10話 帰還方法と初めての装備選び
「帰る方法が、あるんですか!?」
「ほ、まことか受付の姉ちゃん!」
勢いよく身を乗り出して食いつく二人に、お姉さんは少しだけ真剣な表情になって頷き、指を一本立てた。
「ええ。考えられる方法は大きく分けて二つあります。一つは、このミストガル王国の中心である『王都』へ行くこと。そこには国を挙げて研究を行っている高位の魔術師たちや、古代の遺物を管理する機関があります。過去の転移者の中には、そういった強力な魔法や特別なアイテムを使って元の世界へ帰還した……という記録も残っているんです」
「王都の高位魔術師……!」
ゼロではない。帰る手段は、この世界のどこかに確かに存在しているのだ。
一気に希望の光が差し込み、リオは強く拳を握りしめた。
「そして、もう一つは」
お姉さんは言葉を区切り、今度はヒミコの方を真っ直ぐに見つめた。
「ヒミコちゃん自身の『ラック・プリーステス』の能力を底上げすることです」
「ワレの能力じゃと?」
「ええ。推測ですが、お二人をこの世界に運んできたのは、ヒミコちゃんの祈りが引き起こした超低確率の奇跡です。ならば、ヒミコちゃん自身が冒険者として経験を積み、その職業スキルを極限まで成長させることができれば……元の世界へ帰る奇跡を引き当てられる確率を、大幅に上げられるかもしれません」
その言葉を聞いた瞬間、ヒミコはバンッと勢いよく立ち上がり、腰に手を当てて高らかに笑った。
「ふははは! 見よリオ! 結局のところ、やはり次期女王たるワレの力が全てを解決するということじゃ!」
「いや絶対待て! 確率が上がったとしても、失敗したらまた別の世界に飛ばされる可能性もあるだろ!? 俺は絶対に王都の魔術師を頼る方針でいくぞ!」
調子に乗ってふんぞり返るヒミコと、全力で安全パイを選ぼうとするリオ。
そんな二人にお姉さんはニコリと、とても現実的な営業スマイルを向けた。
「ふふっ。ただ、どちらの道を選ぶにせよ……王宮の重要機関に頼み事をするにも、ヒミコちゃんのスキルを成長させるにも、冒険者としてうんと高い『ランク』と『経験』……そして何より資金が必要です。もちろん、王都までの長い旅費もね」
「あっ……」
その言葉を聞いて、二人の視線が自然と、リオの懐――先ほどミストから恵んでもらったばかりの、小さな硬貨の袋へと落ちた。どう考えても、王都へ行くには桁がいくつも足りないのだろう。
「というわけで」
ギルドのお姉さんは立ち上がり、ふふっと笑って二人の背中を軽く叩いた。
「まずはミストがくれたそのお金で、どう見ても浮きまくっているその奇抜なお洋服を着替えて、身を護る武器を買ってきなさい。何をするにしても、まずは格好を整えてからです!」
◇
「しゃい」
ギルドのお姉さんに教えられた、大通りにある武具と防具の専門店『緋炎の金床』。
ずらりと並んだ鉄の匂いが漂う薄暗い店内に足を踏み入れると、カウンターの奥で腕を組んで座っていた筋骨隆々で強面なおっちゃんが、ひどく愛想のない声で出迎えてきた。
『いらっしゃい』を極限まで圧縮した、職人気質のご挨拶。しかし、この世の空気を一切読まない自称次期女王が、それに真っ向から噛み付いた。
「おい店主。頭の『いらっ』はどうした。お主、シャイなのか?」
「入店一秒でウザ絡みするな!! ……す、すみませんおっちゃん! こいつちょっと頭がアレなだけで、他意はないんです!」
「んあぁ?」
ギロリと、獲物を品定めするような鋭い眼光がこちらを見据えてくる。
「――なんだその格好。ど田舎から来たのか。辺境の街の、更に辺境……救いようがないど田舎か。帰んな。お前らに合うものはここに何一つ置いてねえ。ここに来る価値のある客はな――」
ぷるぷる、ぷるぷる。
本日二度目の「ド田舎」発言。
またしてもプライドを粉々にされたヒミコが、わなわなと小刻みに震え出し、今度こそ大爆発しようとした、その時だった。
「おいガンゾ!!」
パァァァァンッ!!!
「あべらっ!?」
店の奥から飛び出してきた人影が、偉そうにふんぞり返っていた強面のおっちゃんの頭を、思いっきり引っ叩いた。
痛烈な平手打ちとともに出てきたのは、猫のようにしなやかで引き締まった筋肉を惜しげもなく晒した、赤髪の長身のお姉さんだった。
「おめえバイトのくせに、店主気取ってんじゃねえよ!! 打ち損じたクズ鉄みたいに、その辺でスクラップになってろ!!」
「すっ、すいましぇん姉御!」
「姉御って呼ぶんじゃねえ! ぶっ殺すぞ!」
「ひいいん! もっと叱ってください!」
「やかましいわ!!」
ドゴォッ!
「あ、あ、ありがとうございますっ!!!」
ビシィィッ!!!
理不尽な鉄拳制裁を食らったはずの筋骨隆々の大男は、なぜか両頬を乙女のように赤らめ、歓喜の表情で見事な敬礼を決めた。
「…………」
「…………」
嵐のような茶番を見せつけられ、ヒミコの怒りは完全にどこかへ吹き飛び、リオはただただポカンと口を開けて固まるしかなかった。
「悪いね、うちのド腐れ変態が迷惑をかけたようだね」
赤髪のお姉さんが、呆れたようにため息をついてカウンターに歩み寄る。
額に無骨なゴーグルを掛け、露出した腕や手は煤や油で真っ黒に汚れていたが、それ以上に、仕事の熱気と脂汗が、彼女のしなやかな筋肉や、煤のついた白い肌に混じり合い、何とも言えない力強さと、妖艶な色香を醸し出していた。
「まったく……。アタイがこの店の店主、リーゼだ。で? あんたたち、何を探しに来たんだい」
強烈すぎる店の身内ノリがようやく終わり、自己紹介とともに、ついにこちらの話のターンが回ってきた。
「えっ、あー……俺はリオです。その、武器を――」
「ふん! そしてワレが、次期女王ヒミコじゃ!(ドヤァ!)」
リオの言葉を遮り、ヒミコがズイッと前に出て、これ以上ないほどの見事なドヤ顔で胸を張った。
だが、妖艶な赤髪の店主は、自称・次期女王の渾身のアピールをスッと冷めた目で見下ろすと、
「……あぁそうかい」
と、一切の感情を乗せない声で秒殺スルーした。
「無視しおったぞこやつ!? リオ、今こやつ完全にワレの威厳を無視しおったぞ!?」
「当たり前だろ……ええと、実は――」
「おい! さっさと姉御の質問に答えねぇか! あぁ!?」
「やかましい! お前はそこで這いつくばってろ!」
「あっあっ、はいぃ!!!」
ビシィィ!!
ただでさえ濃い店主の対応に、床に転がる変態店員の茶番まで被さり、あまりの情報量の多さに珍しくフリーズして言葉に詰まるリオ。
すると、先ほどまでスルーされてわなわな震えていたはずのヒミコが、再び前に出て交渉を引き継いだ。
「コホン! ワレらはギルドの姉ちゃんに此処を勧められて来たんじゃが。リーナの紹介って言えば、ちゃんと対応してくれるって言っておったぞ?」
「あぁ、なんだ。リーナからの紹介かい」
リーナ。それが昨日からお世話になっている、あの美人の受付嬢の名前。
その名を聞いた途端、赤髪の店主リーゼは少しだけ目元を緩め、改めて二人の全身をジロリと値踏みするように見渡した。
「にしても、うちのド腐れの言う通り、随分と見ない格好だねえ……。まぁいいや、リーナの紹介なら野暮な詮索はなしだ。で、あんたらの『職業適性』は?」
そう聞いてきた店主に、二人はギルドで判明したばかりの自分たちの職業を答える。
リオが『弓術士』で、ヒミコが『ラック・プリーステス』だと。
「なるほどね。そっちの兄ちゃんは弓を使う『中後衛職』で、嬢ちゃんのその運任せの魔法ってのは、話を聞いて推測するに完全に『後衛職』だねぇ……」
ふぅ、とリーゼは深いため息をつき、煤と汗で汚れた手でガシガシと赤髪を掻いた。
「壁役がいねえ。あんたら、見事なまでにパーティのバランスが取れてないねえ」
「ああっ……! 確かに」
言われてみればその通りだ。
どちらも敵と距離を取って戦う職業なのに、敵の攻撃を最前線で引き受けてくれる盾役の戦士がいない。これでは、魔物に一気に距離を詰められたらあっという間に全滅である。
「ううむ、言われてみればそうじゃな! ならばリオ、お主が弓を捨てて剣と盾を持ち、最前線でワレの盾となるのじゃ!」
「なんで俺の適性をガン無視して転職させようとしてんだよ! 俺が死ぬわ!」
相変わらず他人を犠牲にすることに一切の躊躇がないヒミコの提案を、リオは全力で却下する。
そんな二人のコントのようなやり取りを見て、リーゼは呆れたように鼻で笑った。
「ははっ、威勢がいいのは結構だけどね。まぁ、初心者のうちは簡単な薬草採取とかでお茶を濁すか、後でギルドで前衛の仲間を探すこった。……とりあえず、今あんたらに必要なのは、最低限身を守るための『防具』と、兄ちゃん用の『弓』。――それと、いざって時の『短剣』。最後に、嬢ちゃん用の『杖』だね」
「杖?」
「ああ。前衛がいない以上、魔物に懐へ潜り込まれる場面も絶対に出てくる。弓しか持ってなかったら、その瞬間にあんたらは肉塊行きだ。至近距離でも取り回しが利く、護身用の短い刃物は絶対に持っておきな」
的確すぎるプロのアドバイスに、リオはゴクリと喉を鳴らして深く頷いた。
「それと嬢ちゃんの杖だけど。杖ってのは、魔力を集めて魔法を安定させるための触媒でもあるけど、同時に物理的に魔物をひっぱたくための武器でもあるんだよ」
「……殴れるのか?」
杖が「魔力を集める」という説明には興味を示さなかったヒミコだが、「殴れる」という言葉に、一瞬で目を輝かせた。
「ああ。魔力を集めやすくすれば、それだけ強力な魔法を、少ない負担で、安定して発動できるようになる。……まぁ、いざとなったら、その頑丈な木で魔物の頭をカチ割ることもできる。後衛職にとっちゃ、杖は身を守るための生命線だ」
「カチ割る……! なるほど、なかなか良い武器じゃ! そうしよう!」
「おっけー。じゃあ見繕ってやる。ちょっと待ってろ」
妖艶な赤髪の店主はそう言って、店の奥にある倉庫らしき扉へと消えていった。




