十二.「洗脳疑惑」
「……軽い栄養失調ですね。」
好物を言い当てられた黄榴妃は興奮のあまり、その場に崩れ落ちた。
藍幻は顔色一つ変えず、横たわる妃の口に無理やり薬を流し込んだ。
見かけによらず荒々しいその手際に、すずめは思わず息を飲んだ。黄榴妃は弱々しい声で吐き捨てた。
「余計な事を……するな。小娘ごときに何ができる?」
「このままでは、黄榴様は死んでしまいます!」
「……それを望んでいたとしたら? お前はそれでも無理矢理にでも食べさせる気か?」
すずめは一瞬言葉に詰まったが、すぐに息を吸った。
「…あたしは…──黄榴様の辛さなんて分かりません……。でも、だったら死ぬ前に、自分の好きな物を食べて死ぬ方が良くないですか!?」
身を乗り出してきたすずめを見て、黄榴妃は微かに笑った。
「……可笑しな娘じゃ」
その笑みに、すずめは少し見とれる。
(…同じ女の人なのに───なんだかドキドキする…)
すると蓮幻が静かに言った。
「…黄榴妃、彼女はとても優秀な人間ですよ。皇太子の命を救った者ですから。貴女の事も、必ずお救いになられるでしょう」
黄榴妃は目を細め、冷ややかに言った。
「あの死に損なった童共か……愚かな人間よ…。先帝の後釜として憎まれる立場に自らなろうとは……」
(憎まれる立場…?)
「…先帝は嫌われてたんですか?」
「嗚呼……。人間を洗脳しようとした、愚かな帝じゃ」
「洗脳……!?」
黄榴妃は、黄金色の瞳に暗い光を宿してすずめを見つめた。
「…これ以上、小娘に話すことはない。さっさと出ていけ。お前には、妾の心は動かせんよ。……好物を言い当てた事だけは、誉めてやる」
。。。
「な、なんだか疲れた…」
洗脳────それが少しだけ、すずめの心に引っかかっていた。
もし、暗殺事件が───その「洗脳」と関わっていたとしたら「復讐」の為に…?
(でも、黄榴妃は、あんな誰かを利用した殺し方はしないような気がする。どちらかと言えば、自分で敵を討つタイプだ)
麒麟宫を後にし、黄榴妃の麻婆豆腐を作る為に調理場へと向かう道中────
「そう言えば…絆現さんは結局何しに来たんですか?」
今までほぼ空気だった「大型犬」は、やっと俺の番だ!と、言わんばかりの表情になったかと思えば
急に気まずそうにする。
「だ、だからそれは!!…────お前の料理を…」
「───なんて…、一緒に謝ろうとしてくれてたんですよね?。…あたしが、大声で笑っちゃったのが原因で…───本当にごめんなさい。」
「ふ、ふん!…謝って済むなら…───」
「絆現────」
蓮幻は釘を刺すかのように──少し低い声で絆現の名を呼んだ。
(蓮幻さんって、こんな低い声が出るんだ…)
罰が悪そうにする絆現は、小さな声で「腹が減った」と呟いた。
その様子を見たすずめは、掌をポンっと叩く。
「じゃあ、麻婆豆腐の味見係をやってくれませんか?」
「あ、味見だぁ!?」
尻尾を振る大型犬かのように絆現は目を輝かせた。
(やっぱり犬だ)
「ふふっ…───そんな事で、この莫迦を許すのですか?」
藍幻がくすくすと上品に笑った。
「許すって…、別に何もされてないし…───」
「…貴女は謙虚で美しいですね。」
「おっと、ランラン?───それは小鳥を口説いているのかい?」
蓮幻が子供のように頬を膨らます。
(またこの人は何を言ってんだか…)
「美しいと思ったから、美しいと申し上げただけです。」
予想もしなかった言葉に、すずめは少しだけ心臓が跳ねた。




