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4話 適性


 「ここ……か?」

 

 尋問官の兄ちゃんが言うには、「看板に特徴的な絵が描かれているからすぐわかる」とのことだった。

 確かにその通りだった。建物の正面には、鉄の剣と分厚い盾を交差させたような、いかにも物騒で無骨な看板がデカデカと掲げられている。

 

 だが、その看板を見上げる俺たちの背中には、通りを行き交う街の人々からの奇異の視線がビシビシと突き刺さっていた。

 

 まるでどこか遠くの見知らぬ土地から来た不審者を見るような目だ。あの尋問官はここを『ミストガル王国の端』だと言っていたが、俺たちは未だに自分たちが本当に別の国に飛ばされたなんて信じきれていない。

 ただ一つ確かなのは、俺とヒミコの最先端(という名の奇抜)なアレンジ民族衣装が、この街でも圧倒的に浮きまくっているという事実だけだ。痛い、視線が痛すぎる。

 

 ギィッ、と。

 

 前後にパタパタと開く簡素な木の扉を押しのけて中に入る。

 そこは天井が高く広々とした空間だった。昼間だからか、数人の物騒な出で立ちの者たちが気怠げに座っているだけで、なんだかどんよりと静まり返っていた。

 勝手がわからず、どこへ行けばいいのか二人で入り口付近で戸惑っていると――。


 「おい」

 「「!?」」

 

 入り口の死角になっていて気づかなかったが、すぐ後ろから低い声で呼び止められた。

 振り返ったリオの心臓が、ヒュッと縮み上がる。

 そこには、筋骨隆々という言葉に服を着せて歩かせたような、丸太のような腕を持つ巨漢が立っていた。顔には無数の傷跡があり、控えめに言って「絶対に過去に最低一人はやってるだろ」と確信してしまうほどの凶悪なコワモテである。


 「なっ、なんだ!?」

 

 見下ろしてくる眼光の鋭さに、リオは思わずビビって数歩後ずさった。

 だが、隣に立つ少女は違った。


 「なんじゃ」

 「おっ、おい!?」

 

 まるで自分の城の庭でも歩いているかのように、ヒミコは腕を組みふんぞり返り、堂々とした態度で巨漢を真っ直ぐに見返したのだ。その姿は一切の怯えを知らない。無知ゆえの強さか、それともただのアホなのか。


 「ほぉ?」

 

 威圧感たっぷりの自分に対して、一歩も引かない極彩色の小娘。

 ヒミコのその堂々たる振る舞いに、巨漢の口元が面白そうに歪んだ。そして、凄みのある低い声でこう言い放った。


 「……おまえらもまた、新たなさまよえる旅人か?」

 「「はぁ?」」

 

 あまりにも唐突で、意味不明な問いかけに、ヒミコとリオの素のリアクションが見事にハモった。

 

 「……みえる、お前らの中の熱き魂の輝きがよ……」

 「「………」」

 「ほら、行け。お前らの、伝説の幕開けの産声は、一番窓口だ」

 

 ビシッと、これ以上ないほど様になるポーズで奥のカウンターを指差すコワモテの巨漢。

 そして「ふっ……先が楽しみだぜ」とニヒルな笑みを言い残し、立ち去ろうとした――その瞬間。


 『スパーンッ!!!』

 「いっでぇぇぇっ!?」

 

 どこからともなく飛んできた『丸めた分厚い書類』が、巨漢の後頭部にクリーンヒットした。

 

 「ちょっとガルドさん! また新人の子捕まえて、その痛いセリフ言ってるんですか! 気味悪がられるからやめてっていつも言ってるでしょ!」

 

 奥のカウンターから、呆れたような、しかし凛とした女性の怒声が響き渡る。


 「い、痛えなリーナちゃん! 別にいいじゃねえか、ベテランっぽくてカッコいいだろ!?」

 「全然カッコよくないです! 営業妨害なんであっちで大人しくしててください!」

 「チッ……!」

 

 先ほどまでの恐ろしい威圧感など見る影もなく、巨漢はそそくさとギルドの隅っこへと逃げていった。

 

 「……何だったんじゃ、あやつ」

 「わ、わかんねえけど……めちゃくちゃ怒られてたな」

 

 ただの『カッコつけたいだけの痛い常連客』だった巨漢へのツッコミを飲み込み、男が指し示した『一番窓口』へと向かう。

 

 「ようこそ、冒険者ギルド・ファストール支部へ!」

 

 カウンターの向こうからパァッと花が咲くような笑みが向けられた。リオから見れば思わず見惚れてしまうような、大人の魅力あふれる綺麗なお姉さんだった。

 

(えっ、なにこの人、めっちゃ綺麗……)

 緊張でリオの喉が鳴る。

 

 身分証はおろか、一銭も持っていない2人。あの尋問官の兄ちゃんが「ギルドで登録すればそれが身分証代わりになるから、とりあえず行け」と言っていたので素直に来てみたものの、正直右も左も分かっていない。


 「あっ、えーと……その」

 「ふふっ、もしかして登録ですか?」

 

 綺麗な顔で見つめられ、しどろもどろになるリオの意図を察したのか、お姉さんが小首を傾げてにこっと微笑む。

 

 「あ、そうです」

 「分かりました。それでは、こちらの用紙に必要事項のご記入をお願いします」

 にこやかに差し出されたのは、少しザラザラとした質感の粗い紙だった。


 受け取ったリオとヒミコは、そこに並んだ文字列に目を落とし――同時に固まった。


 「……む?」

 「おい、これ……」

 「なんじゃこの、ミミズがのたうち回ったような文字は」

 

 そこに書かれていたのは、二人のまったく知らない、奇怪な象形文字のような記号の羅列だった。

 読めない。いや、読めないはずなのだ。それはいい、良くはないが仕方ない。だが、本当に良くない異常な現象が二人の脳内で起きていた。


 「読める……。だけど俺、こんな文字習った覚えなんて一度もないぞ……?」

 

 視覚的には完全に「未知の図形」であるにもかかわらず、脳が勝手にその意味を変換してくるのだ。

 奇妙な文字列の横には、それぞれ『名前』『年齢』『出身地』『得意武器』『希望ポジション(前衛・後衛)』といった項目が、まるで母語であるかのようにすんなりと理解できた。


 「俺たちの使ってる文字とは全く違うな……」

 「うむ。意味が頭に直接流れ込んでくるような、なんとも気味が悪い感覚じゃ」

 

 あまりの不可思議な現象に、二人は顔を見合わせた。

 用紙を持ったままフリーズしている二人に、受付のお姉さんが心配そうに覗き込んでくる。


 「どうかされましたか? もしかして、文字、読めませんか? 代筆も承りますよ?」

 「あっ、ああ! い、いや、大丈夫です! 読めるます! 書けるます!」

 

 至近距離から向けられた美人のお姉さんの心配顔と、謎の現象によるキャパオーバーで、リオの口から絶妙にダサい言葉が飛び出した。

 職業欄なんて無いのに勝手に『職業:女王』と書き足そうとするヒミコを必死で阻止しつつ、何とか記入を終えて用紙を提出すると、受付のお姉さんはカウンターの下からソフトボール大の透明な玉を取り出した。


 「では、お二人とも順番にこちらの水晶に手を添えてください。ご自身の『適性』がわかりますので」

 「適性? よくわからないけど、んじゃ俺から」

 

 言われた通り、リオがペタッと水晶に触れる。

 すると、透明だった玉の奥から、ふわりと淡い青色の光が漏れ出した。


 「うぉ!?」

 

 ただの石が突然光ったことに驚いて手を引っ込めそうになるが、お姉さんがにこっと微笑む。


 「はい、もう大丈夫ですよ」

 

 光の瞬きを読み取ったのか、彼女は手元の書類にスラスラとペンを走らせた。


 「ええと、リオさんの適性は……『弓術士』ですね」

 「きゅうじゅつし?」

 「はい。ただの弓の腕前だけでなく、放つ矢に魔力や属性を付与できる才能です。後衛として非常に重宝されますよ」

 「……はぁ」

 

 魔法やら属性やら、いまいちピンとこないリオは気の抜けた返事をするしかない。だが、綺麗な女性に褒められている気配だけは感じて、少しだけ悪い気はしなかった。


 「では、次はこちらの……ヒミコさんですね。手を添えてください」

 「うむ! ワレの真なる力、とくと見るが良い!」

 

 自信満々にふんぞり返ったヒミコが、大仰な動作で水晶に両手をバシッと押し付けた。

 

 ――次の瞬間。

 

 カッ……!!!

 リオの時のような「ふわり」とした光ではない。

 どんよりと薄暗かったギルドの空間を一瞬で真っ白に染め上げるほどの、強烈で暴力的な閃光が放たれた。まるで水晶の中に小さな太陽が生まれたかのような、目を覆いたくなるほどの異常な輝きだ。

 

 先ほどまで気怠げに座って談笑していた荒くれ者たちも、「なっ、何だ!?」「敵襲か!?」「目が、目がぁぁっ!」と慌てふためき、椅子から転げ落ちて大パニックに陥っている。


 「なっ、なんじゃこりゃあ!?」

 「目ぇ潰れるっ!!」

 

 自分が出した光のくせにヒミコ自身が悲鳴を上げ、リオは慌てて腕で顔を覆う。

 やがて強烈な光の波が収まった後。カウンターの向こう側で目を丸くしていた受付のお姉さんは、先ほどまでの余裕のある営業スマイルを完全に崩し、素っ頓狂な声を上げた。


 「こっ……これは!?」



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