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32話 ミラクルバード


 今日も今日とて路銀を稼ごうと、冒険者ギルドにやって来た三人。

 そんな中、ふとカウンターの奥にいた受付嬢のリーナが「こっちこっち」と手招きし、内緒話でもするように顔を寄せてきた。

 

 「実はですね……『脱獄犯』が出たんです」

 「「「――脱獄?」」」

 

 あまりにも不穏なフレーズがリーナの口から飛び出し、三人の声が見事にハモった。

 

 「そうです。つい先日、商人の馬車を荒らしていた盗賊の一味を捕らえたのですが……今朝、牢屋から忽然と姿を消してしまったようなんです。ですから、街の外で依頼を受ける際は十分に注意してくださいね?」

 「うむ、分かった!」

 「いや、お前が一番分かってなさそうなんだけど……」

 

 自信満々にふんぞり返るヒミコに、リオがすかさずジト目を向ける。そして、隣で面倒くさそうに首を鳴らしている引率者に視線を向けた。

 

 「ミランダさん、脱獄犯ってやっぱり物騒ですよね」

 「あぁ? 心配すんな。ここら辺の森や山は広いんだ。そう都合よく、わざわざアタシたちの行く先に脱獄犯がヒョッコリ現れるわけねえだろ」

 「そうですか」

 (これ絶対、あとでフラグ回収するやつだ……)

 

 胃の痛みを堪えるリオをよそに、リーナがにっこりと笑って話を切り替えた。

 

 「それで、今日の依頼は決めましたか?」

 「いや、掲示板を見に行く前に手招きしたんじゃろ」

 「あっ、そうでしたそうでした! じゃあ、これなんていかがですか?」

 

 バシッ、と。リーナがカウンターの下から一枚の依頼書を突き出した。一切の淀みもない、流れるような手際である。

 (なるほど……俺たちが掲示板で他の依頼を選ぶ前に、これを押し付けるためにわざわざ手招きして呼び止めたのか……)

 

 リオがその恐るべき手回しの良さに戦慄していると、罠に気づいたミランダがカウンターを叩いた。

 

 「おまっ、そこまで先読みしてハメやがったな!? また面倒そうな依頼を――!」

 「ん? 『ミラクルバードの卵回収』?」

 

 こてんと首を傾げて依頼書を覗き込むヒミコ。その横で、ミランダが呆れたように息を吐いた。

 

 「あー……もうそんな季節か」

 「季節?」

 

 リオが首を傾げる。

 

 「はい! 今ミランダさんがおっしゃったように、ここファストールは一週間後で、67周年という節目になります! ここファストールでは、周年ごとにみんなでお祝いするんですよ! 様々な場所でものを出し合って盛大にお祝いをするということです!」

 「じゃあギルドではその卵を出すって事?」

 「はい! ミラクルバードの卵を使ったケーキを出すのが、このファストール支部の定番なんです!」

 「毎年ミラクルバードの卵を回収する爺さんいただろ? そいつに頼めばいいじゃないか」

 「さすがに年齢を重ねて厳しくなったと、辞退を申し出ていらっしゃいまして、今年は回収できそうにないんですよ」

 

 それを聞いたリオは、内心でひっそりと首をひねった。

 

 (……どうしよう、卵を回収するのに、歳関係あるの? 卵って屈んで回収するだけでは……?)


 リオがそんな平和な疑問を抱いているのをよそに、ミランダは身を乗り出し、大声で言い放った。


 「断る!」


 一切の迷いもない、食い気味の即答だった。周囲の人間が、「なんだなんだ?」とカウンターの三人に対し視線を向ける。


 「なんじゃミランダ、ただ卵を回収するだけじゃろう? ……リーナ、ちなみにこの依頼はいくらくれるんじゃ?」

 「よく聞いてくれましたヒミコちゃん! この依頼の報酬はなんと、ギルドの特別経費から出ます! ギルドは毎年、各地で催される地域のイベント事には積極的に参加し、地域と共にありたいと思っています! つまり、この依頼はギルドからのいわば『直通クエスト』! な・ん・と! 卵を回収するだけで……『50万フォルス』です!」


 50万フォルス。

 王都へ向かうための交通費が最低でも一人10万フォルスだと聞いたばかりである。

 ただの卵拾いに提示された、あまりにも異常すぎる報酬額。その事実を思い出し、リオの顔色が一気に青ざめた。

 

 (卵回収で50万!? 俺たちの王都までの旅費が全員分余裕で出せるって……絶対にしゃがんで拾うだけじゃない、超ヤバい鳥だろそれ!!)

 

 「そ、そんな高額の依頼なら、他の人も受けたいんじゃ……」

 「…………」

 

 ニッコリ。

 リーナが、一切の光を宿していない完璧な営業スマイルを浮かべた。

 ――ッ!

 危険を察知したリオが、全力で制止しようと息を吸い込んだ、まさにその刹那。

 

 「―――承った!!!」

 「はい! さすがヒミコちゃん! ありがとうございます! はい――ガチャンッ! はい! 受注完了です!!!! お気をつけて行ってらっしゃいませ!!!」

 

 ドヤァァァッ!!!!

 

 目の色を完全にお金マークに変えた強欲な自称次期女王が、カウンターを力強く叩き、これ以上ないほどの完璧なドヤ顔を決めた。

 

 「待てぇぇぇぇぇっ!!!!!」

 

 リオとミランダの悲痛な絶叫が、ギルド内に響き渡った。

 

 ◇

 

 歩く事一時間。三人はファストール郊外にある小さな村へと向かっていた。

 

 「なんで勝手に受けるんだよぉ〜……っ」

 

 ミランダが涙目でヒミコを睨み付ける。

 

 「なんじゃミランダ? たかが卵を回収するだけで50万じゃぞ? こんな楽勝な事はないではないか」

 「お前、もうちょっと考えて行動とか発言しろよーっ!」

 「ふっ。ワレは常に、脳内の深層までふかーく考えて発言しとる。その結果、受けた方が吉と出たのじゃ」

 

 えっへん、と胸を張るヒミコ。もちろん、1ミリも考えていないことは火を見るより明らかである。

 

 「で? ミランダさん? そのミラクルバードってなんなんですか?」

 

 リオが尋ねると、ミランダは心底嫌そうに顔をしかめた。

 

 「はぁ、仕方ないな。ミラクルバードってのは――」

 

 ◇

 

 「着いたぞ」

 

 ミランダの解説もそこそこに、目的の場所に到着した。

 そこは、丸太を組んだ簡素な木の柵で囲われた、自然豊かな小さな村だった。

 そして、その村の入り口には……やや気だるげな青年が、槍を持ったまま寝ぼけ眼でうつらうつらと舟を漕いでいる。

 

 「やる気ゼロ警備じゃな」

 

 ヒミコが足音もなく近づき、至近距離残り一メートルといったところで、青年の耳元でボソリと呟いた。

 

 「うおッ!? 急にどっから現れやがった!?」

 

 青年がビクゥッ!と跳ね起き、慌てて槍を構え直した。

 

 「落ち着け。アタシは冒険者のミランダだ。ギルドの依頼で、ここの『ミラクルバードの卵』を回収しに来た」

 

 ミランダが依頼書をヒラヒラと振って見せると、青年は警戒を解き、不思議そうに三人を見回した。

 

 「あぁ? ……なんだ、いつもの爺さんはどうしたんだ?」

 「引退だとさ。だからアタシらが代わりに押し付けられたんだよ。……今年だけな」

 『今年だけ』という部分をギリッと強調するミランダに、青年は「なるほどな」と全てを察したように頷いた。そして、ヒミコとリオの姿を値踏みするようにジロジロと眺めた後、ふっと同情するような笑みを浮かべた。

 

 「そうだったのか。まあ、怪我だけはしないように頑張ってくれや」

 「……怪我」


 そう言うと、青年はすんなりと門を開けて中に案内してくれた。

 そして、村の広場に向かって大声を張り上げる。

 

 「おーい! ファストールから、新しい挑戦者がきたぞー!」

 

 青年の声を聞きつけ、わらわらと村人たちが集まってきた。

 しかし、彼らの口から漏れるのは、冒険者を歓迎する声ではなく、ひどく懐疑的で不穏なヒソヒソ話だった。

 

 「おっ、今年は爺さんじゃなくて随分と若い奴らだな」

 「おいおい、あんなヒョロっとした兄ちゃんや、小娘の足腰で大丈夫か?」

 「派手にすっ転んで、泥まみれになるんだろうなぁ」

 「無理だろ、あの子じゃ追いつけねえよ」

 

 「…………」

 


 『卵の回収』という言葉からは到底結びつかない、あまりにも不穏な単語の数々。

 道中、ミランダから聞かされた『ふざけた生態』が一切の誇張ではないことを悟り、リオは盛大に胃を痛め始めていた。

 しかし、その横では――。


 「いち、にっ! いち、にっ!」

 

 ヒミコが、元気な掛け声とともに足をグッと広げてアキレス腱を伸ばし、さらに腕を交差させて器用に肘の筋を伸ばしている。

 この状況に一切の疑問を抱くことなく、これから始まる事に向けて、完全なアスリートの顔つきで入念な準備体操をおっぱじめていたのだ。

 

 (……こいつ、50万のために完全にやる気満々になってやがる……っ)


 絶望する引率者と、胃を痛めるツッコミ役。そして一人だけウォーミングアップを欠かさない強欲なアホ。

 三者三様の思惑が交錯する中、いよいよ理不尽極まりない卵回収クエストの幕が切って落とされようとしていた。


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