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死神の隠し子  作者: 沖延龍弥


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第100話 会えたよ

 赫赫かくかくとした光に背中を照らされて、祝ははたと後方へと振り返った。

 直後、炎に包まれている本殿が視界に飛び込んで、ぎょっと仰け反り絶句した。

 さらには、本殿の大きさとさほど変わらない巨大な赤ん坊が、屋根の上から四つん這いでこちらをじっと見下ろしている。

 そう、見下ろしていたのだ。驚くことに、その赤ん坊には首があった。輪郭が丸くて額が広く、頬はふっくらとしていて、小さな鼻と口とつぶらな目のある、赤ん坊らしい赤ん坊の顔がそこにはあった。が、身体に比べてその顔は異様に小さく、そのバランスの悪さと、吸い込まれそうなほどに大きく、冥冥めいめいとしたくらい瞳に、祝は怖気をふるって立ち尽くした。

 

 炎に包まれた本殿のそばでは、一体の魂喰夜叉が、がぶるんぶるんと全身を震わせ欣喜きんきしている。それが、身体の脇から細長い触手のようなものを伸ばし、先端を人の手の形に成形すると、びしりと祝を指差し絶叫した。 

「さあ、カグツチよ、お前の最後の首はそこにあるぞ! 自分の力で奪い取れ! 完全復活は目の前だッ!!」


 直後、カグツチが瞳をさらに散大させて口を開いた。


 その魂は、私の炎だ。返してもらうぞ。


 子供らしいあどけない声が、余計に心臓を冷たく凍りつかせた。圧巻の神気と熱波に吹き包まれて、祝は逃げ出すどころか指一本動かすことすらできなかった。


 一方、炎袰は二枚の天瑞鏡の破片を手にして、また偽物を掴まれてやしないかと、念には念をと検めていたさなかであった。そこへ後方からの朝焼けのような光にはっとして、慌てて首を巡らせた。

「しまった……!」

 言うや地を蹴り、祝へと無我夢中で駆け出した。

「ほーりッ! ほーりッ!、逃げるんだ!!」

 喉を絞り、あらんかぎりの声で呼びかける。

   

 しかし、祝は動けない。立ったままで気死しているかのようだった。


 カグツチが、屋根の上から飛び降りた。四つん這いのままで、大地をすって祝へと迫る。


「逃げろって言ってんだろッ!! 逃げるんだよおッ!!」

 魂を絞り、血をも吐かんばかりに炎袰が叫ぶ。


 それでも、やはり祝は動けない。


 そして、とうとうカグツチが洞穴のような口をがばりと開けた次の瞬間ーー

 

 まわりの全てが、再生速度を〇.二倍速にした動画のように緩慢になった。代わりに、祝の脳裏には鮮明な記憶が次々と蘇っては、目まぐるしい速度で巡りめぐった。〇.一秒にも満たないもあいだに、ああ、これが走馬灯ってやつなんだな、と思えるほどに、全てがスローモーションの世界だった。


 ーー違うのよ祝 ……お願い、聞いて。


 それは、此葉と最後に話した病室での追憶。


 ーーうるせぇんだよ!

 

 ああ、そうだ。

 

 ーー俺だって……俺だってなぁ、アンタから生まれてきたくなんてなかったよ! アンタは病弱で、父親は生まれてその日に死んで、そんな両親の子供になんて、なりたくなんかなかったよ! 違う親から生まれたかったって、いつもいつも、思ってたよ!


 あのときは、てっきり俺を産んだことを後悔してるんだとばかり思い込んで、怒り任せに母さんを傷つけたんだった。けど、あの人はあんなひどいこと言われても怒りもせずに俺にこう言ってくれたっけ。


 ーー祝、お母さんは、あなたを産んだことを後悔してない。お父さんも、心からあなたが生まれてきたことに喜んでた。

 

 それにねーー


 そうだ、やっと思い出した。病室から出ていこうとする俺に、母さんはああ言ったんだ。なんで、今まで思い出せなかったんだよ。背中を向けていたから、実際には見てもいないのに、今となってははっきりとわかる。あの人のまばゆいばかりの微笑みも。


 ーーあなたが生まれてきたことを、心から喜んでくれたひとたちがいるの。炎袰と煉兎っていう死神でね、今でもあなたのことを我が子のように思ってくれているのよ。祝、あなたにもいつかきっと、会える日が来るわ。


 うん、会えたよ、母さん。死神のくせに、俺なんかのことを我が子のように思ってる、ホントに変な奴らだったよ。

 直接会って伝えたかったのに……ごめんなさい。


 次の刹那、カグツチが祝の総身を獣の如くかぶりつき、魂を啜って呑み干した。

 痛みは、一瞬。魂が身体から離れると、すぐに意識は闇に抱かれ、沈んでいった。

 しゃぶり尽くした骨のように吐き捨てられて、噛み破られて辛うじて繋がっているだけの肉体が、血繋吹をあげて飛んでゆく。


「ほおおりぃいいいッ!!」

 炎袰の悲叫は、もう本人の耳には届かない。虚しい残響は、燃え盛る炎の唸りに呑まれただけだった。




◇◆◇◆




 長槍に乗って空を飛び、八尋は正鹿神社を目指していた。

 祝が今どこで何をしているかなんて皆目見当もつかなかったが、心当たりがあるとすれば、もうそこしかなかったのだ。

 少し姿勢を変えただけでもずきりと走る痛みに耐えて、ひたすら暗夜の空を突き進む。そうして、ようやく神社のある小高い山が見えた途端、八尋の背筋に滝のような冷や汗が流れた、

 

 本殿のある山の頂上が、燃え盛る炎に包まれていたのだ。


 きっと祝は、あそこにいるーーそう思うと同時に、悪夢のような予感に全身が震えた。

 けれど、ここで怖じ気づいている場合じゃない。長槍を握る手に力を込めると、速度をあげて猛火の山へと飛び込んでいった。


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