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34話 語り部


 「走るわけなかろうが! はんにゃらぺったぱぁぁぁぁっ!!!」


  ヒミコのヤケクソな呪文が広場に響き渡った直後。

 

 『ドゥルルルルルルルルルルル……!』

 

 謎のテンションの高いドラムロールと共に、ヒミコのそばの空中に光り輝く不可思議なルーレットが二つあらわれた。

 

 『ストップって言っ――』

 「ストーーーーップ!」

 

 システムの無機質な声に食い気味にかぶせるように、ヒミコが叫ぶ。

 カチャッ! と小気味よい音を立てて、まずは左のルーレットが停止に向かって速度を落としていく。

 回る盤面をよく見ると、そこには『ヒミコ』『相手』『村人』といった様々な対象の文字が書かれていた。

 (毎回表示される文字って変わるのか……)

 リオは内心で首をひねる。以前ゴブリンと出会った時や、ドリームラビットの時とは、明らかに違う文字がそこには並んでいた。

 ピタリ、と。小気味いい電子音と共に、左のルーレットが止まった。

 

 【 村人 】

 

 「……村人?」

 

 ヒミコが不思議そうに首を傾げる。

 続いて、右側のルーレットが勢いよく停止した。

 

 【 語り部となる 】

 

 「……どういう事だ?」

 

 リオとミランダ、それにルーレットを凝視していたヒミコまでもが、意味がわからず一斉に首を傾げた。

 攻撃魔法でもなく、妨害でもない。あまりにも戦局に関与しない無意味な文字列。

 静まり返るスタート地点で、全員が困惑していると――。

 広場の端でレースを見守っていた一人の村人のおじいちゃんが、突如として遠い空を見上げ、ひどく渋い声でぽつりと語り始めた。


 「――昔々、ある所に」

 「なんじゃそれはァァァーーーッ!?」


  レース開始直後だというのに、突如として始まったのどかな昔話に、ヒミコの渾身のツッコミが広場に響き渡った。

 無情にも、マッハ・ピヨ吉はすでに最初の泥プールを難なく越え、遥か先を爆走している。

 

 「ちっくしょう! 使えん! ならばもう一度じゃ! はんにゃらぺったぱぁぁっ!!」

 

 ヒミコが焦りながら杖を天に掲げ、再びヤケクソの呪文を唱えた。

 しかし――。

 

 『ブッブー! スキルのクールタイムは一時間だよ! また一時間後に試してみてね!』

 

 謎のシステムボイスが、やたらとポップで軽快な声で無慈悲な事実を告げた。

 

 「なにいいいい!?」

 

 ここでまさかの『再使用までのクールタイム』の存在が発覚。ヒミコ(と、ついでにリオたち)が、その致命的な仕様を初めて知った瞬間だった。


 「おいヒミコ! スキルとかもういいから早く走れ! 50万が無くなるぞ!」

 「ええい、ちくしょー!!!」


 リオの焦燥に満ちた叫びに急かされ、ヒミコはバサァッ!と身につけていたローブを脱ぎ捨てると、それを背後のリオの顔面に勢いよくぶん投げた。

 動きを阻害する布を捨て、本気を出せる身軽な格好になった自称・次期女王。そのまま大地を力強く蹴り上げ、猛烈なスタートダッシュを切る――はずだった。

 

 「待てい筋肉鳥! ワレの俊足を――ぐべぇっ!?」

 

 走り出してわずか三歩。

 何もない平坦な地面で見事に足をもつれさせたヒミコは、そのままズサーーッ!!と顔面から泥のコースへ、盛大なスライディングダイブを決めた。

 

 「……なにしてんだよ」

 

 ミランダが言う

 ピヨ吉との絶望的な距離。顔面泥だらけのヒミコ。

 そしてスタート地点には、未だに「――お爺さんは山へ芝刈りに」と渋い声で昔話を語り続けている村人のお爺ちゃん。

 

 完全にミラクルバードの勝ちだな、と誰もが思っていた。

 途中で後ろを振り返ったマッハ・ピヨ吉も、泥まみれのヒミコを見て鼻で笑うように「ピィッ」とあざ笑い、余裕の足取りで歩き始めている。

 だが。

 

 「――そこへ! ミラクルバードたちが現れた!!」

 

 語り部となっていたお爺ちゃんが、熱を帯びたものすごい名調子で語り続ける。

 すると――。

 

 「「「ピヨォ!?」」」

 

 コースの周囲でボスの応援をしていた配下のミラクルバードたちが、お爺ちゃんの言葉にビクッ!と反応した。

 そして、ワラワラと広場の中央に集まってくると、お爺ちゃんをぐるりと円に囲むようにして、その場にペタンと座り込んだ。

 

 「…………」

 

 鳥たちは誰一羽として身じろぎもせず、キラキラとした瞳で真っ直ぐにお爺ちゃんの顔を見上げ、その先の展開を待っている。

 ただひたすらに、真剣に。

 

 (えっ、そういう昔話なの!? ていうかこいつら、めちゃくちゃ聞き入ってる!?)

 

 顔面にぶつけられたヒミコのローブを抱えたまま、リオが内心でツッコミを入れていると、不意にコースの奥から「ピ、ピヨォ……?」という困惑の声が聞こえた。

 見れば、圧倒的なリードを誇っていたマッハ・ピヨ吉が、立ち止まって呆然としているではないか。

 

 『あれ? 俺の応援は? ていうか、その先の話どうなるの?』と言わんばかりに、首を長くしてお爺ちゃんの方を見つめ、完全に足を止めている。

 

 「――おいヒミコ! チャンスだ! 奴が止まってるぞ!」

 「今だ走れぇぇっ!! 50万が飛んでいくぞ!!」

 

 リオとミランダの怒号が飛ぶ。

 その『50万』という魔法の言葉に、泥のプールに沈んでいた少女が、ぬちゃあ……とゾンビのように起き上がった。

 

 「こ、こなくそォォォォォォォッ!!!」

 

 顔面を泥でコーティングしたヒミコが、怨念めいた雄叫びを上げて這い進む。

 ローブを脱ぎ捨てて身軽になったはずの服は、すっかり泥水を吸い込んで結局鉛のように重くなっていた。だが、自称次期女王の瞳には、ギラギラとした『金』への執着だけが燃え盛っている。

 

 「ふんぬぅぅぅっ!」

 

 絶妙な高さの丸太ハードルを、不格好によじ登っては転がり落ちる。

 底なしの泥プールを、バタフライのような力技で泥水を飲み込みながら泳ぎ切る。

 不自然に盛り上がった落とし穴にハマっては、「おのれぇぇ!」と泥まみれになりながら自力で這い上がる。

 一切の華麗さも、威厳もへったくれもない。

 ただひたすらに泥臭く、執念のみで障害物をクリアしていくヒミコ。

 そして、ついに。

 

 「ゼェ……ゼェ……見えたのじゃ……ッ!」

 

 もはや全身泥の塊と化したヒミコが、ふらつく足取りでゴールラインまで残り十メートルの地点に到達した。

 その禍々しい気配と泥の足音に、ようやくマッハ・ピヨ吉がハッと我に返る。

 

 「ピ、ピヨォォォッ!?」

 

 振り返ったピヨ吉の目に飛び込んできたのは、いつの間にか背後に迫っていた泥まみれのバケモノの姿。

 完全なる油断。ボスのプライドをへし折られかねない大失態に、ピヨ吉はかつてないほど顔を引きつらせ、慌てて猛烈なスパートをかけた。

 

 「ピヨヨヨヨヨヨヨッ!!」

 「逃がすかァァァッ!! ワレの50万じゃああああッ!!!」

 

 ゴールラインまで、あとわずか。

 圧倒的な脚力で一気に差を詰めてくるピヨ吉。

 対するヒミコは、もはや走る気力すら残っていなかった。

 

 「いけええええええええっ!!!」

 

 リオの叫び声と同時に。

 ヒミコは最後の力を振り絞り、自らの体を砲弾のように前へと投げ出した。

 本日二度目の、渾身の顔面ダイブ。

 

 ――ズザザァァァァァァァァァンッ!!!

 

 盛大な土埃と泥飛沫が上がり、ヒミコとピヨ吉の巨体がほぼ同時にゴールラインへともつれ込む。

 静まり返る広場。

 お爺ちゃんまで昔話を中断し、全員が固唾を飲んで土埃の晴れる先を見つめた。

 そこに転がっていたのは――。


 「……ゼェ……、……ふは、ふはははは……」

 

 ピヨ吉の極太の足の、そのわずか数センチ先。

 ゴールラインを越えた位置で泥まみれの腕をピーンと伸ばし、不敵に笑うヒミコの姿だった。

 

 「勝った……勝ったぞぉぉぉぉぉぉぉぉっ!!!」

 「嘘だろ、あのアホ本当に気合いだけで勝ちやがった……!」

 

 ヒミコが天に向かって泥だらけの拳を突き上げ、ローブを抱えたリオとミランダが歓喜の声を上げる。

 一方で、スタート地点。

 ヒミコのスキルの効果がようやく切れたのか、それまで熱弁を振るっていたお爺ちゃんが、ふと我に返ったようにきょとんと瞬きをした。

 

 「あれ? わしはいったい、なにを……?」

 「「「ピヨォォォッ!?」」」

 

 突然物語を打ち切られ、いいところでお預けを食らったミラクルバードたちが、猛烈な抗議のブーイングを一斉に上げ始める。

 お爺ちゃんの困惑する声と、鳥たちのけたたましい鳴き声をBGMに。

 かくして、知略でも魔法でもなく、純粋な『強欲』と奇跡的な『バクチ』によって、50万フォルスを懸けた理不尽な障害物競走は、ヒミコの劇的な大逆転勝利で幕を閉じるのだった。


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