ニ.「おむすび」
(炊き立てがあって助かった)
少し水で湿らせた掌に塩を擦り込んでから、ほかほかの炊き立ての白米を乗せて、素早く三角に握る。
慣れていない者は、かなり熱く感じるだろう。
(この熱さがたまらんのよ)
「味付けは塩だけなのかい?」
「はい。質素ですが、お米の本来の風味や甘味を引き立たせてくれるんです。それと……」
「そ、その黒くて平べったいのはなんだい?」
「海苔ですよ。これが、おむすびに欠かせない相棒なんです!」
海苔を作るのは大変だ。
前の世界に居た時は普通に何処でも買えたから、そんなに貴重な物だとは思っていなかった。
「蓮幻さん、磯の香りは苦手ですか?」
「磯……。あまり嗅ぎ慣れない物だけど、嫌いじゃないかな。」
「だったら大丈夫そうですね!。あ、そうだ…」
棚にしまってあった糠床から、すずめはその中に漬けてあった、胡瓜と人参と茄子と茗荷を取り出した。
蓮幻は糠を見て驚愕した。
「そ、それは…泥───」
「では、ないです!!」
少し分厚く切るほうが美味しい。
雰囲気を出す為に竹の皮で出来た薄っぺらい包みにおむすびを乗せて、その横に厚切りした糠漬けを添えた。
爽やかな香り、程良い酸味、深い旨味……
(和の国にも、糠漬けがあって良かった……)
「できました!」
「これは…───瓏では見た事がない料理だ。…こんなに手軽な料理があるなんて…。然し──美味しくなければ意味がないけども」
蓮幻はおむすびを一つ手に取り、ゆっくりと口に運んだ。
一口ぱくり……と───熱かったのか、はふはふと口元を咄嗟であったが、上品に抑えていた。
「失敬…」
(猫舌なんだ……)
可愛いところもあるんだなぁ。と、すずめは口角を上げながらその様子を見守っていると、蓮幻はうっとりとした表情で溜息を吐いた。
「おむすびって…こんなに美味しいんだね。」
「糠漬けも食べてみてください」
「嗚呼、いただくよ」
続けて糠漬けを口に運ぶと、ぱりぽりという軽やかな音が響いた。蓮幻の目が細くなり、頰が緩む。どうやら糠漬けも気に入ってもらえたようだ。
「小鳥……」
「は?、しゃおにぃ?」
「ふふっ…、僕だけの小さな鳥───君の優しさと…平和を願う気持ちが、僕の心を包んでしまったようだ。僕の負けだ───」
褒められているはずなのに何故か全身鳥肌が立った。
(生理的に受け付けられないのかもしれない…)
「山葵さん…、例の真心茗荷は…こんなにも儚く美味で、愛おしいのですね。」
山葵はこくりと頷く。
「真心茗荷って、まだ季節じゃないよね?。今回漬けたのは普通の茗荷だったような…──」
「すずめ───…お前を保護した晩に食べた物を覚えているか?」
「えーと…確かそれこそ、真心茗荷だったよね?。それも、新鮮な採れたてをあたしに食べさせてくれたんだっけ…」
真心茗荷は収穫するのがかなり困難な希少な茗荷。
不思議なのは、その茗荷を食べてから───
(人の心を自由に操れる料理を作れるようになったこと……。)
すずめは心優しい少女だ。
人の痛みも理解し、思いやりに溢れている。
もし、真心茗荷を別の者が食べていたら?───
山葵が利用する為に茗荷を食べさせていたとしたら?
(…きっと、偶然だよね)
「小鳥。僕らの国では、真心茗荷は幻の食材として扱われているんだ。」
「幻の食材?」
「食した人間の心に宿り、その人間が作る料理で、幸を招くか不幸を招くか───…それは、その人間次第になるけども…───でも、君なら…必ず幸せを招いてくれそうだ。」
優しく微笑む蓮幻に思わず、すずめは頬を赤らめてしまった。
(調子狂う…!!)
「すずめ───瓏の後宮の料理人の数が足りていないらしい。…本来であれば、私が足を運びたい所だが…この国から離れる訳にはいかない。だから、お前の力を貸してあげなさい。」
「お…おじいちゃん?。まさかその為に…真心茗荷あたしに食べさせたんじゃ…!?」
「右も左も分からぬお前を助けてやったんだ。…しっかりと恩を返しておくれよ~」
(はめられた……)
こうして───瓏の後宮の料理人として派遣されたすずめは、料理官長の蓮幻に連れられていきました。
(瓏って、中華料理が沢山あるって事だよね…?───ちょっとテンション上がってきたかも!!!)
呑気な少女に待ち受けている運命は、まだ誰も知らない。




