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5話 すり替え

 

 「こっ、これは!?……なんでしょう、『運否天賦の巫女(ラック・プリーステス)』……?」

 

 こてんと小首を傾げる受付のお姉さん。


 「私、長くここで働いていますが……初めて見る職業適性ですね」

 「聞いたことねえぞ?」

 「なんだなんだ? 新種の伝説職か?」

 

 あの凄まじい発光現象からの、誰も聞いたことがない未知の職業名。ギルド内の冒険者たちが「とんでもない奴が現れたぞ」とざわめき立つ。

 

 その熱狂の中心で、ヒミコはふんすっ、と得意げに胸を反らした。


 「ふははは! 聞くが良い愚民ども! これぞ天に選ばれしワレの力! して、受付の姉ちゃんよ! その『ラック・プリーステス』とやらは、いかほどの絶大な力を持っておるのじゃ!?」

 「えっと……詳細のステータスを読み解きますね。……あー、なるほど。ええと……」

 

 お姉さんは水晶の奥に浮かぶ細かい文字を追いながら、少し言いにくそうに頬を掻いた。


 「『対象の事象に対し、極めて低い確率で神の如き奇跡を起こす。ただし、大半は何も起きないか、最悪の場合予想外のトラブルを引き起こす。すべては……運次第』……だそうです」

 「完全にいつものインチキ祈祷じゃねえか!!」

 

 ギルド内に響き渡る、リオの渾身のツッコミ。

 先ほどまでの「伝説が始まる」といった空気は一瞬にして霧散し、周囲の荒くれ者たちは「なんだ、ただのバクチ職かよ」「解散解散」「可愛い顔して変な恰好しやがって」「ど田舎の勘違いファッションがよ」と呆れ顔で散々悪態をつきながら、元の席へと戻っていった。


 「なっ……! ちょ、待て! これは何かの間違いじゃ! ワレの力がただの運任せなはずが……!」

 

 顔を真っ赤にして水晶をバシバシと叩くヒミコと、完全に遠い目をして現実を受け入れるリオだった。


 「え、えーっと……元気出してくださいね」


 すっかり意気消沈(一人は激怒)している二人に、受付のお姉さんは苦笑いしながら励ましの声をかけ、気を取り直してギルドのシステムについて説明を始めた。

 曰く、登録をすると身分証代わりの『ギルドカード』がもらえること。

 ランクに応じて受けられる依頼の制限はあるが、基本的には自由に仕事を選んで、達成すれば報酬のお金がもらえるというシステムらしい。

 それに、あの水晶で出た職業適性はあくまで現在の目安であり、今後の成長や経験と共に変化することもあるという。あくまで未来の方向性を指し示しているだけだ、と。


 説明を終えると、お姉さんはカウンターの下から小さな金属製のカードを二枚取り出し、俺たちの前に差し出した。


 「こちらが登録完了の証であり、お二人の身分証となる『ギルドカード』です。なくさないように気をつけてくださいね」

 

 受け取ったカードの表面には、不思議と読める未知の文字で、それぞれの名前と先ほど判明したばかりの職業がしっかりと刻まれていた。

 どこの誰かも証明できない素性不明の二人にとって、これはまさに命綱だ。リオは無くさないよう、慎重に服の懐へとしまい込む。ヒミコも不満げに鼻を鳴らしながら、自分のカードを帯の間にねじ込んでいた。


 「なるほどな……。あ、いいですか?」

 

 一通り説明を聞き終えたリオが、静かに手を挙げた。


 「はい、なんでしょう?」

 「さっきスルーしちゃったんですけど、『属性』とか『魔力を付与』って何ですか?」

 「…………はい?」

 

 お姉さんが、本日二度目のこてん、と首を傾げた。

 しかし今回は可愛らしい仕草というより、心底理解できないといった顔だ。


 「あの……魔力ですよ? 炎を出したり、水を生み出したりする、あの魔力です」

 「いや、見たことも聞いたこともないです」

 

 邪馬大国の住人であるリオからすれば当然の回答なのだが、一点の曇りもなくキッパリと言い切るリオに、お姉さんは数秒フリーズした。そして、ハッと何かに合点がいったようにポンと手を打った。


 「―――ヤマタイコク……なるほど。ずいぶんと遠い(田舎)ところから来たのですね」

 

 2人がかいた書類に目を通しながら完全に「常識も知らない可哀想な田舎者」を見る目になったお姉さんは、まるで小さな子供に教えるように優しく微笑んだ。


 「魔力というのは、誰もが持っている目に見えない力のことです。リオさんの『弓術士』なら、たとえば矢に『炎』の属性を乗せて放てば、火をつけなくても燃える矢が撃てたりするんですよ」


 「なっ……なんだそれ!?」

 「ワレの『運否天賦』よりよっぽど凄そうではないか! ズルいぞリオ!」

 

 悔し紛れに水晶をガンガンと叩くヒミコ。すると、お姉さんはにっこりと美しい営業スマイルのまま、冷ややかな声を落とした。

 

 「……それ以上ギルドの備品を叩くなら、損害賠償を払っていただきますよ?」

 「ッ!」

 

 無一文という圧倒的弱者の現実を突きつけられ、ヒミコはピタリと手を止めて直立不動になった。

 すかさずリオが会話を引き継ぐ。


 「あ、あの……ちなみに『邪馬大国』って場所、ご存じですか?」

 「ええと……」

 

 お姉さんは少し申し訳なさそうに眉を下げた。


 「すみません。まったく分かりません」

 「そう、ですか。……この辺り一帯の地図って、あったりしますか?」

 

 ◇

 

 案内されたのは、ギルドの奥にある資料室と呼ばれる静かな部屋だった。

 古い羊皮紙とインクの匂いが漂い、壁一面の巨大な棚には分厚い書物や巻物が所狭しと並んでいる。


 「こちらが、現在判明しているこの大陸の全体図です」

 

 そう言って、お姉さんが部屋の中央にある大きな木の机に広げたのは、一枚の巨大な地図だった。

 海と陸地、巨大な山脈や森、そして国境線が細かく描き込まれている。

 リオとヒミコは身を乗り出し、食い入るようにその地図を見つめた。

 自分たちが住んでいた邪馬大国。あるいは、その周辺の海や、見覚えのある地形の形。少しでも自分たちの知る世界の欠片がないかと、目を皿にして必死に探した。

 

 しかし。

 

 端から端までなぞるように見渡しても、そこにあるのは完全に未知の地形だった。

 海岸線の形も、山脈の位置も、点在する国の名前も、何から何までまるでデタラメ。どう好意的に解釈しても、自分たちのいた「邪馬大国」に繋がるような地理的特徴は、ただの微塵も存在しなかったのだ。

 冷や汗が背中を伝う。

 ここが「遠い異国」などではなく、自分たちの常識が一切通用しない「全く別の世界」であるという事実を、これ以上ないほど残酷な形で突きつけられた瞬間だった。

 

 「読み終わりましたら戻してくださいね」

 そういうと、業務があるからと帰って行った


 「……おいおい」


 リオの口から、乾いた笑いと共に、ひきつった声が漏れた。

 いつもの邪馬大国の中央広場にいたはずが、突然視界が眩しくなったかと思えば、気づいた時には見渡す限りの大草原のド真ん中。ヒミコのくだらないインチキ神頼みをスルーして、なんやかんやで歩き続け、ようやく辿り着いた全く知らない街。

 改めて今日一日の異常な出来事を振り返り、リオは一つの最悪な仮説に行き着いた。


 「もしかして俺たち……死んだのか?」

 「何を不吉なことを言っておる?」

 

 心底不思議そうに首を傾げるヒミコに、リオは地図をバンバンと叩きながらまくしたてた。


 「だって普通に考えてみろよ! 俺たち、さっきまでいつもの広場にいたんだぞ? それがあの一瞬の閃光のあと、いきなり何もない草原に立っていた。歩いて国境を越えたわけでもないのに、だ。それだけでも絶対におかしいだろ!」

 「むー……」

 「それに、さっきのギルドの登録用紙だ。見たこともない奇怪な文字が、なぜかスラスラと読めた。俺たちのいた地域は、近隣国も含めて文字が統一されていたはずだ。それ以外の国の文字なんてあり得ないし、ましてや知らない文字の意味が勝手に頭に入ってくるなんて……」


 リオはガシッと頭を抱え、さらに声を震わせた。


 「つまりここは、俺たちの常識が一切通用しない場所……下手したら、あの世とか冥界の類いなんじゃないかってことだ」

 

 深刻な顔で絶望の淵に沈むリオ。

 しかし、そんな彼に対し、ヒミコは至極真面目な顔で堂々と言い放った。


 「あの『カッチュ丼』は美味かった」

 「……いや、マジで美味かったけど。今その話いる?」

 

 斜め上すぎる返答に、思わず素で同調してからツッコミを入れるリオ。

 ヒミコはやれやれと肩をすくめ、呆れたような目で真っ直ぐにリオを見つめ返した。


 「あのなぁ、リオよ」

 「な、なんだよ……」

 「男のお前がそんなめそめそしてどうする? 死んだだの冥界だのと言うが、あの世であんなに美味い飯が食えるわけがなかろう。考えた所で、今はどうしようもない。ならば、あの料理人の言っていた通り、とりあえず金を稼ぎながら、何とか元の国に帰る手がかりを探すで良いではないか」


 「いや、そもそもアイツ料理人じゃなくて、尋問官だからな?」

 

 尋問官の兄ちゃんが、ヒミコの中ですっかり「美味しいご飯を作ってくれた料理人」にジョブチェンジしている。


 「勝手に悲観して、勝手に絶望するのはお主の勝手じゃが、ワレを巻き込むな」

 「――いやいや待て! お前の謎の雨乞いとか、あのインチキ神頼みが俺を巻き込んで、今この状況がある気がしてならないんだが!?」

 「ふん。そのワレの導きがあったおかげで、あんなに美味いカッチュ丼が食えたんじゃろうが。感謝せい」

 「どんだけカッチュ丼に引っ張られてんだよ!!」

 

 まったく反省の色がない(どころか恩着せがましい)ヒミコの態度に、リオの絶望とパニックは、行き場のない怒りへと上書きされていった。

 だが不思議なことに、このふざけたやり取りのおかげで、先ほどまでの「死んだかもしれない」という得体の知れない恐怖は、すっかりどこかへ吹き飛んでしまっていた。


 

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