九.「犬」
朝餉・昼餉・夕餉は、それぞれ担当が決まっている。
主に夕餉担当のすずめだが、朝餉担当の食婦の一人が風邪を引いてしまい、代わりで入る事になったのだ。
「ふぁ~あ…っ───眠いし寒いし…、朝餉担当の人すごすぎ…」
欠伸をしながら調理場へ向かう途中───
「なんであんな女が…、俺は認めねぇ……!!───美味い…料理を───」
かなり筋肉質な体型をした背の高い男がぶつくさと何かを言っていた。
(宦官?──じゃないか……筋肉もりもりだし)
衣服を身に付けていても分かるほどの、逞しく鍛えられた上腕二頭筋。
顔立ちは意外と整っていて、尖らせた口元と少し幼い雰囲気が可愛らしい。
(ぷっ、大きいけどなんだか子犬みたい)
「あーーーーーー!!?」
「ひい!?び、びっくりしたぁ!!急に大声出さないでくださいよ……。後、朝餉はこれから作るので、すみませんがお待ちください。」
「お、お前!!!あの時の食婦か!?」
筋肉質の男はすずめを指さす。
(あの時?───って、言うと…試食会の時?)
然し───すずめは記憶を辿ってみたが、このような男は見たことがなかった。
四神堂の外で警備していた武官の中に居たかもしれない。だが、いちいち顔を見ていられるほど余裕はなかった。
(でも待てよ…男子禁制の後宮にどうしてこんなムキムキ犬がいるんだろ)
女の園に飛び込んだ発情期?────
『医官と宦官は勿論だけど、確か最近…武官を一人だけ、見張りと護衛の為に出入りを許可されたばかりなのよね。』
すずめは後宮に来た初日に翠夏が言っていた事を思い出す。
物騒な後宮に、出入りを許可された武官が居ると
「翠夏様が言ってた武官って…」
「お前はなんで、あの茶葉が煙草だと分かったんだ?」
人の会話を遮って喋ってくるタイプらしい。
一瞬苛立ちを覚えたが、すずめは深呼吸して答えた。
「とある食材を食べていたから、たまたま分かったんです。崩御された皇帝の死因と皇太子暗殺を防げたのはそのおかげでした。」
「その茗荷って…────いや……」
急にしおらしくなったかと思えば、ガルルルルッ───と、犬のように威嚇してきた。
飼い主に懐いてないけど、餌は欲しい犬の心境に近しい物を感じる。
すずめは思わず吹き出してしまった。
「何笑ってんだ!!」
「いや、犬みたいだったんで──バウバウ!ガルルルル!!…みたいな?」
後宮中に響いた笑いは、入内したばかりの一人の妃の御機嫌を損ねる事になってしまったと、知らせが来たのは朝餉を終えた後の事だった。




