3話 涙目の次期女王
ガチャン、と鉄格子が開けられ、二人が連行されたのは無機質な石造りの部屋だった。
中央に置かれた質素な木の机。その向こう側で、いかにもお役所仕事に疲弊しきった顔の尋問官が、羊皮紙の調書に羽ペンを走らせながら深く、深いため息をついた。
「はぁ……。あのねぇ、お嬢ちゃん。そういう『お姫様ごっこ』が許されるのは、せいぜい十歳までだよ。どこぞの貴族に見初められて玉の輿に乗って、女王様にでもなりたいって夢を見るのは勝手だけどさ」
尋問官の視線は、反逆者や不審者を警戒するようなものではなかった。完全に『痛い妄想をこじらせた可哀想な田舎の子供』を見る、哀れみと親心に満ちた生温かいものだった。
「門の前で堂々と『私が女王だ』なんて言ったら、そりゃあ衛兵だって捕まえるしかないんだから。どこの田舎から家出してきたのか知らないケド、お外で二度とそんな恥ずかしいことは言わないようにね」
ピキピキとヒミコの額に青筋が増えていくのをよそに、尋問官は隣で死んだ魚の目をしているリオへ顔を向けた。
「で? 君はこの子の……え? 幼馴染? じゃあさ、ちゃんと現実を教えてあげるのも友人としての役目じゃない? 彼女のこの『設定』、普段から止めてあげなよ。そうでしょ? まったく……」
保護者に同情するような、呆れ交じりの説教。
王族としての誇りを根底から「ただのイタいごっこ遊び」と否定され、ヒミコの我慢は限界に達した。顔を真っ赤にして机から身を乗り出す。
「わっ、ワレは設定などではない! れっきとした次期女王――」
「ハイ! だからソコ!! それ!」
バンッ! と。
今日一番に目を見開いて、尋問官が机を激しく叩き、ヒミコの言葉を遮った。
「ねえ、演じるのは個人の自由だから良いんだけどさ! 時と場所を考えようか、せめてね!? ここ、尋問室だから! 調書の職業欄に『女王』って書くの? 後で俺が読み返した時、『あーそういえば今日、女王きたなーw』じゃないんだから! わかった?」
正論という名の物理攻撃を食らい、プルプルと震えるのを通り越して完全に涙目になるヒミコ。
それを見たリオは、さすがに可哀想になってきた。いつもはふんぞり返っている彼女が、ここまで木っ端微塵にプライドをへし折られるのは初めて見る。最初は「良い薬になるだろう」と放置していたが、さすがに不憫すぎた。
「……すみません。俺からもよく言っておきます。ちょっと大草原を歩きすぎて疲れちゃって……早く街の中に入りたくて、ついああいう突飛な行動を起こしちゃったんだと思います」
リオはぺこりと深く頭を下げ、必死に作り笑いを浮かべてフォローに入った。
「あー、そう。たまにいるんだよね、田舎から来てテンション上がっちゃう子。まあ、門を通るのも時間かかるし、疲れて頭がおかしくなっちゃったんでしょ。今回は厳重注意で終わらせてあげるから、もう迷惑かけないようにね」
「ありがとうございます、本当に助かります。……それと、最後にもう一つだけお聞きしたいんですが」
「ん? なんだい?」
「ここ、どこですか?」
ぴたり、と。尋問官の羽ペンが止まった。
彼は「は?」という顔をした後、この世の終わりのような深い絶望の表情を浮かべた。
『お前もか』と。
『ここはどこ、私は誰? ってやつ? あのさぁ、そういう設定はもうお腹いっぱいなんだけど』
尋問官の顔にはっきりとそう書いてあった。完全に「痛い子その2」を見る目である。
だが、大真面目に――本気で、マジで何処か分からず切羽詰まった表情で尋ねるリオの必死な目つきを見て、尋問官は渋々といった様子でこの場所の情報を教えてくれたのだった。
◇
「なんじゃ!? なんなんじゃ! あやつはーっ!」
無事に釈放され、街の大通りに出るなり、ヒミコはプンスカと両腕を振り回して地団駄を踏んだ。
「ワレを捕まえるばかりか、あのような小馬鹿にした目で説教するなど……! ギギギ、絶対に許さんぞ!」
「まぁしょうがないだろ。……聞いたろ? さっき、ここが何処かって」
宥めるように言うリオの言葉に、ヒミコの動きがピタリと止まる。
「むっ……。まぁ、そうじゃが……」
ヒミコは不満げに唇を尖らせつつも、反論の言葉を飲み込んだ。
改めて周囲を見渡せば、石畳の敷かれた広い通りに、レンガや石で造られた立派な建造物が立ち並び、行き交う人々は活気に満ちている。どう見ても自分たちの知る見慣れた景色ではないのだから。
「『ファストール』だったか? なんじゃそれ! 冗談はあの長ったらしい説教だけにしてほしいのじゃ! グギギギギ! ……それにしても、なんじゃあの最後に出てきた『カッチュ丼』とかいう舐め腐った名前の食べ物!!! ……あれはめちゃくちゃ美味かった」
「うん、あれはマジで美味かったな……あいつの手作りってところは引っかかるが」
説教の最後、派手に腹の虫を鳴らした二人に呆れた尋問官が、「故郷の親を泣かせるんじゃないよ」とかなんとか言いながらご馳走してくれた謎の丼モノ『カッチュ丼』。なぜか妙に手慣れた様子で自ら手作りして差し出されたその一杯の甘辛い味付けは、二人の胃袋を完璧に掴んでいた。
尋問官から聞いたこの街の名前は『ファストール』。
広大な『ミストガル王国』の端にある辺境の街だと言う。
残念ながら、二人ともそんな国、今まで一度も見たことも聞いたこともない。邪馬大国周辺の地理とは完全に切り離された、正真正銘の未知の領域だった。
「で、腹は膨れたとして……あの尋問官の兄ちゃん、『冒険者ギルド』に行けって言ってたな」
所持品検査の際、二人揃って見事なまでの無一文であることが発覚した時の、あの青年の顔を思い出す。
『逆に、よく一銭も持たずに大草原を越えてここまで来れたね!?』と、呆れを通り越して、もはや奇跡の生還者を見るような目で深く感心されてしまったのだ。
とりあえず、身寄りもなく寝床もない俺たちが、この街で日銭を稼ぐにはその『冒険者ギルド』とやらを頼るのが一番手っ取り早いらしい。
「うむ! よくわからんが、要はそこでワレのインチキ……ごほん、奇跡の祈祷を見せつければ、金銀財宝がガッポリもらえるというわけじゃな」
「絶対そんな甘い場所じゃないと思うぞ……」
鼻息を荒くするヒミコに嫌な予感しか覚えないリオだったが、大人しくその「冒険者ギルド」なる未知の施設へと向かうしかなかった。




