表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
死神の隠し子  作者: 沖延龍弥


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

105/120

第104話 水とは何か

「「自分で考えろですの(ぞ)」」

「ああ?」

 殊勝(しゅしょう)な気分は一瞬にして吹き散って、祝はガラの悪い声で詰め寄った。

「そりゃ、どういう意味だよ」


「「そのまんまの意味ですの(ぞ)」狛犬姉弟が平然と答えた。


 日暈が言う。

「おぬしらは、魂喰夜叉(こんじきやしゃ)によってすぐさま火凝霊法( かごたまほう)を会得することができた。けれど、それは異例中の異例であって、本来ならば(なが)きにわたる精神の陶冶(とうや)によって会得すべき秘儀ですの」


 月暈が言う。

「しかし、水凝霊法( みこたまほう)にかぎっては、誰しもが即座に会得できる秘儀であり、知らず知らずに駆使している者も少なくない。されど、他人から教えられてしまっては意味を成さない。自分自身で気づき、感じることこそが、会得する唯一の方法なんですぞ」


「なんだよ、それ……」

 祝は、肩を落として途方に暮れた。気づく? 感じる? いったい何をーー


「火とは、(おこ)し、燃やすもの」と、日暈が言う。

「水とは、注ぎ、汲み取るもの」と、月暈が言う。


 それでは、祝ーーと、狛犬姉弟が声を揃える。

「「身体の中にある火が、魂であるならば、身体の中にある水とは何ですの(ぞ)?」」


「んなこと、急に言われたってわかんねえよ!」

 焦りと困惑で、答える声が思わず尖る。


 日暈が、言う

「祝、わっちゃらは魂喰夜叉に寄生されていたあいだも、意識の奥底でずっとそなたらを見ていたですの。だからそなたが、常日頃からちゃんと水を注いでもらっていたことを知っていた」


 月暈が言う 

「けれど、そなたはそれを少しも汲み取ろうとせずに、垂れ流すばかりだったですぞ。そのうえ、破れた器からも水は流れていって、カラカラに乾く寸前だった」

 そして今もーーと加えると、二匹の目がかすかに責めるような色を帯びた。


「ちゃんと考えてみるですの。そなたの中にある水とは、いったい何か」と、日暈がさらに言う。


「今も絶え間なく注がれ続けている水とは何なのか。それがわかれば水は汲まれ、即座に水凝霊は完成するですぞ」と、月暈もさらに言う。


 

「何だよ、それ……」

 祝はがしがしと頭を掻きむしった。そこへ、ふいに視線を感じて、首を後方へと()じ向けた。

 八尋が、こちらを見つめている。


 こいつ、まだいたのか、と祝はちょっと苛立った。しかし、

 「八尋、おまえはもういいから、早く逃げーー」

 ろ、と言い切ろうとしたその声は、あるひとつの()()()にに遮られた。

(俺がいま生きているのは、こいつのお陰だ)

 至極当たり前のことである。けれど、祝にとっては目が醒めるような思いだった。

 心配そうに見つめられるなんて、いつものことだ。祝は、それを決まって邪険にするような目で突っぱねてきた。世話を焼かれたり、お節介を焼かれても、ぞんざいにあしらうばかりで、一度も感謝なんてしてこなかった。

 それでも八尋は、ここまで飛んで来てくれた。刺された太ももの痛みに耐えて、病院を抜け出して来てくれた。

(だから、俺は生き返ることができたんだ)

 天瑞鏡の呪いに囚われていたときも、見捨てることなくずっとそばにいてくれた。此葉の病気を治したいんじゃなくて、此葉の病気を治すことで、親戚連中を見返そうしていた祝の昏い胸の内を、きっと見透かしていたはずなのに。

 そして、今もここにいる。とっとと一人で逃げればいいのに、真っ直ぐな目をして見守ってくれている。

 そう思うと、いつも居心地の悪かった彼女の眼差しが、今さらながらに慈雨のように思えた。


 八尋だけじゃない。

 炎袰と煉兎も、ずっとそばにいてくれた。何も知らない祝を、我が子のように思ってくれていた。

 そうして最後は、自らの命を犠牲にしてまで護ってくれた。自らの命と引き換えに生き返らせてくれた。


 母さんだってーーと祝は思う。ほかの子よりも寂しい思いはしてきたけれど、彼女の愛は、誰よりも深かった。


 それに、此葉の叔父さんにあたる人もそうじゃないか。一度も会ったことはないけれど、そんな姪っ子の子供のために、高校の学費と生活費を工面してくれた。

 

 そうだ、と祝は痛感した。俺は、決して孤独なんかじゃなかったんだ。絶え間なく水を注いでくれるひとたちが、ちゃんとそばにいてくれた。


「わかったよ、水とはいったい何なのか」

 祝は、狛犬姉弟に静かに告げた。


「「それでは、いま一度問うですの(ぞ)」」

 二匹が、ぴったりと声を合わせた。

「「火が魂なら、水とは何か」」


「心だ」

 一切の迷いなく、祝は言った。

「俺に注いでくれていた八尋の心。それに、炎袰や煉兎や母さんたちが注いでくれていた俺への心だ」


 狛犬姉弟が、穏やかに微笑み、うなずいた。

「よくぞ汲み取ったですの」

「これにて、水凝霊法は完成ですぞ」

 直後、ビリビリに破れて乾きかけていた祝の心が、清洌な水に満たされた。やがて破れ目までもが修復されて溢れかえると、隅々にまで行き渡り、身体を中から覆う膜となった。


「魂が霊力の源ならば、心も然り。今なら、神にも勝る霊力を滾らせることができるはずですぞ」

 月暈の言葉に、祝は力強くうなずいた。たしかに今なら、魂をどれほど滾らせようが、炙られるような熱さは感じないはずだと確信した。


「それに水凝霊法は、火凝霊法の補助的な役割だけでなく、自然治癒力や気力の向上をも可能にする万能な秘法。先にも言ったとおり、神通術はおろか、火凝霊法すら知らぬものでも、無意識のうちに水凝霊法だけは駆使していた、なんて者は少なくはないんですの」 

 そして八尋、そなたがそのうちの一人ですの、と狛犬姉弟が目を転じた。


 名指しされた八尋は、えっと声をあげて、自らの顔を指差した。

 

 日暈が、言う。

「わっちゃらに寄生していた魂喰夜叉どもは、祝の〈一粒万倍〉による異常な急成長ばかりに気を取られていたけれど、実は八尋の神通術の熟達の速さにだって、目を見張るものがあったですの」


 月暈が、言う。

「それは、そなたが幼いころから自然と水を汲めていたがため。火凝霊法で魂を熾すようになってからも、水凝霊法を能くして身体を中から炙られることを防いでいたがゆえに、神通術を思いっきり駆使することができていたんですぞ」


「そして、心で心を隙間なく満たしていたがゆえに、天瑞鏡の妖気に忍び込まれることもなかった」

 と、日暈がさらに言う。


「すぐに会得できる秘儀とはいえ、簡単に駆使できるとはかぎらない。それを常に汲み取ることのできる八尋は、間違いなく天稟をそなえた術者ですぞ」

 と月暈もさらに言う。


 八尋は胸に手を当て、「そうなんだ」と照れくさそうに微笑んだ。


「今のご両親やご学友はもちろん、なんと言っても隣にいる誰かさんのわかりにくい心をも、常日頃からちゃんと汲み取っていたがゆえに、おぬしの神通術はたいへん筋がよかったんですの」

 日暈がしみじみと言って、月暈がうんうんとうなずいた。


「だ、誰かさんって、誰のことだよ!」

 祝が、顔を真っ赤にして割って入った。

 

 ホホホホホと、狛犬姉弟が口に手を当て、笑っている。

「そう、照れることはないですぞ。本当に心を注げる者は、わざわざ注いでやったと恩着せがましく言わぬもの。そこは、おぬしの数少ない美点ですぞ」


「おまえらなぁ」

 と、祝はもちろん言い返そうとした。が、


「「されど、祝ーー」」

 とやにわに真顔になった二匹に、それを制された。


「今後、おぬしは特に、水を汲むことを忘れてはならんですの。嗛間炎袰から分け与えられた魂は、強い霊力を発せられるがゆえに、その熱さも人一倍。もしもこの先、水凝霊法を疎かにして、怒りや憎しみを理由に神通術を使おうものなら、必ずやその身を焦がすことになるですの」

 と、日暈が告げる。


「ゆえに、これからはおぬしも人々に惜しみなく水を注ぎ、注がれた水はしっかりと汲み取ることをゆめゆめ忘れてはならんですぞ」

 と、月暈が告げる。

 四つのつぶらな瞳に、ひときわ厳粛な光が宿る。

 

 祝も背筋が思わず伸びて、「わかった」と深くうなずいた。

 そこで、〈焦がす〉という言葉に引っ掛かりを覚えた。ふと思い出されたのは、炎袰と煉兎の火傷の跡である。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ