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死神の隠し子  作者: 沖延龍弥


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第106話 身を焦がす

 何者かーー祝には、それがすぐにわかった。

 今は亡き父親の、朔夜である。何度も写真で見たことがあったから間違いない。


 ーー炎袰の顔の火傷は、何なんだ? 彼女は何も教えてくれないし……もしかして、僕に何か関係しているんじゃないのか!?


 カメラ目線のように、朔夜はじっとこちらを見つめている。そして、何かを必死に問質といただしている。相手が誰なのかはわからない。けれど、さっき耳にした名前が、聞き間違いじゃなかったらーー


 ーー何度も言ってんだろ。おめえには関係のねえことだ。何にも気に病むこたぁねえ。

 

 やっぱり煉兎の声だった。二人の会話の砕け具合からいって、気心の知れた仲だったんだとすぐにわかった。けれど、彼の隠そうとしない気怠げな声は、何度も問い詰めてくる朔夜にうんざりしている、といったふうである。

 それと不思議なのは、カグツチの左の瞳に映るのは朔夜ばかりで、煉兎の姿はどこにも見えない。


 ーーだけど隠すってことは、それだけ僕には知られたくない事情があるんじゃないのか? もし、僕のせいで危険な目に遭っているっていうなら、知らないふりなんてできないよ!


 朔夜は、食い下がって引こうとしない。

 はあ、と煉兎の深いため息が、手前の方から聞こえてくる。

 どうやらこれは、煉兎の目から見た過去の情景のようである。それは、つまりーー


「煉兎の記憶だ。煉兎の魂の記憶なんだ」

 祝が確信をもってつぶやいた。


 ーーわかったよ。じゃあ、これを見な。


 その彼の声が、また聞こえてきた。同時に、白いリネンのスーツの右袖が見えて、ぐいっとそれがまくられた。手首と肘の真ん中あたりに、黒い文字で何かが刻まれている。それを朔夜が声に出して読み上げた。


 ーー稲司此葉いなもりこのは……


 そう、刻まれてあったのは、祝の母親の名前であり、朔夜にとっての妻の名前だ。しかもその周りには、赤く(ただ)れたひどい火傷の跡がある。


 ーー俺たち死神はな、この身体のどこかに刻まれた名前の命をその日のうちに必ず刈り取って、黄泉国(よもつくに)へ送り届けなきゃならねぇんだ。もし、刈り取ることなく放っておけば、刻まれた名前が全身を隈なく巡る咒縄じゅじょうとなって、俺たちを次の日のうちに絞め殺しちまう。だから、忘れてた、なんてことは絶対に許されねえ。


 それを見た朔夜は、唇を震わせ絶句していた。自分の妻がその日のうちに殺されなくちゃならないのだと告げられたのだ。そりゃあ、平常心でいられるはずはない。


 ーー心配すんな。

 苦笑を含んだ声で、煉兎が言った。


 ーー実は、この咒縄から逃れられる方法が一つだけあってな、こうすりゃあいいのさ。


 そう言うと、煉兎の腕が火もないのに炙られているかのように焦げはじめ、またたく間に此葉の名前を焼き消した。赤黒く(ただ)れた皮膚がべろりとめくれ、赤い肉が覗いて見える。かすかに煙が立ち昇って、ごげ臭い匂いがここまで届きそうなほどに痛々しい。


 ーー俺たちは、神通術っていう超能力のようなもんを使うんだ。で、そのためには、火凝霊法っていう魂をたぎらせて霊力という名の熱を発生させることが基本なんだが、その火凝霊法で発せられた霊力をあえて神通術には使わずに、身体を中から炙る熱にしちまうことで、名前を焼き消すことができるんだ。あいにくこののろいは、皮膚をちょっといだくらいじゃあ消えてくれないんでね。こいつが唯一の方法なのさ。


 腕が、痛みに耐えて力んでいた。かすかに呻くような声と、抑えようとしても抑えきれない荒い息遣いが聞こえてくる。


 朔夜が煉兎の腕を掴み取って、むりやりスーツの袖口を肩の上までまくり上げた。

 やはり火傷は肩にまで及んでいて、服を脱がせば、おそらくは全身に広がっているであろうことが想見できる。


 ーーもしかして、君たちはこれを毎日毎日続けていたのか? そうやって、君は此葉の命を延ばし続けて、炎袰は僕の命を延ばし続けてくれていたのか?


 煉兎の腕が、朔夜の両手を振り払った。


 ーーおめえらが、気にするこたあねえんだよ。俺たちが、勝手にやってるこった。


 ーーだけど……


 ーーおめえは、もうすぐ生まれてくるガキの心配だけしてりゃあいいんだよ! 炎袰の奴も強情な女だからな、おめえが何を言おうと聞きゃあしねぇよ。


 煉兎のその声を最後に、カグツチの左の瞳がまた冥くなる。その直前の朔夜の顔は、締め上げられている胸を必死に耐えているかのようだった。

 

 と、今度は両の瞳が像を結んだ。映し出したのは、生まれて間もない赤ん坊だった。

 右の瞳に映る白い繊手せんしゅが、赤ん坊の頬を愛おしげに撫でている。見切れるようにちらりと映る椿柄をあしらった小振袖は、祝には充分過ぎるほどに見憶えがあった。


 ーーああ、なんて可愛いのサ。目に入れても痛くないってのは、この子のためにあるような言葉だよ。


 やはり、それは炎袰の声だった。

 ということは、どうやらこの情景は炎袰の魂の記憶のようである。


 一方、左の瞳に映るのは、先ほどと同じ白いリネンのスーツの袖から伸びる煉兎の手だ。何が楽しいのか、赤ん坊の頬を何度も軽くつついては、その感触を確かめている。


 ーー見てみろよ、この此葉譲りのつぶらな目。こいつぁ、将来色男で間違いねえぜ。

 煉兎の声が聞こえてくる。


 ーー鼻と口は朔夜さん譲りだね。ホント、こんなに愛くるしい赤ん坊は、永年ながねん生きてきたけど見たことないよ。

 と、炎袰の声も聞こえてくる。

 そのあとも、整った輪郭は此花に似ただの、眉毛の凛々しさは朔夜さんそっくりだのと、煉兎と炎袰は言い争った。そこへ、


 ーー二人とも、もうそれくらでいいんじゃない? いい加減にしないと、(ほおり)が怯えて泣いちゃうわ。


 と、割って入る声がした。


 カグツチの両の瞳に映し出される二つの視点が、赤ん坊から上へと登って、赤ん坊を抱く此葉の顔が映し出された。


 ーーそうそう。せっかく祝が生まれた日なんだよ? 今日くらいは喧嘩せずに仲よく頼むよ。


 今度は視点が横へとずれて、此葉の横にいた朔夜の顔が映し出された。先ほど見た煉兎の記憶のものよりも、ずいぶん窶れて顔色も悪いが、心底幸せそうに微笑(わら)っている。


 ーーほ、祝!? この子の名前は、祝っていうのかい?

 炎袰の、(はず)むような声が聞こえてくる。


 ーー稲司祝か。ずいぶんいい名前をつけたじゃねえか。

 煉兎の感嘆まじりの声が聞こえる。


 祝を見つめる、慈愛に満ちた此葉の笑みが映し出された。

 ーーだって、死神に生まれてきたことを祝ってもらえるなんて、そんな子そうそういないでしょ? どんなに偉い人に祝ってもらえるよりも、こんなにおめでたいことなんて、ほかにないわよ。


 ーーそうだね。

 朔夜の声が聞こえると、また視点が横にずれて、彼の儚くも凛々しい面差しが映し出された。

 ーー炎袰、煉兎、僕たちにこんなに可愛い子供を授けてくれて、本当にありがとう。この子は紛れもなく、僕たち四人の子供だよ。


 突然ふたつの視界が、水中にいるかのようにぼやけてピントが合わなくなった。きっと、炎袰と煉兎が目にいっぱいの涙を浮かべているからだ。

「きゅ、急になに言いやがる」

 はなをすする煉兎の声が聞こえてくる。

「もお、泣かさないでおくれよぉ」

 涙ぐむ炎袰の声が聞こえてくる。


 込み上げるものを覚えて、祝の目頭も熱くなる。



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