7話 二度目の逮捕
「ねぇ? なんで? 今日出たばかりでまた戻って来たの?」
泥にまみれ、土にまみれ草にまみれ、すっかり意気消沈した二人にそう問いかけた。
場所は、すっかり見慣れてしまった衛兵所の尋問室。
机を挟んで向かい側に座っているのは、つい数時間前、二人にカッチュ丼を振る舞って釈放してくれたあの尋問官の青年である。
「……はぁ。ため息つきたいのはこっちだよ、ホント」
青年は本日二度目の対応ということもあり、すっかり砕けた態度で深い深いため息をつくと、被っていた帽子を脱いで机の上にポンと放り出した。
現れたのは、衛兵の制服には似つかわしくない、手入れの行き届いた輝くような金髪。帽子で隠れていた素顔は、すれ違う女子が振り返りそうなほどの整ったイケメンである。
――ただし、その目の下には、頭痛を堪えるようにこめかみを押さえるほどの疲労感と、酷いクマがくっきりと刻まれていたが。
「……ええと?『大量の虫とカエルの大群を引き連れて街に突入しようとした騒乱罪』で現行犯逮捕だってね。門番の兵士たちが泣きながら駆除してたよ。君たち、新手のテロリストか何か?」
「ち、ちがうんです! 俺はただ逃げてただけで、全部こいつのせいなんです!!」
縄で縛られたリオが、必死の形相で隣のヒミコを睨みつける。
しかし、当のヒミコは反省するどころか、泥だらけの顔をパァッと輝かせた。
「ふははは! また会ったな料理人よ! さぁ、捕まってやったのだから飯の時間じゃ! カッチュ丼をよこせ!」
「出ないよ。出る訳ないよ、今回は絶対にカッチュ丼なんて出ないからね。ああ、ボクの名前はミストね。どうぞよろしく」
「なっ……なんじゃとぉぉぉ!?」
不思議な街の初日。稼ぎはゼロ。逮捕歴、まさかの二回。
ヒミコの絶叫が響く尋問室で、リオは深く、深く絶望のため息をつくのだった。
「えーっと、君がリオ君ね。で、こっちの騒がしいのがヒミコちゃん、と」
ミストは手元の小さなカードをペラペラと弄りながら、疲れた声で名前を呼ぶ。先ほどギルドで発行してもらい、そして即刻没収されたばかりのギルドカード。
「あのー……」
「ん? 何?」
「俺たち、これからどうなる感じでしょうか……?」
まさか即日投獄とかされないよな、とビクビクしながら、リオはミストの顔色を窺うように問いかけた。
すると彼は、面倒くさそうにポリポリと金髪の頭を掻きながら、あっさりと言い放った。
「どうも何も。うーん……もう帰れば?」
「……え?」
「いやだから、実家に。君たち、どっかの村から家出でもしてきたんでしょ? もういいから親のところに帰りなよ。日が暮れるよ?」
完全に「痛いファッションの家出少年少女」として扱われている。
しかし、今のリオたちにとって「帰れば?」という言葉は、何の解決にもならないどころか、一番痛いところを突かれる質問だった。
「うーん……」
どこから説明したものか、とリオが言葉に詰まっていると、隣で縄で縛られているヒミコが、器用にバンッと机を叩いて身を乗り出した。
「帰るって、どこへじゃ! ワレらが帰るべき邪馬大国はどこじゃ! それより料理人ミストよ、腹が減った! 飯の時間じゃ!」
「だからボクは料理人じゃないって。それにヤマタイコク? なんだいそのふざけた名前の国は」
「あー、すいません、ここからは俺が説明します」
これ以上話がややこしくなる前に、リオは身を乗り出しているヒミコを手で制した。
そして「信じられないかもしれないんですが……」と重々しい前置きを挟みつつ、今日起きた不可解な出来事――広場での発光現象から、気づいたら見知らぬ大草原にいたこと――を、ありのままに話して聞かせた。
(絶対に『頭がおかしい奴ら』だと思われるよな……)
そう覚悟して、リオは恐る恐るミストの顔を窺った。
しかし。
「あっ、そうなの?」
返ってきたのは、今日の天気を聞いた時のような、あまりにも軽い相槌だった。
「……えっ? 『そうなの』って、そんな簡単に信じるんですか? もっとこう、『ふざけるな!』とか『頭がおかしいのか!』とか言われると思ってたんですけど」
「うん。いや、そういう事情なら先に言ってよ。それで全部合点がいったよ」
拍子抜けしてツッコミを入れるリオをよそに、ミストは「やれやれ」と肩をすくめた。
「その見たこともない変な服もそうだし、身分証一つ持っていなかったこともそう。それに何より……ギルドに登録して数時間で、あんな馬鹿みたいな量の虫を引き連れて街に突撃してくる常識の無さ。もしかして……とはちょっと思ってたんだけどね。そうか、君たち『転移者』か」
「「転移者?」」
聞き慣れない単語に、二人の声がぴたりと重なる。
「そう。たまに来るんだよ、君たちみたいに違う世界から迷い込んでくる人たちがね。ボクはその『ヤマタイコク』って国を知らないけど、君たちが嘘を言っていないことは分かるから、まあ本当のことなんだろうね」
「えーっと……なんで嘘をついてないって言い切れるんですか?」
「ああ、そこからか。君たちはギルドで登録したってことは、水晶で自分の『職業適性』を測ったんだよね?」
「はい。俺は確か『弓術士』で、ヒミコが『運否天賦の巫女』とかいう……」
ミストは、没収した二人のギルドカードを指先で弾いた。
「うん、これを見れば大体分かるよ。そっちのヒミコちゃんの職業はボクも初めて見たけど……まあ今回の件から察するに、ろくなもんじゃない『博打スキル』ってところかな?」
「ぐっ……! 的確すぎて何も言い返せん!」
図星を突かれて悔しそうに歯噛みするヒミコを華麗にスルーして、ミストは自身の目をスッと指差した。
「で、ボクは相手の言葉が嘘か本当かを見抜く『真偽の目』っていうスキルを持っている」
「真偽の目……なるほど、嘘発見器ってことか。だから俺のふざけた話を、あんなにあっさり信じてくれたんですね」
「そういうこと。君の言葉からは一欠片の嘘も感じなかった。だから君たちが本当に異世界から吹っ飛ばされてきた、哀れで常識のない迷子だってことは証明されてるわけ」
「……でも、最初にあいつが女王だって言った時は、信じてなかったですよね?」
「えっ、本当に女王なの?」
「いや違います。あくまで『次期女王候補』ってだけで――」
「女王じゃ!」
「お前はちょっと黙ってろ。……ええと、将来そうなるかもしれないってだけで、今はただの姫ですね」
「ああ、そうなんだ。いや、毎回スキルを発動してるとすごく疲れるからさ。必要な時以外はオフにしてるんだよね」
「あー……そうなんですね」
ミストは取り上げたギルドカードを指先でくるくると回しながら、天井を見上げてしばらくぼーっと考え込んでいたが、やがて諦めたように大きなため息をついた。
「はぁ、仕方ない。二人とも、今日はとりあえず『牢屋に一泊』ね」
「なっ!?」
またあの臭い檻に入れられるのか、と抗議の声を上げようとするヒミコ。だが、ミストは手のひらを向けてスッとその言葉を制止した。
「じゃあ君たち、どこに泊まるの? お金、一文もないんでしょ?」
「あっ」
「はぁ……。ご飯も出してあげるから」
「――乗った。料理人ミストよ、お主はなかなか交渉の才があるな」
ご飯という単語が出た瞬間。ヒミコはさっきまでの怒りなど完全に忘れ去り、腕を組んで上から目線で偉そうに快諾した。
「どうもありがとう。……ねえ、リオ君。このお姫様は、いつもこんなに図太くて傲岸不遜なの?」
「――ええ、まあ。大体いつもこんな感じです」
「……苦労するね」
「……分かって、くれますか」
今日会ったばかりの異世界の住人から向けられた、あまりにも深く温かい同情の眼差し。
リオは思わず込み上げてくる熱いものを、くっと奥歯を噛み締めて堪えるのだった。




