八.「微妙に嬉しい感情」
後日───林彩は処罰されたらしく、暗殺した理由を全て吐かせる為に敢えて生かしていたらしいが、「黄昏がお前達の国を食い殺す」と──最期にそう言い残して哀れな女官は自害した。
「黄昏…───って、どういう意味だろ」
人名なのか国名なのかは分からない。でも、物騒な話だ。この国の皇帝や、その一族に強い恨みを持っている者が、刺客を送り込んでまでも殺めようとしている。一切自分は手を汚さずに…
「性格悪そ~」
「何の話だい?」
背後から優しく抱き締められ、耳元に甘い声が響いた。微かに白檀の香りがする。
「イヤァァァァァァァァァ!?」
「小鳥~!!怪我の具合はどうだい?」
「貴方のせいで傷口開きそうですよ!!!。離してください!!」
「あはは~、照れ屋さんだなぁ」
蓮幻は悪びれた様子もなく、笑いながら包帯で巻かれた方のすずめの手を取る。
手際良く包帯を解きながら医局から貰ってきた塗薬を塗布した。
「じ、自分でやります!!」
「…全く、無茶をしたね。」
笑ってはいるが、声には少しだけ怒りが混じっていた。すずめは小さく肩をすくめた。
「…あたしには、林彩さんがどうして暗殺を犯してしまったかは分からない。…けど、料理で使う小刀を、人を傷付けることに使うのが許せなかったんです」
すずめがそう言うと、蓮幻は急に吹き出す。
「料理のことになると、本当に視野が狭くなるね。…小鳥のそういう所が、僕は嫌いだなぁ~あはは」
「えーえー、嫌ってくれる方が逆に好感持てるんでぇ~ありがたいですわぁ~」
蓮幻が怒っていることに関して、微妙に嬉しかったのは素直に認めようと思った。
すずめは蓮幻に頭を垂れる。
「蓮幻さん、ありがとうございます。後…───ごめんなさい。」
「本当に反省してるかい?」
「え、してますけど…」
蓮幻は何か企んでいるような笑みを浮かべた。
(い、嫌な予感がする)
「小鳥は例の煙草から「殺意」の香りがすると言っていたね。」
「は、はい」
「色々と煙草が何処の生産物だったのかを調べたんだけど…───どうやら入れ替わりで入ってくる上級妃の一人が、その煙草の生産国からやってくるらしい。」
たまたまかもしれないけど───と、蓮幻は目を細めた。
「そこでなんだけどね…───小鳥にはその上級妃と仲良くなってもらいたいんだっ」
子供のように強請られ、すずめは苦虫を噛み潰したような表情を浮かべた。
「なんであたしが!?」
「ち・な・み・に、これは新しい帝からの命でもあるからね」
「新しい帝って……決まったんですか!?」
「…鶯の君だよ」
鶯の君───と、聞いてすずめは試食会で一番左に座っていた皇太子を思い浮かべた。
(あの人が新しい皇帝になったんだ)
「小鳥は…、帝が一人の女性を愛さない事をどう思う?」
蓮幻の表情は、今にも泣き出しそうだった。すずめは内心「自分の事じゃないのになんだこいつ…」と、思いながらこう言った。
「心だけは、たった一人の愛する人に捧げていれば…───お互いに救われるのではないかなって…思います」
でも実際は分からない。
そんな立場になったことはないから───
(人を好きになった時の気持ちで作ったら…どんな味になるんだろう。)
今はまだ、よく分からない。




