切り返されて、炎袰がごにょごにょと決まり悪そうに自分の指をいじりだした。


 ーーそれに僕だって、明日になれば決意が揺らいでしまうんじゃないかって心配なんだ。明日でもいいか、明後日でもいいかって君に甘えて、ずるずると命を延ばしてもらおうとするんじゃないかって不安なんだ。


 ーーいいじゃないのサ、それで!

 がばりと炎袰の視点が朔夜へと上がる。

 ーーおまいさんの命は、あたしがいくらだって延ばしやるサ! あたしがいいって言ってんだよ? だったらそれでいいじゃないのサ!

 

 朔夜がふっと柔らかい笑みを浮かべた。

 ーー炎袰、本当に今までありがとう。やっと祝が生まれてきてくれて、抱くことができた。君には本当に、感謝してもしきれないよ。 


 ーーなな、なんなのサ、急に! 

 炎袰の声が、焦りに焦る。

 ーーべべ、べつに、おまいさんのためにやってるわけじゃあないんだからね! 変な勘違いしないでおくれ! 

 まったく顔は見えないが、湯気まであげて真っ赤になっているのが想像できる。

 ーーいいかい? 最初はね、ただの気まぐれだったのサ。けど、今は祝のためだ。あの子のためなら、何だってやれる。だからおまいさんには、あの子のために生きていてもらわなくっちゃ困るんだよ。

 ひとつ、深く息を吸う声が聞こえて、

 ーーあたしはね、おまいさんを生かし続けるためなら、どれほど火傷を負おうが屁でもないし、この身が灰になろうが、構わないのサ!


 朔夜の眉尻が八の字に下がって、困ったような笑みに変わった。

 ーーだけど、もし君が本当に祝を思ってくれているのなら、やっぱり僕の命を刈るべきなんだ。


 ーー何でなのサ!

 炎袰の、矢のような声が飛ぶ。

 けれど、朔夜は一向に怯まない。

 

 ーーだって、君が犠牲になって僕の命を延ばしたとしても、こんなにも病弱な身体じゃあ、祝に何かあってもきっと護りきれない。けど、誰よりも強い君なら、何があっても祝を護ってやれるはずだ。


 ーーそ、そんなこと……


 ーーだから君が生きて、僕の代わりに祝のそばにいてやってくれないか? あの子に何かあったとき、君が護ってやってくれないか? その方が、祝のためなんだよ。


 ーーで、でもっ!でもっ!

 

 映像が、左右に激しく揺れた。きっと炎袰が、必死にかぶりを振っているのだ。


 ーーお願いだ、炎袰。

 

 声は、何も返ってこない。長い沈黙が流れ過ぎる。


 ーー祝の幸せのためなんだ。

 どこまでも澄んだ瞳で、朔夜が言った。

 

 炎袰の、震える息遣いが聞こえてくる。

 視点が、また膝へと下がった。しばらくは微動だにしなかったか細い両手が、やがて意を決するかのように拳を固めた。それからまた視点が朔夜の顔へと持ち上がると、

 ーーわかったよ

 と、囁く声が聞こえた。


 ーーありがとう、炎袰。

 朔夜の目許に、きらりと光る涙が浮かんだ。

 ーー頼んだよ。どうか、あの子を、祝を護ってやってくれ。


 ーーああ、約束するよ。

 映像が、上下に大きく揺れた。きっと炎袰が、力強くうなずいたのだ。

 ーーこの命に替えても、必ずあの子を護ってみせるよ。

 涙ぐんだ声だった。しゃっくりも一緒に聞こえてくる。映像も炎袰の涙でかすんでいる。


 穏やかな笑みを湛えたままで、朔夜が静かに瞼を閉じた。

 小振袖の袖から伸びる両手が、ためらいがちに朔夜の胸の奥へと吸い込まれてゆく。中から掬い上げられたのは、まばたきを忘れるほどに美しい、揺らめく宝石のような魂だった。

 炎袰の両手が、それを優しく包み込む。


 朔夜の息が、ひっそりと絶えた。どこまでも安らかな顔のまま。

 炎袰が、魂を胸に抱いた。

 すすり泣く声が聞こえてくる。ときおり痛ましい声をあげてはそれを詰まらせ、死神はいつまでもいつまでも泣いていた。

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