「ふなむしと錫杖と、海が割れる日」
八百富神社での祈願を終えた藤兵衛一行は、
竹島の南側へ出て、島を時計回りに歩き始めた。
道は多少整備されているものの、 岩場が近く、潮の香りが濃い。
「ほう……このあたりはまた雰囲気が違うのう」 と、
藤兵衛が足元を見ていると——
すぐそばの岩に、何かが張り付いていた。
平たく、細長く、 七対の足と尻尾のようなもの。
「……なんじゃ、あれは……?」 と、藤兵衛が近づいた瞬間——
ザザザザザッ!!
岩の隙間へ一斉に逃げ込んだ。
「うわっ!!」 背中がぞぞっとして、思わず声が出る藤兵衛。
「ひぃっ……!」 権兵衛も同じく後ずさる。
一方の定吉はというと——
「若旦那、これですよ、これ!」 と、一匹つまんで持ってきた。
「ふ、ふなむし……?」 藤兵衛は顔を引きつらせる。
「もういいから、離してあげなさい……」 と、藤兵衛が言うと、
「は~い!」 と、定吉は軽い調子でぽいっと投げた。
その瞬間——
バサッ!
空から影が降りてきて、 ふなむしは鳥にさらわれていった。
「……あっ」 と、定吉は目を丸くする。
「……自然の摂理じゃな……」 と、藤兵衛は遠い目をした。
そんな小さな事件を挟みつつ、 三人は北岸へ戻ってきた。
「また渡し舟か……」 と、藤兵衛がため息をつく。
「まぁ、仕方ありませんな……」 と、権兵衛も肩を落とす。
そのとき——
カン……! 地面を突く音。
シャリン…… 車輪のような金属音。
「……何事じゃ?」 と、三人が音の方を見ると——
岩の上に、 錫杖を持った白装束の男が立っていた。
赤ら顔である。
「……弥次さん……」 と、藤兵衛が呟く。
「また何をやっているんですかね……」 と、権兵衛。
「今度は何が始まるんでしょうね」 と、定吉。
弥次さんは錫杖を岩に突き、 再びシャリン……と音を響かせた。
そして、海に向かって朗々と叫ぶ。
「海よ! 我が前に道を示せ~~~!!」
その瞬間——
ざざ~~~~っ!!
海が左右に割れ、 海底の道が現れた。
「……は?」
「……え?」
「……おお……?」
三人は口をぽかんと開けたまま固まった。
半刻も経たぬうちに、 対岸までの四町の道が、
まるで最初からそこにあったかのように姿を現した。
「弥次さん、すご~~い!!」 と、喜多さんがはしゃぎながら駆け寄る。
弥次さんは錫杖を鳴らしながら、 ゆっくりと海底の道を歩き始めた。
喜多さんも後を追う。
しばらくして、藤兵衛がようやく意識を取り戻した。
「……い、今なら歩いて行けるのう…… 今のうちに渡るか……」
「そ、そうですな……」 と、権兵衛はまだ震えている。
「弥次さんって……すごいんですねぇ……」 と、定吉は純粋に感心していた。
(……狐に化かされておるのではないか……?)
藤兵衛は内心で思いつつも、 三人は弥次さんたちの後を追って、
海が割れてできた道を対岸へと渡っていった。
― 終 ―




