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死神の隠し子  作者: 沖延龍弥


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第103話 水凝霊法

 祝の魂を失って、カグツチの顔が半分ほどに縮まった。

 力も半減して気力もえたのか、見るからに肩を落としてしょげかえっている。お陰で気づけば、地震も地鳴りもぴたりと止まった。


 狂喜乱舞に水を差されたのは、魂喰夜叉だ。歯を軋らせ、地団駄を踏み、生き返った祝を憎々しげに睨みつけている。

「心配するな、カグツチよ!」 

 日暈に寄生していた魂喰夜叉が、また脇から触手を伸ばして、びしりと炎袰の魂を指差した。

「ガキのために死んだ嗛間炎袰の魂が、すぐそこにあるじゃねえか! あれを喰らって、もう一度完全復活を果たすんだッ!」

 

 ぺたりと座り込んでいたカグツチが、その指先を辿って炎袰の魂に目を転じた。すると、途端にやる気が戻ったのか、四つん這いになって獲物を狙う獣のように重心を低く地に伏せると、瞳を黒々と底光りさせて炎袰の魂をひたと見据えた。ひと呼吸分の溜めを置くと、膝で地を蹴り、怒涛のはいはいで突っ走り、炎袰の魂へ迫り寄る。


 八尋が、ぎょっとして天瑞鏡を放り捨てた。それから、いまだ立ち上がろうともせずにさめざめと泣く祝の腕を、慌てて取って引っ張った。ここにいては、確実に突進してくるカグツチに撥ね飛ばされる。

「立って、祝!」

  

 しかし、

「でも……」と、祝は抵抗した。

 命の恩人の魂が喰われようとしてるのに、自分だけ逃げて見捨てるなんてーー


 けれど、すぐにそんな考えはお見通しとばかりに、八尋がぴしゃりと(しか)りつけた。

「せっかく生き返らせてもらった命を、無駄にする気!? そんなこと、炎袰さんは望んでなんかいないわよ!」

 呆気にとられた祝は、引っ張られるがままに立ち上がって、二人はなんとかその場から遠ざかった。


 しかし祝は、炎袰の魂のそばにいたもうひとつの人影に、今になって気づいて目を剥いた。

「何やってんだ、先生! 早く逃げろ!」

 完全に虚脱して、へたり込んでいたのは瀬城だった。枯れ木のようにカラッカラに干あがってしまっていて、祝の声にぴくりともしない。

「聞こえねえのか、先生ッ!!」

 ありったけの声で呼びかけても、やはり廃人のような顔をして身じろぎもしない。

 そうして瀬城は、容赦なくカグツチに突き飛ばされて、そのまま地面に叩きつけられた。こちらに後頭部を向けていて、胸もこちらを向いている。


 それを見て、祝と八尋はほぼ同時に息を呑むと、言葉もなく、ただ項垂れた。


 そのあいだにも、カグツチは灰の山を蹴散らして、炎袰の魂に喰らいついていた。そして一気にごくりと呑み干すと、またしても顔が身体の大きさに合わせて膨れあがり、纏う炎も勢いを増した。萎えていた気力と機嫌も元に戻ってしまったようで、獣のような咆哮をあげると、それに(こた)えてふたたび大地が地鳴りとともに沸騰した。


「逃げましょう、祝」

 八尋が、二本の長槍を発現させて、その一本を祝へ突き出した。


 しかし祝は、頑としてそれを受け取ろうとせず、力強く首を振った。 

「駄目だ」

「どうして!?」

「こんなことになったのは、全て俺のせいなんだ」

 だからーーと、カグツチを仰いで瞳で捉え、


「俺が、あいつの首を()ねて、暴走を止める」


 途端に、八尋がきっと(まなじり)を吊り上げた。

「そんなの無茶よ!」

「やってみなくちゃ、わかんねえだろ」

「炎袰さんが、そう言ったのよ! もう誰も、カグツチを止められやしないって。だから、祝が生き返ったらすぐに逃げろってーーそう言われて、わたしはあのひとから最後の天瑞鏡の破片を託されたの! あなたは、その意志を無駄にする気!?」


 だけど……と、祝は震える拳を握り締めた。

「このままいけば、沢山の命が富士山の噴火によって奪われる。噴火のあとも、この国は大混乱に見舞われる。それがわかってて、知らん顔で逃げるなんて、もう俺にはできない!」


 八尋は、しばし返す言葉に詰まっていた。しかしすぐに、

「でも……相手は、神様なのよ?」

 と、なんとか絞るような声で言った。


 わかってる、と祝は深くうなずいた。

「だから八尋、おまえは逃げろ。俺だけで、あいつの首を切り落としてみせる!」

 そうきっぱりと言って荒ぶる神を見上げる心には、もう一切の迷いはなかった。いっそ清々しいとすら思えるほどに、気分は快然(かいぜん)と晴れ渡っていた。まだ食い下がろうとする八尋の気配を感じてはいたが、もう一切取り合わないつもりでいた。


 ところが、そんな二人のあいだに、後方から割って入る声がした。


「祝、よく言ったですの」

 背中に、水をひっかけられたようだった。弾かれたように首をねじると、腰に手を当てた狛犬姉弟の日暈と月暈が立っていた。

 

「お、おまえら……」

 と祝は零し、はっとしてすぐに身構えた。が、

「心配せずともよいですぞ。せっちゃらは、もう魂喰夜叉に寄生されてはおらんですぞ」

 と弟の月暈から告げられて、祝は素直に警戒を解いた。魂喰夜叉に寄生されていたころは、「ですぞ」しか言わなかった彼のよどみない言葉が、何よりの説得力だった。

 胸を撫で下ろし、初めて聞く月暈の語調にちょっと感動しつつも、今までずっと忘れていたことに気まずくなって、

「よ、よかった。無事だったんだな」

 と慌てて()(つくろ)って、作り笑いを貼り付ける。


「よく言うですの」と、日暈が言う。

「今までずっと忘れておったクセに」と、月暈も言う。

「そ、そんなことねえよ」

 と、ごまかそうとする祝を、二匹は揃ってジトリと睨む。しかし、それ以上はもう責めたりはしなかった。頬を神妙に引き締めて、まずは日暈が口を切った。

「祝、そなたの言う通り、この国を未曾有の危機から救うには、今ここで、そなたがカグツチの首を切り落とすしかないですの」


 祝も面差しを改めた。無論、覚悟のうえである。

 だが、しかしーー

「できるか、今の俺に」 

 二匹は、即座にかぶりを振った。今度は月暈が口を開いた。

「今のままでは、とうてい無理な話ですぞ。火凝霊法( かごたまほう)だけでは限界があって、しょせんは、真に神に通ずる術ではないんですぞ」


「じゃあ、いったいどうすればいい? 教えてくれ!」

 二匹の前で片膝をつき、祝は問うた。


 狛犬姉弟は声を揃え、それに応えた。

「「水凝霊法( みこたまほう)ですの(ぞ)」」


 祝は、首をひねって繰り返した。

「みこたま、ほう?」


 日暈が、言う。

「言葉通り、水を()らして霊力をつくる秘法ですの。火凝霊法は、大きな霊力を(みなぎ)らせることができると同時に、神通術の基本中の基本。けれど、火である魂を燃やし続ければ、身体が熱さに耐えきれず、漲らせる霊力に限界が生じる。だからこそ水凝霊法が必要なんですの。水を凝らして膜を張れば、身体は熱に耐えることができる。そうすれば、さらに膨大な霊力を火凝霊法で発することができるんですの」


 月暈が、言う。

「真の神通術とは、〈()〉と〈()〉の妙合。それを()くする者のみが、火水(かみ)ーーつまりは、(かみ)(いき)に通ずる術を為し、かつての伊邪那岐命(いざなぎのみこと)のごとく、カグツチの首を切り落とすことができるはずですぞ」


 魂喰夜叉に寄生されていたころにはなかった厳然(げんぜん)とした風格を、今の狛犬姉弟からはひしひしと感じる。

 そんな二匹に、祝は(かしこ)まるようにして深くうなずき、重ねて問うた。

「それで、どうすれば水凝霊法は会得できるんだ?」


 それはーーと、またしても狛犬姉弟が声を揃えた。


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