2話 全軍突撃!
「どーちーらーにーしーよーおーかーのーウェイウェイウェイ」
前後ならぬ上下左右。独自のオリジナル神頼みで行き先を決めるヒミコ。当然ながら上は空で下は地面のため、実質二択である。
「ヒミコお前……まあどうでもいいか。にしてもマジで何処だ此処? 見たことないぞ?」
邪馬大国近辺は、小さい時から散策しきった自負がある。それに、さっきまでいた場所は街の中央広場だ。正直、何が何だか良く分からない。
「案ずるなリオよ。神の指し示す場所に行けば、自ずとわかるってもんじゃ」
ビシッとドヤ顔で右を指し示すヒミコ。
「それが世の摂理。否。理よ」
「……お前がインチキしたから、アマテラス様が怒ったんじゃないのか?」
リオがジト目で睨み付けると、ヒミコは誤魔化すようにそっぽを向いた。
「うるさいのじゃ! さぁ、行く先は決まった」
そう言いながら、ヒミコはずんずんと歩き出す。
見渡す限りの大草原だ。地平線の端っこに何か人工物でも立っていてくれればいいのだが、見事なまでに何もない。リオは深くため息をつき、仕方なく彼女の背中について行くことにした。
――歩き進めること、一時間余り。
「……おいヒミコ。全然何もないじゃないか」
「あ、案ずるな! ワレの直感によれば、あと三百五十歩くらい歩けば、激アツなオアシスか街かなんかの気配が出るはずじゃ!」
「その三百五十分の一みたいな確率、さっきから天井知らずで外れ続けてるんだが!」
「う、うるさいっ! そろそろ赤い鳥とか群れで飛んでくる前兆があるはずなのだ!」
「どんな鳥だよ!」
いつもは強気なヒミコも、照りつける日差しと終わりの見えない草原にすっかり精気を吸い取られ、今にも地面に溶けそうなほど涙目になっていた。それに付き合わされるリオの額にも、ピキピキと青筋が浮かんでいる。大草原での不毛な行軍は、ただただ二人の体力と気力を削り取っていく。
そして――
「おっ?」
ふと、リオが足を止めた。
何もない平坦な視界の端、遠くの地平線に薄く土煙が上がっている。
「馬車……か?」
目を凝らすと、木箱に車輪を付けたような無骨な乗り物がいくつか、連なって同じ方向へ駆けていくのが見えた。行き交うものがあるということは、あの先には必ず目的地があるということだ。
「近いな! 見よリオ、やはりワレの神頼みが効いたのだ!」
さっきまでの疲労困憊はどこへやら。パァッと顔を輝かせたヒミコは、途端に現金な足取りでスタスタと歩く速度を上げた。
そして――
馬車の轍を追って進むうちに、殺風景だった草原には徐々に道らしき踏み跡が現れ、周囲には同じように街道を歩く人々の姿が増えていった。
やがて二人の視界を覆うように、巨大な建造物が姿を現した。
高くそびえ立つ堅牢な石造りの外壁と、多くの人々を飲み込んでいく巨大な街の門。
「おー……すげぇデカい。ってか、マジでうちの国にこんな場所あったか?」
見上げるような圧倒的な門構えに、リオは首を傾げた。邪馬大国にも石造りの建物はあるが、自分たちの知る街並みとは明らかに規模も雰囲気も違う。まるで、似て非なる別の場所に迷い込んだかのようだ。
だが、隣に立つ少女の瞳には、不安よりも根拠のない自信が燃え上がっていた。
「さぁ? じゃが行かないという選択肢はない! 全軍! 突撃!」
「おいっ、ちょ!」
全軍と言っても二人しかいないのだが、ヒミコは見事な足取りでずんずんと門へ向かって突き進む。彼女の目には、門へと続く長い入城待ちの行列など一切映っていなかった。
だが――
「おいガキ! 割り込むんじゃねえ!」
「後ろに行け、後ろに!」
「なんだその変な格好! 可愛い嬢ちゃんかと思ったが、その変な恰好でプラマイゼロだ!あっち行け!」
並んでいた商人や旅人たちから、容赦のない野次の嵐が飛ぶ。当然である。長蛇の列の最前列に、極彩色の奇抜な衣装を着た不審な小娘が堂々と横入りしようとしたのだから。
…………。
……。
数分後。
トボトボと、見事なまでに肩を落として列の最後尾(リオのいる場所)まで戻ってきたヒミコは、ぽつりと呟いた。
「……怒られたのじゃ」
リオは本日何度目かわからない、深く重いため息をついた。
「それと、変な格好って言われたのじゃが!?」
「いや、俺も薄々そうじゃないかとは思ってたんだよなぁ……」
改めて列の周りを見渡してみる。
並んでいるのは、分厚い獣の革で作られた防具を着込んで腰に鉄の剣を提げた、まるでこれから戦にでも行くような物騒な荒くれ者や、大きな荷馬車を引く実用性重視の商人風の者ばかりだ。
いわゆる邪馬大国でお馴染みの、質素な麻布の民族衣装を着ている奴など一人もいない。
そんな中で、ヒミコとリオはそれをさらにアシンメトリーに切り飛ばしたり、極彩色に染め上げたりした最先端のファッションだと自負していたわけだが……。ただの民族衣装でも浮くというのに、奇抜なアレンジを加えている分、もはや異次元レベルで悪目立ちしていた。
「逆に言うと、この場所においては俺たちの方が完全に『ヤバい格好の奴ら』なのかもしれなくね?」
「……マジでここ、どこなんじゃ?」
ふむ、と。
ヒミコは腕を組み、今更すぎる疑問にぶち当たり、深刻そうな顔で考え込み始めた。
大人しく最後尾に並んでいると、前方の門の入り口付近で、槍を持った兵士たちが並んでいる者たちへ順に聞き取りをしているのが見えてきた。
前の方から漏れ聞こえてきた範囲では、どうやら出身地や、この街を訪れた目的などを確認しているらしい。
「……おいヒミコ。まずいぞ」
「なんじゃ、騒々しい。ワレは今、今日の夕飯を何にするかという重大な思案の最中……」
「現実逃避してないで前を見ろ! あいつら、出身地とか目的を聞いてるぞ。俺たち、どこの誰だか証明できるものなんて何一つ持ってないじゃないか!」
邪馬大国の広場から突如飛ばされ、文字通り着の身着のままの二人である。当然、この見知らぬ国で通用する通行証や身分証など持っているはずもない。
焦るリオだったが、ヒミコは何故かものすごく冷静に、真っ直ぐリオを見つめ返した。その瞳にはいつものふざけた色はなく、上に立つ者特有の静かな威厳すら漂っているように見えた。
「なんじゃそんな事か。ワレに任せよ」
「……ヒミコお前……なんか頼もしいな」
「さすがにこの状況じゃ。ワレだって真剣に考えるべきところは考える。権力者に物を言う時、一番重要なのは何かわかるか? それは『圧倒的な自信』と『ハッタリ』じゃ。相手に少しでも隙を見せれば足元を掬われる。ここはワレの王族としての見事な外交手腕を見せてやろう」
「おぉ……! ちょっと見直したかもしれない、よろしくお願いします!」
「うむ!」
リオは密かに感動していた。そうだ、こいつはいつもインチキばかりしているが、腐っても次期女王候補なのだ。いざという時はやる女なんだ、と。
「次! ――うん? お前たち、随分と見慣れない格好だな。どこから来た?」
順番が回り、コワモテの兵士が怪訝そうな顔で二人をねめつける。
リオが息を呑む中、ヒミコはふっと不敵な笑みを浮かべ、堂々と一歩前に出た。そして、大きく息を吸い込み――。
「ワレは邪馬大国次期女王・ヒミコである! 雑兵よ! 道を開けるがいい!」
◇
ガチャン!!!
無情にも、極太の冷たい鉄格子が閉まる音が、薄暗い石造りの空間に響き渡った。
見知らぬ街の牢屋に、即行――ものの数分でぶち込まれた二人。そこには、先ほどの陽光とは打って変わって、カビ臭い空気とひんやりとした絶望感が漂っていた。見知らぬ土地に来てから、まさかの最速投獄である。
「何故じゃ!?」
鉄格子をガシャガシャと揺らしながら、本気で納得がいっていない様子のヒミコが叫ぶ。
「あんなに完璧な名乗りを上げたというのに! 普通なら『ははぁーっ!』と土下座して道を開ける流れであろうが!」
「……」
「おいリオ! 何か言ってやらんか! あやつら、ワレのあまりのカリスマ性に恐れをなして閉じ込めたに違いない!」
「はぁ…………」
壁際に膝を抱えて座り込んだリオは、もはやツッコミを入れる気力すらなく、本日最大級の、魂の底から絞り出すような深いため息をついた。
その瞳からは、完全に光が失われていた。




