13話 初めての会敵
「んで、その瘴気から生まれるのが『魔物』って訳だ。そこら辺にいる犬や猫なんかの、ただの動物とは根本的に違う」
木漏れ日が差し込む森の中の開けた場所で、急遽、ミランダ先生による『魔物とはなんぞや』という初心者向けの青空勉強会が開催されていた。
「基本的に、瘴気から生まれた魔物ってのは、本能的に人に対して強い敵意を持つんだ。だから、人里の近くに住み着かれたり、街と街を繋ぐ街道にウロつかれたりすると、物資を運ぶ行商人や街の連中が困るだろ?」
ミランダが木の枝を拾い、地面に簡単な街と森の図を描きながら説明を続ける。
「そこで、商人や街の代表がギルドに金を払って『討伐依頼』を出してくる。アタシら冒険者はそいつを狩って安全を確保し、代わりに報酬として金を貰うって仕組みだ」
「なるほど。需要と供給が一致して、上手く経済が回ってるんですね。つまり、ウィンウィンってことですか」
元の世界での知識を当てはめ、リオが感心したように頷く。
すると、その隣で話を聞いていた(?)ヒミコが、またしてもアホ毛を揺らしながら首を傾げた。
「うぃーん・うぃーん?」
「…………」
純粋な疑問の形を借りた、絶妙に腹の立つオウム返しの煽り。
ミランダは持っていた木の枝をボキッとへし折り、深く深呼吸をしてから、両手を合わせてヒミコに向かって頭を下げた。
「あー……嬢ちゃ……いや、ヒミコ。悪かった。ギルドでガキ扱いしたのはアタシが悪かったから、頼むからもうその小憎たらしい煽りはやめてくれ……。なんか知らねえけど精神的にゴリゴリ削られる……」
「フンッ」
ベテラン冒険者からの全面降伏宣言を受け、ヒミコは満足げに鼻を鳴らした。
そして、新品の木の杖(鈍器)を天高く掲げ、ドヤ顔で言い放つ。
「よし、ワレの勝ちじゃ!」
「……お前、本当に性格悪いな」
リオが呆れ果てた声でツッコミを入れたが、次期女王様の耳には微塵も届いていなかった。
「はぁ……。よし、気を取り直して今回の依頼内容の説明だ」
ミランダが疲れ切った顔でため息を吐き、話を本筋に戻す。
「今回お前らにやってもらうのは、この森に群生する『ディース草』の採取だ。こいつは毒消しの薬の原料になる重要な薬草でな」
「なんじゃと!? また草むしりか!」
ヒミコが持っていた杖を地面に叩きつけ、わかりやすく憤慨した。昨日一日かけてポクルー草という雑草をむしり続けた記憶が蘇ったらしい。
「落ち着け。草むしりはあくまで初心者向けの常設依頼だ。今回、リーナからアタシたちに追加で出されたギルドの『本命の依頼』は別にある」
ミランダの声のトーンが、少しだけ低く、真剣なものへと変わった。
「本命の依頼、ですか?」
「ああ。最近、このルーキーの森に住み着き始めたという、小鬼の討伐だ」
ゴブリン。
元の世界では聞いたこともない未知の単語に、リオはゴクリと唾を飲み込んだ。いよいよ、本物の『魔物』との戦いが始まるのだ。相手の姿も強さも分からない以上、警戒しすぎるに越したことはない。
「……ゴブリン、ですか」
「なんじゃそりゃ。ひどく『濁点』が多い名前じゃな」
「……」
緊張感を高めるリオの隣で、自称次期女王は「ゴ・ブ・リ・ン」と指折り数えながら、ひどくズレた感想を口にした。
「……『そこ』にツッコんでくる奴は、冒険者長くやってるが初めてだよ」
未知の魔物に対する恐怖よりも「名前の濁点の多さ」が気になるらしいヒミコを見て、ミランダは今日何度目か分からない深い深呼吸をした。
「……いいか、よく聞け。ゴブリンってのはな」
ミランダの表情から呆れの色がスッと消え、歴戦の冒険者としての鋭い顔つきに戻る。
「緑色の醜悪な顔をした、子供くらいの背丈の生き物だ。だが、絶対に侮るなよ。あいつらの性格は狡猾で残忍。まさに『ゴミ』みたいな連中だ」
「ゴミ……」
「ああ。群れで行動し、罠を張り、弱った獲物をなぶり殺しにする。何より一番厄介なのは……人間の女を捕まえては自分たちの巣に連れ込み、孕ませて数を増やすことだ。冒険者にとっちゃ、虫唾が走る最悪の魔物だよ、だから見つけたら迷わず殺せ」
「……うわぁ」
生々しく恐ろしいその生態に、リオは思わず顔を引きつらせた。
一方のヒミコも、さすがに先ほどまでの余裕はすっかり消え失せ、「うげぇ」と心底嫌そうな声を出して眉間を寄せている。
「なんじゃそりゃ、気味が悪いのう……。って、おいミランダよ」
「あ?」
「お主、そんな格好では真っ先にそやつらに狙われるのではないか?」
ヒミコが、ミランダの全身をジロジロと遠慮なく見回して指摘する。
それもそのはず、現在のミランダの格好は、豊かな胸に晒をきつく巻き、その上に動きやすさを重視した前開きの軽装を羽織っただけの、非常に肌の露出が多いスタイルだったのだ。
ボーイッシュとはいえ、整った顔立ちでスタイルも良い彼女がそんな格好で森を歩けば、ゴブリンからすれば恰好の標的になりかねない。
「ハッ! 心配すんな」
しかし、当のミランダは胸を張って鼻で笑い飛ばした。
「アタシがゴブリンみてえな下級魔物に後れを取るわけねえだろ――っと、噂をすれば来たぞ」
ガサリ。
前方にある茂みの奥が大きく揺れ、「ギャギャッ」と濁った声を上げながら、三匹の魔物が姿を現した。
子供ほどの背丈に、緑色の醜悪な肌。ギラギラと脂ぎった目。
「……あれがゴブリンか。確かに気持ち悪いな。もし生まれ変わってアレになったら、俺、秒で崖から飛び降りる自信あるわ」
「安心せえリオ。お主がアレに生まれ変わったら、真っ先にワレが天誅を下してやる」
「いや、だから自力で崖から飛び降りるって言ってんだろ……」
「お前達無駄話はそこまでだ。こっちに気づいたぞ」
ミランダが鋭い声で二人を制止する。
「ギャギャッ!」
「ギギギッ!」
「ギャ……」
リオたちを獲物と認識したのか、ゴブリンたちが威嚇するような声を上げた。
先頭の一匹は錆びた剣を持ち、二匹目は両手に刃こぼれした短剣を握っている。しかし、三匹目は哀愁を漂わせながら一一
「おいミランダ、あの後ろの奴は仲間内で虐められとるんか? 前の奴が両手に持っておるのじゃから、一本分けてやればよかろうに」
「お前めちゃくちゃ冷静だな!? 刃物持って襲ってくる魔物を見て、最初の感想がそれかよ!?」
緊迫感ゼロのヒミコに、リオがたまらずツッコミを入れる。
しかし、ミランダは笑うことなく、鋭い視線を三匹目の手ぶらゴブリンから外さなかった。
「ヒミコ、さっきゴブリンってのは狡猾だと言ったろ? ああやって『手ぶらで無力な奴』だと油断させておいて、実は後ろの奴が魔法使いだった、って事もあるんだよ」
「ほー」
ベテラン冒険者の経験に裏打ちされた解説に、ヒミコが感心したようにアホ毛を揺らした。




