12話 ギルドの陰の支配者
「あぁ?」
先ほどまでポカンとしていたヒミコだったが、相手の視線に込められた鋭さに気付くや否や、スッと立ち上がり、真っ向から上目遣いで睨み返した。
睨まれたら睨み返す。喧嘩を売られたら売り返す。(※ただし、相手にはよる)
それがヒミコという人間である。誰に対しても、舐められたまま黙って引き下がるような性格ではない。
「おおお? なんだ?」
ただ者ではない女性は、自分に怯えもせずに噛み付いてきたヒミコを見て、面白そうに口角を上げた。
一触即発の空気に、隣にいたリオの顔からサァッと血の気が引く。
「ばっ、お前やめろ! 相手はどう見てもヤバい人だぞ!」
「ヒミコちゃん、落ち着いて座ってくださいねー」
慌てふためいてヒミコの外套を引っ張るリオとは対照的に、カウンターの奥にいるリーナは、実に慣れた様子でニコニコとヒミコを宥めた。
「じゃが、こやつが先に睨んできたんじゃ!」
不満げに真新しい木の杖を握りしめ、相手をビシッと指差してヒミコが抗議する。しかし、リーナは笑顔のままピシャリと言い放った。
「彼女はそういう目つきなだけです」
「ん?」
リーナの身も蓋もない即答に、ヒミコは思わず気の抜けた声を漏らす。
「ふはっ、違いねえ。アタシは生まれつきこういう顔なんだよ。悪かったな嬢ちゃん」
女性は豪快に笑うと、乱暴に頭を掻きながら二人の隣へと並んだ。
「はい、というわけで。今回お二人には、こちらの彼女――ミランダさんと一緒に依頼を受けてもらおうと思います」
何が「というわけ」なのか。どういう「わけ」なのか。
全くもって不明だが、とにもかくにも、このミランダという人と一緒にクエストを受けることになったらしい。
「どういう訳じゃ?」
頭のアホ毛をギリギリ「?」マークに見えなくもない形に曲げて表現するヒミコに対し、リーナは事もなげに答える。
「このミランダさんは熟練の冒険者です。ですが、しばらくクエストを受けておらず、ギルドの登録が失効しそうになっていたんですよ。……そこで! それを見逃す代わりに、今回は初心者冒険者の講習の先生になってもらう事になりました!」
ニコッ。
有無を言わせぬ満面の笑みを向けるリーナに、リオは恐る恐る尋ねた。
「……失効、ですか?」
「はい。ギルドカードは初回発行こそ無料ですが、紛失した場合や、一年間一度も依頼を受けていない場合は登録が失効し、高額な再発行費用が掛かってしまいます。しかも、それまで積み上げた実績もすべて没収され、また一からやり直しになってしまうんですよ」
「へえ……そうなんですね」
冒険者という職業は、厳しいノルマのようなものは存在するらしい。リオは納得して相槌を打った。
「だれでも基本なれるという代わりに、いつまでも依頼を受けない人もいますので、制約も必要なんです。このミランダさんは、まさにその失効のタイムリミットがギリギリまで迫っていました。なので、再発行費用とランク降格を見逃す代わりに、今回特別にお二人の先生になってもらうことで手を打った……というわけです」
リーナが淡々と事実を並べ立てると、隣に立つミランダは苦虫を噛み潰したような、なんとも苦々しい顔を浮かべた。
「……やってらんねえぜ。まさか復帰早々、ガキのお守りとはな」
「ミランダさん? ご本人たちの前で、そういうこと言うのはやめましょうねぇ?」
ニコニコと笑ってはいるが、リーナの声には逆らえない絶対的な圧力がこもっていた。
完全に受付嬢に頭が上がらない様子のベテラン冒険者を見て、リオは(このギルドで一番強いのは絶対にリーナさんだ……)と心の中で確信する。
一方、そんな力関係などお構いなしのヒミコは、ミランダの「ガキ」という言葉に即座に噛み付き、手にした杖(鈍器)をブンッと振り回して抗議した。
「誰がガキじゃ! ワレは偉大なる次期女王じゃぞ!」
「……お前、歳はいくつだ?」
「十五じゃ!」
「…………そうか」
ミランダの瞳から先ほどの鋭い威圧感がスッと消え去り、代わりに、まるで『可哀想なものを見るような』生温かい視線がヒミコへと向けられた。
十五歳で、次期女王を自称。なるほどそういう(頭がアレな)時期か、という声なき同情が完全に顔に書いてある。
「おい、やめよ……その視線はやめるのじゃ」
痛い子を見るようなその生温かい視線は、ミストから十二分に浴びせられたばかりなのだ。いくら傍若無人な自称次期女王といえど、連続で向けられる無言の憐れみは精神にクルものがあるらしい。
「はいはい、お話はそこまでです」
パンパンッ、とリーナが手を叩いて強制的に話を終わらせた。
「早速ですが、これから現地へ行ってもらいましょうか。ミランダさんには事前にお伝えしてありましたが、今回お二人にやってもらう依頼は――」
◇
「ふーんふん、ふふーん♪」
木漏れ日が差し込む、緑豊かな森の中。
そんなのどかな景色に合わせるように、自称・偉大なる次期女王の場違いに陽気な鼻歌が響き渡っていた。
「いいか? 森の中ってのは魔力が滞留しやすい。そうやって瘴気がこもりやすい所には、魔物が多く集まる傾向にあるんだ」
街を出て三十分ほど歩いた場所にある、この近場の森。
規模はそこまで大きくないが、別名『ルーキーの森』とも呼ばれており、初心者冒険者たちがここで魔物と戦って経験を積むための定番の狩場となっている。
「ただ、森なら一概にヤバいってわけじゃねえ。基本的には『風が吹き抜けにくい場所』なら瘴気がこもりやすいってだけで、ここは木々が密集してるからこもるんだ」
「ほーほー」
前を歩くミランダの講習に、ヒミコが適当な相槌を打つ。
そんな中、隣を歩いていたリオが、ふと根本的な疑問を口にした。
「あの、ミランダさん。それで……『魔物』って何なんですか? 普通の動物とは違うんですか?」
その言葉に、前を歩いていたミランダがピタリと足を止めた。
ザッ、と落ち葉を踏む音が途切れ、森の中に一瞬の静寂が落ちる。彼女は信じられないものを見るように、ゆっくりと首だけで振り返った。
「は? ……お前ら、魔物を知らないのか?」
「魔物?」
「ま・ものー?」
純粋な瞳で首を傾げるリオと、アホ毛を揺らしてオウム返しにするヒミコ。
二人の見事なまでの無知っぷりを目の当たりにして、ベテラン冒険者はたまらず頭を抱えた。
「嘘だろ……!? そこからかよ! リーナの奴、どんだけ素人を押し付けてきやがったんだ……! いやちょっと待て待て、小鬼は知ってるだろ!?」
「ゴブリン?」
「ご・ぶりん?」
「おい、ちょっ……ヒミコだったか? お前、さっきからちょいちょい鼻につくその言い方やめろ!」
「合点承知の助じゃ」
「くっ……!」
ギルドで『ガキ』呼ばわりされたのを未だに根に持っているのか、ヒミコはわざと神経を逆撫でするような煽りを入れてくる。
思わず青筋を浮かべるミランダを見かねて、リオが慌てて割って入った。
「あのー、ミランダさん。もしかしてリーナさんから聞いていないんですか?」
「あぁ? 何をだ?」
「俺とヒミコ、どうやら『転移者』ってやつみたいでして。こっちの常識とか、そういうの全く知らないんです」
「…………は?」
ミランダの動きがピタリと止まった。
数秒のフリーズ。そして、頭の中で『すべての点と点』が繋がったのか、彼女はワナワナと震えながら天を仰いだ。
「えっ、それってさぁ……。リーナの奴、隠さなくても良くない!? 『右も左も分からない異世界人です』って、最初に言ってくれればいいじゃん!!」
「はあ……」
「えっ、何アイツ! アタシが依頼の呼び出しをシカトしまくってたの、絶対に根に持ってるじゃんアイツ! 笑顔でとんでもない時限爆弾押し付けてきやがったな!?」
木漏れ日の差し込むのどかな森の中に、ベテラン冒険者の悲痛な叫び声が響き渡る。
どうやらあのニコニコ笑顔の受付嬢は、自分を蔑ろにした不良冒険者への意趣返しとして、あえて「常識ゼロの異世界人」という重要情報を伏せたまま彼女に押し付けたらしい。
(……やっぱり、あのギルドで一番怒らせちゃいけないのはリーナさんだな)
頭を抱えてしゃがみ込むミランダを見て、リオは改めて心に深く刻み込んだ。




