1話 インチキ祈祷師
「ぅ、うーん……ん、ぁあ?」
ゆっくりと重いまぶたを開ける。
だが、覚醒したばかりの瞳に映ったのは、見知った自室の天井ではなかった。どこまでも続く青々とした草の海。光の当たり具合で青みがかって見える黒髪が風に揺れるのを押さえながら、少女――ヒミコは呆然と呟いた。
「……なんじゃ、ここは。ワレのふかふかの寝所はどこへいったのだ?」
その横には、この大草原にまったくふさわしくない違和感の塊が転がっている。
幼なじみのリオが、幸せそうに爆睡していた。
「おい、起きろ」
思いっきり蹴飛ばす。
幼なじみに手加減は不要。無慈悲なつま先が、リオの脇腹にクリーンヒットした。
「いだぁっ!?」
同い年の気安さからか、跳ね起きたリオの視線はどこまでもジト目である。
「――ってぇ。なにすんだ!」
「ワレが起きているのだ、その前に起きろ」
暴論である。
ふんぞり返るヒミコが纏っているのは、伝統的な貫頭衣をベースにしつつも、あちこちを極彩色に染め上げ、さらに裾をアシンメトリーに大胆に切り飛ばしたキテレツな衣装だ。腰にはジャラジャラと色鮮やかな勾玉が、数千年先の文化から持ってきた飾りのごとくぶら下がっている。
対するリオも、麻のチュニックを数世紀先をゆく洗練されたシルエットで着崩していた。
原始的かつ、未来の流行を先取りしすぎた二人の姿は、見渡す限りの大自然の中ではただの『場違いな不審者』でしかなく、見事に浮きまくっていた。
「いやっおまっ……いや、どこだここ?」
怒りを引っ込めて辺りをキョロキョロ見回すリオは、やがて呆れたようにヒミコを見た。
「ヒミコ……お前、雨乞いの祈祷中に何をやらかしたんだ?」
「人聞きの悪いこと言うでない! ワレはただ、民の期待に応えようと気合を入れただけじゃ」
言い返しながら、ヒミコは少しだけ目を逸らす。
事の発端は、次期女王の座を確実なものにするため、彼女がせっせと稼いでいた「奇跡(という名のインチキ)ポイント」にあった。
◇
一ヶ月前。
「ヒミコ、それにミナト。これよりお前たちのどちらかに、この邪馬大国の王の座を譲ることにした。その後、余は全王としてお前たちを支える。王になるためには、大前提として民からの信頼を勝ち取らなければならない。余は、お前たち姉弟がこれからの一年間で、どれだけ民の信頼を得たかで判断する」
2人の目の前、一段高い玉座に座るこの男こそが、国の頂点に君臨する大王ヒョウガである。
四十代という年齢にふさわしい深い渋みと、他を圧倒するような威厳を纏った美丈夫。切れ長の涼やかな瞳と整えられた顎鬚、そして二人を静かに見下ろす威風堂々たる姿は、まさに国を背負うカリスマそのものだった。
「なっ! 父上、普通に考えて、先に生まれたワレが女王になるのではないのじゃ!?」
アホ毛をピンと立てて抗議の声を上げる。
「この国において、長子が王になるのが習わしではある。もちろん、余もそのつもりではあった」
「ではなぜじゃ!?」
「……ヒミコ。お前は気づかれていないと高をくくっているのかもしれんが、勉学をおろそかにして遊び呆けていることは既に知っている。何より、教育係の爺を飴玉一つで買収できると思ったのは大きな間違いだ。毎度毎度、そのたびに報告が来ているぞ。その程度で懐柔できるほど、あの爺は安くない」
「ぐっ、爺め! 密告するとは卑怯な……ワレの特製飴玉を食っておきながら!」
痛いところを精確に突かれ、ヒミコが言葉を詰まらせる。すかさず、横にいた銀髪の可愛らしい少年が一歩前に出た。
「お任せを父上! ボクは臣民の信頼を勝ち取り、必ずや次期王になってみせます」
「うむ、頼もしいぞミナト」
◇
謁見の間を出た後、ミナトはヒミコを呼び止めた。
「姉さん。今回ばかりは譲らないからね。ボクが王になって、姉さんのその『なんとかなるでしょ』っていう甘い考えを、根底から叩き直してあげるよ」
「ふんっ! 言わせておけば! ワレにだって、王としての資質……いわゆる『カリスマ』というやつがあるのじゃ!」
「へぇ、それって『インチキ』の間違いじゃないの?」
「うるせえのだクソガキ」
「姉さんだってガキじゃん。ふふんっ。まあ、せいぜい頑張ると良いよ」
キラキラした笑顔でこれ以上ないほど腹立つドヤ顔を決め込む弟を背に、ヒミコは一人になって考え込んでいた。
「んむむ。どうすれば手っ取り早く民の信頼を得られるかのう……」
ふと、街中を歩いていると、地面に這いつくばって荷物を漁っている老人を見かけた。
「おぬし、どうしたのだ?」
「ありゃ、これは姫様!? いや実は、大事な手ぬぐいが見当たらなくてですの」
「そうか…………ん? 待てよ?」
ヒミコの脳内に、悪魔的な閃きが舞い降りた。口元に邪悪な笑みが浮かぶ。
(失せ物を見つけてやれば感謝される……ならば、自分で隠して自分で見つけてやれば、無限に感謝されるのでは!? 信頼と感謝の永久機関……!)
それからのヒミコの行動は早かった。
◇
「おい! 起きろ!」
「……ふごォ!?」
深夜。
すやすやと眠っていたリオは、腹部への強烈なダイビング・ボディプレスによって強制的に現実に引き戻された。
「げほっ、ごほっ……! な、なんだ!? 敵襲か!?」
「静かにしろバカ者。親が起きるじゃろうが」
「お前が夜中に人の部屋の窓から不法侵入してきて腹にダイブしてきたからだろ!? 何時だと思って……ていうか、なんだその格好」
月明かりに照らされた幼馴染の姿を見て、リオは呆れ果てた。
ヒミコは頭に黒い手ぬぐいを巻き、口元を布で覆い、手には無駄に大きな唐草模様の風呂敷を握りしめている。どう贔屓目に見ても古典的な泥棒だった。
「ふはは。よくぞ聞いた! 今からワレの輝かしい伝説の第一歩を刻むのじゃ!」
「……嫌な予感しかしないんだけど」
「いいか? 今から民家に忍び込み、イイ感じの大事そうなものをこっそり盗み出す」
「お前、次期女王どころかただの犯罪者になり下がったのか?」
「最後まで聞け! 盗み出した後、翌日とかに祈祷と言う名のやらせで、『アマテラスに祈って失せものを探し出す』と言って見つけるんじゃ!」
えっへん、と胸を張るヒミコ。
「名付けて『自作自演・名声荒稼ぎ大作戦』じゃ! 完璧じゃろ!」
「――完璧なクズの思考じゃねえか!!」
「声が大きい!」
深夜の部屋で、必死に声を殺しながらの激しい攻防。
「ほれ、モタモタするな。さっさとその黒装束に着替えるのじゃ」
「なんで俺のサイズぴったりの泥棒セットが用意されてんだよ……! 絶対行かないからな! ていうかそもそもだな――」
「ええい、四の五の言わずに来い!」
ズルズルズル……ッ。
寝巻姿のまま、襟首を掴まれて窓から引きずり出されていくリオ。
「ああっ、ちょっ、待て! せめて靴っ、靴履かせて――!」
◇
かくして。
ヒミコの次期女王への野望(という名のただの迷惑行為)により、巻き込まれ体質の苦労人・リオの受難の日々は幕を開けた。
そんな涙ぐましい「物理的な犯罪」と「自作自演の祈祷」によって、ヒミコの支持率はうなぎのぼり。民衆の間では「ヒミコ様にはイザナギとイザナミの加護がある」「アマテラスの化身だ」と、尾ひれがついた噂が神格化され始めていた。
そして別の日。
『ヒミコ様、ここしばらく雨が降らず作物が弱っているのです。なんとかなりませんか?』
ここ数日の成功ですっかり気分を良くしていたヒミコは、民から懇願された「雨乞い」すらも、つい二つ返事で引き受けてしまったのだ。
『任せよ! 「次期女王」たるこのヒミコに不可能はないのじゃ! 明日までに必ず、恵みの雨を降らせてみせよう!』
(おいちょっと待てぇ!?)
――昨晩。
『で? どうやって降らせる気なんだよ!』
『そ、そんなの……なんやかんやで、こう、バケツリレーとかで……』
『国の規模舐めんな! 第一、このマッチポンプを知ってるの俺たちだけじゃねえかよ!』
『ぐぬぬ……』
結局どうしようもなくなったヒミコは、翌朝ヤケクソで広場に立ち、とりあえずそれっぽい「雨乞いの舞」を踊ってごまかそうとした。
意味不明なステップを踏みながら、「はんにゃらぺったぱ! マジ頼む!」と出鱈目な呪文を叫び散らす。
その時。ポツリ、と顔に水滴が落ちた。
『……ん? 雨? ほ、ほれ見ろリオ! ワレの祈りが天に通じたのじゃーーーっ!?』
『なんでぇ!?』
ドシャァァァァァッ!!
突然の豪雨と共に、視界を真っ白に染め上げる謎の閃光が二人を包み込み……。
――現在。
「……で、気づいたらこの大草原というわけじゃ。これぞ本当の大草原不可避」
「やかましいわ!」
リオの冷たいツッコミが、見渡す限りの大自然に虚しく響き渡る。
インチキ祈祷師・ヒミコと巻き込まれたリオの、予想外のサバイバルが幕を開ける!
第1話をお読みいただきありがとうございます。
インチキ祈祷師と幼馴染の異世界コメディ、少しでも楽しんでいただけたら嬉しいです。
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