33話 コースの制作者
「……いいか、お前ら。改めてあの鳥の『ふざけたルール』を叩き込んでおくぞ」
「はい……」
「おう!」
胃を押さえるリオと、アキレス腱を伸ばすヒミコに向け、ミランダが呆れ顔で解説を始める。
「この村で飼われてるミラクルバードの群れだがな。そのトップに君臨する『マッハ・ピヨ吉』ってふざけた名前のオスが、数十羽のメスを侍らせてハーレムを作ってやがる」
「ピヨ吉……」
「村から安全な寝床と美味いエサをもらう代わりに、配下のメスたちが毎日卵を産んで村に提供する。それが、この村と鳥たちの間で結ばれた『古の契約』だ」
「――鳥と契約結んでるの!? 賢すぎない!?」
リオのツッコミを華麗にスルーし、ミランダはさらに指を立てた。
「問題はここからだ。ギルドが50万フォルス出してでも欲しがってるのは、その辺のメスの卵じゃない。ボスの横で一番偉そうにふんぞり返ってる『第一夫人』のメスが産む、極上の無精卵だ」
「……第一夫人」
「あぁ。あいつだ」
ミランダが指さした先。
そこには、少し小高い場所から高飛車なオーラを全力で放ちながら、こちらを見下ろしている一羽のメス鳥がいた。
「ピッ」
その短く甲高い一声には、まるで――。
『おやおや愚民共が。今年は随分と貧相な若造がやって来たのね。いいわ、かかってきなさい。わらわの旦那様が、けちょんけちょんのボッコボコのぐっちょぐちょのコテンパンにしてあげますわ。わらわの旦那様が』
――という意味が込められているかのような、強烈な幻聴が三人の脳内に直接響き渡った。
「なげぇよ!」
「情報量詰め込みすぎじゃろ」
リオとヒミコがたまらずツッコミを入れる。
「普段、第一夫人は卵なんか一切産まねえ。だが、人間がボスのピヨ吉に障害物競走を挑んで見事勝つことができれば……ボスが第一夫人に命じて、特別にその極上卵を譲ってくれるんだよ」
そう説明していると、周りで聞いていた村人たちが突然身を乗り出して口々に叫んだ。
「その卵は、そのまんま焼いても!」
「料理の材料として使っても!」
「スイーツにしても!」
「「「何にでも合う! まさに! ミラクル!!!」」」
(いや、普通の卵でも大体合うだろ)
『ミラクル』という大層な名前の由来のあまりのハードルの低さに、リオは内心でツッコミを入れた。
「なるほど!」と、ヒミコがポンと手を打つ。
「勝てば第一夫人の卵、というわけじゃな! では、負けたらどうなるのじゃ?」
「ボスに鼻で笑われて、配下のメスが産んだ普通の卵を『残念賞』として渡されて終わりだ。当然、ギルドの依頼は実質失敗。50万フォルスの報酬は『半額』になる」
「――なんと!? そんなの聞いとらんぞ!?」
「依頼書の一番下の方に、ちっっっちゃい字で書いてあったぞ。……まぁ、あの腹黒受付嬢は意図的に説明を省きやがったんだろうがな」
騙し討ちのような条件を聞き、ヒミコの顔つきがスッと険しいプロの勝負師(?)のものに変わった。
「ちなみに、毎年卵を回収していたあの『腰をやった爺さん』ってのは、ファストール随一の俊足を誇る元・超一流冒険者だ」
「……って、なんでミランダさん、そんな詳しいルールや歴代の挑戦者のことまで知ってるんですか?」
素朴な疑問を投げかけたリオに対し、ミランダはスッと目を逸らし、ひどく低い声で呟いた。
「…………聞くな」
哀愁を漂わせるミランダは、『これ以上は絶対に言う気がない』という重たい空気を全身から醸し出していた。
(なるほど……過去に挑戦して、ボロ負けしたトラウマがあるんだな……)
それ以上追及するのはあまりにも可哀想だと悟り、リオはそっと口をつぐんだ。
このふざけた説明に頭がおかしくなってきている引率者と、胃を痛めるツッコミ役。そして一人だけウォーミングアップを欠かさない強欲なアホ。
三者三様の思惑が交錯する中、村の奥の巨大な広場から、挑戦者を煽るようなけたたましい鳥の鳴き声が響き渡った。
「ピヨォォォォォォォォォォッ――――――――キチ!!!」
「名前そのまんま鳴いてるぅぅぅ!?」
リオの愕然としたツッコミを合図に、いよいよ理不尽極まりない卵回収クエストの幕が切って落とされようとしていた。
◇
案内されたレース会場は、村の内部をぐるりと囲むように作られた『外周コース』だった。
「……なんだこれ」
スタート地点に立ったリオは、目の前に広がる光景に唖然とした。
コース上には、絶妙な高さに設置された丸太のハードル、底なし沼のようにぬかるんだ泥のプール、そして謎の落とし穴らしき不自然な盛り上がりが、これでもかと連続して配置されている。
とてもではないが、のどかな村の風景には似つかわしくない、完全に殺しにきているガチのアスレチックだった。
「言っておくが、この障害物コースを作ったのは村の人間じゃないぞ」
「え?」
隣に立つミランダが、呆れたようにため息をついて補足する。
「あれを作ったのは、ミラクルバード自身だ」
「鳥がDIY!?」
「あぁ。あいつら、自分たちが走って楽しめるように、日々コースを改修して難易度を上げやがるんだよ。性格悪ぃだろ」
(賢すぎるとかいう次元じゃねえ!!)
もはや魔物よりタチが悪い鳥たちの生態に、リオは戦慄した。
だが、そんな絶望的なコースを前にしても、ヒミコは全く動じていなかった。
「ふはははは! 面白い! 障害物競走など、子供の遊びに等しいわ!」
ヒミコが腰に手を当て、自信満々にふんぞり返る。
その視線の先、コースのスタートラインには、筋骨隆々の異常な脚力を持った2メートル級の巨大鳥『マッハ・ピヨ吉』が、ドヤ顔で挑戦者たちを見下ろしていた。
「ワレがいく!」
「なんで!?」
唐突に立候補したヒミコに、リオがすかさずツッコミを入れる。
「決まっておろう! ワレの華麗な脚力と完璧な作戦をもってすれば、あのような筋肉ダルマ鳥など敵ではないわ! 50万はワレが独り占めじゃ!」
「作戦……嫌な予感しかしないんだけど」
「ふん、勝手にしろ。アタシはスタートの合図でもしてやるよ」
トラウマからか絶対に参加したくないミランダが、早々に審判役を買って出た。
かくして、大自然のど真ん中に作られた凶悪なアスレチックコースのスタートラインに、3メートル級の筋肉鳥と、場違いなローブを着た少女が並び立つ。
(どう見ても、一歩の歩幅で負けてるだろ……)
リオが冷や汗を流して見守る中、ミランダが片手を高く振り上げた。
「位置について……よーい……」
ピヨ吉が、極太の太ももの筋肉をギリッと収縮させる。
対するヒミコは、走る構えすら見せず、なぜか腰に差していた杖をゆっくりと天へと掲げた。
「――ドンッ!」
合図と共に、マッハ・ピヨ吉が土煙を上げて弾丸のように飛び出した。
しかし、スタートラインに取り残されたヒミコは、走るどころか一歩も動かず、ニヤリと邪悪な笑みを浮かべて杖を天高く突き上げた。
「走るわけなかろうが! はんにゃらぺったぱぁぁぁぁっ!!!」
「最初からインチキ全開かよぉぉぉっ!?」
リオの悲鳴を置き去りにし、杖の先で運命のルーレットが高速で回転し始めた。




