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9話 魔法の仕組みと判明した元凶


 ミストに言われた通りギルドに到着し、前後にパタパタと開く簡素な木の扉を押しのけて中に入ると、そこはむせ返るような熱気と人でごった返していた。


 「なんだ!?」

 「うわっ、めっちゃ人いるな……」

 

 数人の男が気怠げに座っていただけの昨日の昼過ぎとは打って変わり、今のギルドは多種多様な人々で溢れかえっていた。

 

 分厚い革鎧を着た屈強な大男はもちろん、身軽そうな短剣を腰に差した女戦士や、長い杖を持ったローブ姿の女性など、男女問わず物騒な武装をした者たちがひしめき合っている。どうやらこの世界で、冒険者という人達は男女問わずごく普通に活躍しているみたいだ。


 昨日俺たちが依頼書を吟味した巨大な掲示板の前には黒山の人だかりができているし、受付窓口にも何人もの職員が立って、それぞれに長い列が作られている。


 「朝じゃから、皆こぞって仕事を探しに来ておるのじゃろうな」

 「かもな。にしてもすげえ活気だ……」


 入り口のパタパタ扉のすぐそばで立ち止まり、そんなことを二人で話していると。


 「おっと、ちょっとごめんよー。通してくれ」

 

 ドンッ、と後ろから入ってきた男に肩をぶつけられた。


 「あ、すんま――」

 リオが謝ろうと振り返った瞬間、すれ違いざまに男がボソッと呟いた声が耳に届いた。


 『……なんだあの変な格好。どこのド田舎の出だ?』

 ギリリリリリ……ッ!


 「くううううううっ! 誰がド田舎じゃ! 言わせておけば……!」

 「堪えろヒミコ! また問題起こそうとするな!」

 

 見事なまでの図星かつ痛烈なファッションチェックを食らい、今にも男の背中に飛び掛かりそうになるヒミコを、リオは必死に羽交い絞めにして止める。

 そんな入り口での小競り合いを繰り広げていると――。


 「あっ」

 ふいに、カウンターの奥とバッチリ目が合った。


 「あー、きのうの受付のお姉さんだ」


 他の職員たちが忙しそうに冒険者の対応に追われる中、昨日二人を対応してくれたあの美人の受付嬢が、カウンターの端っこから「こっち、こっち」と笑顔で手招きをしていた。


  ◇


 「ん?」

 

 てっきりまたカウンターで話をするのかと思いきや、俺たちはそのままカウンターの奥へと通され、ギルド内にある静かな応接室のような部屋へと案内された。


 「ごめんなさいね、昨日は気づかなくて。今朝、ミストから聞いたわ。あなたたち、『転移者』なんですってね?」

 

 向かいのふかふかした革張りのソファーに腰を下ろしながら、お姉さんが申し訳なさと好奇心の混じった声で尋ねてくる。


 「ええ、まあ……そうみたいです」

 

 リオが代表して頷く。

 その隣では、ヒミコがテーブルの上に置かれていた来客用のお菓子クッキーのようなものを見つけるなり、リスのように両頬を膨らませて必死こいて食い散らかしていた。リオはそんな行儀の悪い幼なじみを呆れた顔で横目に見つつ、気になっていた疑問を口にする。


 「あの……ミストさんとは、お知り合いなんですか?」

 「そうですね。腐れ縁というか……幼馴染、といったところです」

 

 お姉さんは少しだけ懐かしむように目を細め、とんでもない事実を口にした。

 曰く、あのいつも疲れた顔をしているミストは、ここ『ミストガル王国』の端にあるこの『ガルガント領』を治める、ガルガント辺境伯の長男なのだという。

 

 れっきとした大貴族の跡取り息子。

 しかし、彼は貴族に強く求められる「戦いの能力」に一切恵まれなかったらしい。結果として、長男でありながら家の中で冷遇され、今ではこうして平民に混じり、街の尋問官として働いているのだそうだ。


 「えっ……可哀想!」

 

 あまりにも重たい身の上話に、リオは思わず素直すぎる感想を漏らした。

 すると、口の周りを菓子の食べカスだらけにしたヒミコが、ボリボリと咀嚼しながら偉そうに腕を組む。


 「なんじゃ。だからあんなに立派な『苦労人耐性』が付いておったのか。あやつ、なかなか良い奴っぽかったのに……その辺境伯というのは、ひどく見る目がないのう」

 「こらっ!」

 

 この国の偉い貴族への不敬発言に、リオが慌ててヒミコの頭をポカッと叩く。


 「痛っ! お主、ワレの頭を叩くとかお前も大概じゃろう!」

 「お前が首をはねられそうな事を言うからだろ!」

 

 しかし、お姉さんは咎めるどころか、二人の漫才のようなやり取りを聞いて嬉しそうに、ふふっ、と優しく吹き出した。


 「ありがとう。……まぁ、そんな不器用なミストが、珍しく『面倒を見てやってくれ』なんて頼んできた子たちですからね。私が責任を持って、この世界の基礎を教えてあげますよ」

 

 そう言って、美人の受付嬢はパチンとウインクをした。


 「まず、この世界に訪れる転移者に共通することなのだけど。二人とも『魔法』が何か、全く分からないのよね?」

 「はい。話には聞きましたけど」

 

 リオが真剣な顔で頷くと、お姉さんはテーブルの上にあったティーカップを指差した。


 「魔法というのは、空気中に漂う見えない力……『魔力』を自分の体内に取り込み、意志の力で別の現象に変換する技術のことよ。例えば、こうやって」

 

 お姉さんが指先を軽く振ると、空のティーカップの中にチョロチョロと澄んだ水が湧き出し、あっという間に満たされた。


 「うおっ!? すげえ!」

 「おお! 手品じゃな!」

 「手品じゃありませんよ。こうやって水を生み出したり、火を起こしたり。リオ君の『弓術士』なら、練り上げた魔力を矢に纏わせることで、炎の矢や雷の矢を放つことができるようになるわ」

 「炎の矢……!」

 

 男の子なら誰しも一度は憧れるファンタジーな力。

 自分にもそんなことができるようになるのかと、リオの目がキラキラと輝き始める。

 すると、横からヒミコが身を乗り出してきた。


 「じゃ、じゃあワレは!? ワレの『ラックプリーステス』とやらなら、巨大な隕石とか降らせられるのか!?」

 

 期待に胸を膨らませるヒミコに対し、お姉さんは困ったように眉を下げて苦笑した。


 「ええと……ヒミコちゃんの場合は、恐らく魔力を消費して『見えないサイコロを振る』ようなものかしらね。何が起きるかは本当に運次第だから、隕石が降る確率もゼロではないけど……たぶん、自分の頭の上に落ちてくる確率も同じくらいあるわよ?」

 「なんという欠陥魔法じゃ!!」

 

 ヒミコの絶叫が、静かな応接室に響き渡った。


 「えっと……それって、俺たちがこの世界に来たから、そういう現象が起こせるようになったんですかね?」

 

 気を取り直して、リオが尋ねる。


 「んー、どうでしょう。一概には言えないけれど……他の世界から来た人たちの中には、言葉や呼び方は違っても、元の世界で無意識に魔法に近い力を使っていたケースもあるみたいよ」

 「魔法に近い力……ヒミコのインチキ祈祷みたいな?」

 「インチキ祈祷?」

 「はい」

 

 リオは、自分たちがこの見知らぬ世界に飛ばされることになった経緯をお姉さんに説明した。

 雨乞いの真似事をしたこと。適当な呪文を叫んだら本当に豪雨が降ったこと。そして、直後に真っ白な閃光に包まれたこと。

 ふむ、と受付のお姉さんは指を口元に当てて考え込んだ。


 「確証はないけれど……もしかしたら、二人のいた世界にも少なからず魔力が存在していたのかもしれないわね。そして、ヒミコちゃんのその祈りが、何かの拍子に魔力と結びついて暴走してしまった、とか……」

 

 応接室の空気が止まった。

 リオの冷ややかなジト目が、隣でクッキーを齧っていたヒミコにゆっくりと向けられる。


 「……じゃあ、やっぱり完全にヒミコのせいじゃねえか!!」

 「なぜじゃ?」

 「お前のそのヤケクソなインチキ祈祷が、たまたま『ラック・プリーステス』のスキルとやらを誘発して、ふざけた奇跡(トラブル)を引き起こしたってことだろ!!」

 

 極めて低い確率で神の如き奇跡を起こすが、大半は予想外のトラブルを引き起こす。

 先ほどお姉さんが読み上げたばかりの、ヒミコの職業適性。それに照らし合わせれば、これ以上ないほど完璧に辻褄が合ってしまうのだ。


 「ぐぬぬ……っ! し、しかし結果的に雨を降らせたのだから、大成功と言えなくも――」

 「俺たち二人を巻き込んで、帰る方法も分からない別の世界に吹っ飛ばしておいて何が大成功だ! 大事故だろうが! 今頃、国はてんやわんやだぞ!」

 

 静かな応接室で、周囲の目も気にせずぎゃーぎゃーと言い合いを始める二人。

 すると、それを見ていた受付のお姉さんが、パンッと軽く手を叩いて仲裁に入った。


 「まあまあ、二人とも落ち着いてください。……元の世界に帰る方法も、無きにしも非ずですよ?」

 「「――えっ?」」



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