6話 草原の王
「ふーむ」
ギルドの壁一面に設置された巨大な依頼掲示板。そこにびっしりと張り出された羊皮紙の束に、二人は腕を組んで目を通していた。
右も左も分からないが、このまま何もしないわけにもいかない。まずは生きるため、目先の金を稼ぐということで二人の意見は一致した。
――そして。
「どれが良いのかさっぱり分からんな。……よし、手っ取り早くこれにするか!」
無数にある依頼書の中から、ヒミコが自信満々に一枚の紙をビシッと指差す。
そこに書かれている文字を読んだリオの顔から、一瞬にしてスッと表情が消え失せた。
「……お前、絶対にやめろよ?」
低い声で凄むリオ。無理もない。
ヒミコが指差したその依頼書には、見るからに凶悪で禍々しい巨大な竜の挿絵と共に、でかでかとこう記されていたのだ。
『ガルガント領 ガルガントマウンテンに生息する【アビゲイジャードラゴン】の討伐――報酬:3億5千万フォルス』
「せめてこっちじゃないか?」
冷や汗を拭いながら、リオが掲示板の一番端っこにひっそりと貼られた、なんとも地味な紙を指差す。
『常設クエスト:ポクルー草の採取――報酬:1本につき100フォルス』
「……リオ、お前ワレを舐めとるのか?」
「待て待て待て」
ピキッと額に青筋を浮かべてキレかかるヒミコを、リオは両手を出して必死に宥めた。
「なんで次期女王たるワレが、その辺の草むしりなどせねばならんのじゃ! しかもたったの100って! さっきのドラゴンの三百五十万分の一以下じゃぞ!」
「いいから落ち着いて俺の話を聞け。まず第一に、俺たちは自分たちの『職業』ってやつがまだよく分かってないだろ? お前のそのラック何とかってのも、結局何が起きるか未知数すぎる」
「む……」
「第二に、俺たちには今日のメシ代と寝床のための金が今すぐ要る。『三百五十万分の一』ってお前は言うけど、俺たちはこの世界の金の価値すら分かってないんだぞ? とりあえずこの草を採取して換金すれば相場が分かるし、一番安い依頼だとしても、その日一日くらい泊まれる金にはなるはずだ。まずは経験を積まないと、この先どう対応していいか選択肢すら増えないだろ。そして何より――俺たち、武器を一つも持ってないんだぞ」
「おお……」
言われて初めて気づいたというように、ヒミコがポンと手を打つ。
リオは呆れ果てたように深くため息をついた。
「右も左も分からない、魔法というやつも武器もない『ないない尽くし』の丸腰素人が、こんな化け物に勝てるわけないだろ! とりあえず最初は、一番安パイな依頼をやって様子見だ!」
「……いいじゃろう」
◇
ギルドでの登録と依頼の受注をなんとか済ませ、二人は再びファストールの街の門を抜け、外へと足を踏み出していた。
先ほど広大な大草原を歩き回って、ようやく街の中に入れたというのに、まさかの数時間ぶりのトンボ返りである。
「ええと、受付のお姉さんの話だと……『ポクルー草』は、葉の先が少しギザギザしていて、根元がほんのり赤いのが特徴らしいんだが……」
リオは、ギルドで渡された簡素なスケッチのメモを片手に、足元の草むらをガサガサと掻き分けた。
一方のヒミコはというと、しゃがみ込むこともせず、腕を組んだまま不満げに周囲を見渡している。
「特徴と言われてものう、リオよ。見渡す限りただの草むらじゃぞ。ワレにはどれも同じただの雑草に見えるわ!」
「文句言ってないで真面目に探せ! 飯も食えず野宿になりたいか?」
「なっ……!? 致し方ない、ワレの真なる力を見せてやろう!」
飯なし野宿という最悪の言葉を聞いた途端、ヒミコはバッと目の色を変え、猛烈な勢いで地面の草を睨みつけ始めた。
◇
「おいリオ、これはどうじゃ?」
「んー? あっ、いや……違うな。根元が赤くない」
受付のお姉さんからもらった資料を基に、二人がかりで草むらを探し続ける。
「くそが! 全然ないではないか! 本当にここか!?」
「群生地はここだって地図に書いてあったんだけどな……」
散策すること一時間。
ここまででどうにか見つけ出したのは、たったの10本ほど。計算上はおそらくこれで1000フォルスになるはずだが、労力に見合っているのかどうかすら分からない。
「なぁヒミコ。お前のその職業の力で、なんとか見つけられないのか?」
ギルドで判明した、あの極低確率で奇跡を起こすという胡散臭い適性のことだ。背に腹は代えられないリオは、ついにそれに縋り始めた。
「そうは言っても、ワレも自分の力などどう使えばいいか分からんぞ?」
「さぁ? でも、何かこう……適当に祈るとか、気合を入れるとかさ」
「うーぬ……」
ヒミコは腕を組み、渋い顔で悩みつつも、結局はあの時のインチキ祈祷の時のように、両手を天に掲げて「ぬぐぐぐ」と力み始めた。
「ええい、ままよ! 出よ、ワレの真なる力! ……はんにゃらぺったぱ!!」
大草原のど真ん中に、訳の分からないおまじないが響き渡る。
すると――。
「ん? おお!?」
「うおっ!?」
急に、ヒミコの胸の辺りが発光し始めたではないか。
それはギルドの水晶を光らせた時のような、神秘的で強い輝きだった。
「なんだ!? なんか出るのか!?」
まさかの現象にリオは慌てて身構え、ヒミコも「ふはは! ついに奇跡が起きるぞ!」とドヤ顔で胸を張る。
光は徐々に強さを増し、周囲の草花を神々しく照らし出し――。
――――そして、スゥッと収まった。
完全に、収まった。
―――――――
――――
―――
――
―
大草原を、心地よい風が吹き抜けていく。
足元には、先ほどと何一つ変わらない平凡な雑草の群れ。
空にはのどかな雲が浮かび、遠くで名も知らぬ虫の鳴き声がチュンと響いた。
「…………で?」
永遠にも似た沈黙の後。
完全に死んだ魚の目に戻ったリオが、地の底から響くような冷ややかな声で続きを促した。
ヒミコのこめかみを、一筋の冷や汗がツーッと伝い落ちる。だが、彼女は持ち前の謎のプライドで強引に胸を反らした。
「ふ、ふははは! 分からぬかリオ! 今のでワレの身に、大いなる神の加護が宿ったのじゃ!」
「加護? ただ光っただけで、一ミリも変わってないように見えるが」
「馬鹿め! 目に見えるものだけが全てではないわ! 今のワレは、次期女王としての『王の威厳』が通常の百倍……いや、三百倍にまで跳ね上がっておる! ……気がする!」
「気がするだけじゃねえか。で、その威厳とやらでポクルー草は見つかるのかよ」
冷たく吐き捨てるリオ。
その時だった。二人の周囲の草むらが、ガサガサ、ワサワサと不自然に揺れ始めたのだ。
「む!? 見よリオ! ワレの威厳にひれ伏し、草の方から自らワレの元へ集まってきおったわ!」
得意げに笑うヒミコ。
だが、草を掻き分けてヒミコの足元に集まってきたのは、赤い根元の植物などではなかった。
『ゲコォ』
『ジジジジジッ』
『ゲコゲコォ』
巨大な人の顔サイズのカエルを筆頭に、見たこともない奇妙な虫や、巨大なバッタのような生き物たちが、ワラワラと何十匹も姿を現したのだ。
しかもそれらは一切攻撃してくる様子はなく、ヒミコを円く囲むように整列し、まるで偉大なる王を崇めるように平伏している。
「ゲコゲコォ」
「ジジジジジ」
「ギギギ」
「なっ……!?」
「完全に大草原の虫の王みたいになってるぞ。……うわ、めっちゃ集まってくる。気持ち悪ッ!」
リオはドン引きして数歩後ずさった。
足の踏み場もないほどにカエルと虫に囲まれ、崇拝の眼差しを一身に受けるヒミコは、顔面を青ざめさせて悲鳴を上げた。
「ひぃぃぃっ!? 寄るな! ワレの足元に平伏すでないわ! 草じゃ! お前らじゃなくてポクルー草を探しておるのじゃーーっ!!」
半泣きになったヒミコは、たまらずリオの方へ向かって走り出した。
しかし、「王」が動けば、当然「臣下」たちも一斉についてくるわけで。
『ゲコォォォ!』
『ジジジジジッ!』
「ちょっ、おまっ! こっちくるな!」
「ぎゃー! 見捨てるでない! たすけてくれぇぇ!」
「「ぎゃあああああっ!!!」」
迫り来る虫の大群を見て、リオは全力で踵を返し、猛ダッシュで逃げ出した。
その後ろを、気持ち悪い生態系を引き連れたヒミコが涙目で追いかけてくる。
美しい大草原の空に、二人の哀れな絶叫が見事にハモって響き渡った。
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