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11話 お金の価値


 「まぁ、こんなもんだろ、うん良いんじゃないか?」


 店の奥にある着替え用のスペースから出てきた二人を見て、赤髪の店主が満足げに腕を組んで頷いた。

 彼女に見立ててもらった武具(アイテム)を身につけた二人の格好は、先ほどまで入り口の男たちに「ど田舎」と鼻で笑われていた姿から、随分と様変わりしていた。


 リオの装備は、弓を引く際の動きやすさを重視した、軽くて丈夫な革鎧(レザーアーマー)。背中には初心者に扱いやすい小ぶりの弓と矢筒を背負い、腰のベルトには、いざという時に懐へ潜り込まれた際の護身用である短剣が、しっかりと差し込まれている。


 「おお……すげえ。一気にそれっぽくなったな」

 

 壁に掛けられた姿見の前で軽く手足を動かし、リオは素直な感嘆の声を漏らした。

 丁寧に鞣された本物の革の匂い。背中に感じる弓の重み。これまで元の世界で見慣れていた国の兵士や狩人たちの身なりよりも、ずっと洗練された作りの装備を実際に身に纏うと、不安な状況とはいえ、男として少しだけ心が躍ってしまうのは事実だった。

 

 一方のヒミコはというと――。


 「ふんっ! はぁっ! たぁぁぁっ!」

 

 ブンッ! ブンッ!

 彼女が着ているのは、魔力(まりょく)を通しやすいという布地で仕立てられた、少し大きめのローブ。そこまでは立派なプリーステスに見えるのだが、問題は彼女が両手で力強く握りしめている『杖』だった。

 先端に魔力を集めるための小さな魔石(ませき)と呼ばれるものが埋め込まれてはいるものの、持ち手の部分は無骨で太く、どう見ても立派な『木製の鈍器』である。

 それをヒミコは、まるで丸太でも振り回すかのような見事なフルスイングの素振りで確かめていた。


 「うむ! 適度な重さといい、この手に馴染む感覚といい……これならスイカどころか、店主が言っておった魔物(まもの)の頭とやらも一撃でカチ割れそうじゃ!」


 「……お前、本当にラック・プリーステスなんだよな?」

 「当たり前じゃ! これで物理的に神の罰を下してやるのじゃ!」

 

 ブンッ! と風を切る音を立ててポーズを決める自称次期女王に、リオは呆れて突っ込むことしかできなかった。


 ◇


 「んじゃ、死なない程度に頑張りなよー」


 お会計を済ませ、赤髪の店主に見送ってもらって店を出た二人。

 ギルドへ戻る道を歩きながら、リオは懐の硬貨の袋を確認する。ずいぶんと重さが減ってしまった。

 二人の装備、合わせて二十万五千フォルス。

 これが高いのか安いのか、この世界に来たばかりの二人には判断の難しいところだが、リーナの紹介ということもあって、まあ、ぼったくられたわけではないだろう。


 「えーと、残りは……」

 

 歩きながら袋の中身を覗き込む。

 実は先ほど、店主のお姉さんが代金を数えている手元を、リオは凝視していた。


 (お姉さんは、金色の硬貨を二十枚と、銀色の硬貨を五枚取っていった……)

 

 二十万五千フォルスの支払いで、金貨二十枚と銀貨五枚。

 その光景から、リオの頭の中でパチパチと計算が組み上がっていく。


 (つまり、金色の硬貨が一枚で一万フォルス。銀色の硬貨が一枚で千フォルス。……となると、まだ使ってないこの銅色の硬貨は、十中八九、一枚百フォルスってところか)

 

 袋の中に残っているのは、金貨が三枚。銀貨が五枚。そして銅貨が十枚。


 (三万と、五千と、千……合わせて、残金は三万六千フォルスか)

 

 単純計算で導き出した答えに、リオは少しだけ手応えを感じて「よしよし」と一人で深く頷いた。

 元の世界とは通貨の呼び名も価値も違うが、数字の法則さえ分かってしまえば、こちらのものだ。


 「何をニヤニヤしておるリオ。そんなにワレの新しいローブ(すがた)に見惚れたか?」


「お前の杖に見惚れてるんだよ、いろんな意味でな……。ほら、計算は終わった。ギルドに戻って、仕事を探すぞ」

 全財産の残りは三万五千フォルス。

 宿代や食費がいくらかかるかはまだ分からないが、のんびりしている余裕がないことだけは確かだった。


  ◇

 

 ギルドに戻って来たが、そこは朝の喧騒が嘘のように静まり返り、閑散としていた。昨日の昼下がりと全く同じ光景、見事なデジャブである。

 どうやら冒険者たちは皆、朝の内に仕事を受注して街の外へ出払ってしまったらしい。


 「おかえりなさい! あら、ずいぶん様になりましたねえ」

 

 カウンターの奥にいたリーナが、装備を整えた二人を見てパッと花が咲いたようにニコニコと笑う。


 「どうじゃ! これで、魔物(モンスター)とやらもフルスイングじゃ」

 「あっ、ええ……そうですね」

 

 ローブ姿でごつい木の杖を構えるヒミコに対し、リーナは少しだけ引きつった笑顔でなんとか同意した。そのまま、二人はカウンターの前へと案内される。


 「それで、早速依頼(クエスト)を受けられますか? ……あっ、その前に一つ、大切な注意事項があります」

 「注意事項、ですか?」

 

 リオが尋ねると、リーナの表情が仕事モードへと少しだけ引き締まる。


 「はい。昨日お二人が受けた『ポクルー草の採取』は、いつでも誰でも受けられる常設依頼(じょうせつクエスト)だったので、期限も失敗もありませんでした。ですが――」

 

 リーナは掲示板の方を指差して言葉を続ける。


 「これから受けてもらう『通常クエスト』は、一度受注したら必ず達成しなければならないんです。もし達成失敗(たっせいしっぱい)したり、途中で放棄したりした場合は、ギルドへ違約金(ペナルティ)を支払っていただきます」

 「い、違約金……!」

 

 リオが思わず息を呑む。

 ただでさえ全財産が残り少ない状況だ。もし罰金なんて取られでもしたら、あっという間に路頭に迷ってしまう。


 「厳しいと思われるかもしれませんが、クエストには期限があります。お二人が依頼を抱えている間は、当然ですが他の冒険者がその依頼を受けることができません。お二人が失敗すれば、他の人が達成できたはずのチャンスを潰してしまうことになりますし、ギルドもまた一から依頼を出し直さなければなりませんからね」


 リーナの説明は、非常に理にかなっていた。

 自由な冒険者という響きの裏には、仕事としての重い『責任』が伴うのだ。


 「……分かりました。慎重に選ぶようにします」


 リオが頷くと、リーナは安心したように微笑んだ。しかし、いくつか依頼書(クエスト)をカウンターに並べようとしたところで、ふと何かを思い出したようにポンと手を打つ。


 「っと、その前に。――入ってきてくださーい!」

 

 リーナがギルドの奥にある控室の扉に向かって声を張り上げる。

 すると、ガチャリと扉が開く音がして、一人の人物が気だるげな足音と共に歩み寄ってきた。

 現れたのは現れたのは、肩のラインで毛先が無造作に跳ねる、野性味のある髪型の女性だった。

 

 ズカズカと歩いてくる身のこなしは男勝りな雰囲気を漂わせているが、顔立ちはハッとするほど整った綺麗系の美人である。しかし、その全身からは、ただ者ではない鋭い威圧感(プレッシャー)が放たれていた。

 「あいよー。……こいつらか」

 

 女性は低い声でそう言うと、カウンターの前に並んで立つリオとヒミコの二人を、値踏みするようにジロリと睨みつけた。

 

 ビクッ!

 

 獲物を狙う肉食獣のような鋭い眼光に、思わず肩を揺らすリオ。


 (な、なんだこの人……!?)

 

 突如として現れた迫力満点の女性の登場に、リオが息を呑んで固まる一方で、隣のヒミコは相手の凄みに全く気付く様子もなく、「なんじゃこやつ?」とでも言いたげにポカンと見返していた。



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