31話 今後の予定
食堂のテーブルを包んでいたカオスな空気が少しだけ落ち着きを取り戻した頃。
リオが至極真っ当な疑問を口にした。
「仮にヒミコの言う事が全部事実だとして……じゃあ、結局俺たちはどうすれば元の世界に帰れるんだ?」
「さぁ?そこまでは教えてくれんかった。『自身で考えろ』とな!」
ヒミコはなぜか堂々と胸を張って、いけしゃあしゃあと答えた。
「はぁ? なんだよそれ。……ていうか、そもそもアマテラス様はお前に直接何て言ってたんだ?」
リオに問い詰められ、ヒミコは先ほど夢の世界で最高神から直接言われた小言を、隠すことも悪びれることもなくペラペラと話し始めた。
アマテラスの名を騙って雨乞いの儀式でインチキをしたこと。失せ物探しの自作自演。それらの浅ましい行いを全て天から見られていて、「そんな体たらくでは帰還はまだまだ先」と呆れられたこと。
その身も蓋もない真実を聞き終え、リオは深く深くため息を吐き、両手で顔を覆った。
「……つまりだ。ヒミコ、お前が自分の野望のためにセコいインチキ神事ばかりしていたのを、本物のアマテラス様が天から見ていて……その罰として、俺たちをこの異世界に転移させたって事か……?」
「……左様!」
「俺は完全にとばっちりだろ!!」
リオの悲痛な叫びが食堂に響き渡る。
あの忌まわしい五歳の日に拾った黒い石。それを持っていたせいでヒミコと出会い、あまつさえ神の怒りにまで巻き込まれて異世界へ飛ばされた。呪いの石の効果は、想像を絶するほどエグいものだったらしい。
そんな二人のやり取りをポカンと聞いていたミランダが、ふと我に返って首を傾げた。
「まてまて。さっきから当たり前のように名前が出てるけど……アマテラスって誰なんだい? アタシは聞いたこともないけど」
「あぁ……ウチの世界で一番偉い、太陽を司る最高神の女神様です」
リオが遠い目で、淡々と答える。
「…………はあ?」
ミランダは素っ頓狂な声を上げた。
つまり、目の前にいるこのアホで食い意地の張った少女は、自分たちの世界の神様を個人的にブチギレさせて、神罰でこの世界にぶち込まれた厄災ということになる。
そんなヤバすぎる爆弾と、自分は行動を共にしているのだ。
「…………」
ミランダはそっと手元のジョッキを置き、先ほどとは別の理由で頭痛を堪えるように、こめかみを強く揉み始めた。
「つまり、なんだ? 仮に苦労して王都に行って帰還の手段が見つかったとて、結局お前らの神様が許してくれない限り、元の世界には帰れないかもしれないって事か?」
「さあ? そこは分からんな!」
一切の悪びれもなく堂々と胸を張るヒミコ。
その清々しいほどのクズっぷりを目の当たりにし、ミランダの中でついに自己防衛本能が限界を突破した。
「――いや! 待った、そうだリオ! お前魔法付与ができるようになったよな!?」
「え? あ、はい。まあ、雷が少しだけですけど……」
「よし!! たしか受付のリーナは、『リオが魔法を使えないから、アタシが引き続き引率する』って言ってたよな!? つまり、お前が魔法を使えるようになった今、アタシの研修係としての役目は完全に終了! このパーティーは今この瞬間をもって解散という事になる!!」
ドヤァッ!!!
ミランダはガタッと立ち上がり、ビシッとリオを指差して、この世の真理を暴いたかのような完璧なドヤ顔を決めた。
(うわぁ……神罰に巻き込まれるのが嫌すぎて、必死で俺たちとの縁を切ろうとしてる……)
ベテラン冒険者のあまりに露骨なトカゲの尻尾切りに、リオは呆れてジト目を向ける。
しかし、神の怒りを買うほどにタチの悪いこのアホ幼馴染が、そんな正論で大人しく引き下がるはずがなかった。
「……ほう? ワレたちを見捨てる、とな?」
ニチャァ……。
ヒミコの顔に、まるで悪徳代官のような邪悪極まりない笑みが浮かぶ。
「パーティー解散はちと困るのう。もしここで放り出されたら、路頭に迷ったワレは、つい口が滑っていろんな人に余計なことを喋ってしまうかもしれん……。そうじゃなぁ、例えば『ミスト』とかいう元貴族の男のところへ行って――」
「ッ!?」
ミストの名前が出た瞬間、ドヤ顔を決めていたミランダの顔面からサァーッと血の気が引いた。
「さっきお主が顔を真っ赤にして『あぁん、いやんいやん!』と限界まで取り乱していた事とか、両手で顔を覆ってモジモジしていた事とか……面白おかしく、事細かに吹き込んでやろうかのう?」
「あ、悪魔!!?」
「さあ、どうするミランダ? アタシたちの引率は終了かの?」
ギロリ、と。
肉の脂で口の周りをテカテカに光らせた少女が、絶対的な弱みを盾にしてベテラン冒険者を脅迫する。
ミランダはワナワナと全身を震わせ、数秒間の葛藤の末――。
「…………よろしく」
両手をついてテーブルに突っ伏し、血の涙を流しながら完全降伏を宣言した。
なぜアマテラスがこの少女に神罰を下したのか。ミランダは自身の最悪な境遇をもって、その理由を深く、深く理解するのだった。
「ミランダさんには心底同情しますけど、俺たちこの世界の事、右も左も分からないからなぁ。……で、今後はじゃあどうする?」
「どうするったって……」
テーブルに突っ伏していたミランダが、のそりと顔を上げる。その瞳からは完全に光が失われていた。
「そうじゃ、大事なことを言い忘れとった」
肉の串焼きを貪りながら、ヒミコがふと思い出したように口を挟む。
「アマテラスの奴、夢から追い出される直前にこうも言っておったぞ。『まぁ、とりあえず王都でも目指しなさいな』と」
「「それ一番最初に言えよ!!」」
リオとミランダの完璧なハモりツッコミが、食堂にこだました。
「神様直々のお告げなら、王都に行くしかないじゃないか……」
「……あぁ、そうだな。どっちみち目的地は同じだ。しばらくはこの街で稼ぐしかないね」
ミランダは深いため息をつき、なんとかプロの冒険者としての顔を無理やり取り戻す。
「行くまでに一人十万フォルス、でしたっけ」
「あぁ。だが、十万なんてのはあくまで辿り着くための最低ラインだ。向こうに着いてからの当面の活動資金、お前らのまともな装備代、諸々の生活費まで考えたら、正直金なんていくらあっても足りない。稼げるだけ稼いでおくに越したことはないさ」
「なるほど……」
「だが幸いなことに、お前が魔法付与の感覚を掴んだからな。アタシがサポートに入れば、もう少し報酬のいいマシな依頼も受けられるようになるはずだ」
そこまで言うと、ミランダはキリッと表情を引き締めた。
「とりあえずの当面の目標は資金稼ぎだ。道中の護衛も兼ねて、王都へ着くまではアタシがビッチリしごいてやるよ」
「おっ、よろしくお願いします!」
頼もしい宣言に、リオはパァッと表情を明るくして頭を下げた。
そんな真面目な二人の会話をよそに、ヒミコは、食後のデザートに手を伸ばしながら偉そうに頷いた。
「うむ! よい心構えじゃ! ワレを無事に王都へ連れて行くため、せいぜい馬車馬のように働くが良いぞ、下民ども!」
「「…………」」
(神様、お願いですからコイツを今すぐ天罰で消し炭にしてください)
傍若無人に食い散らかすアホを前にして。
リオとミランダの心が、この異世界で初めて一つに重なり合った瞬間だった




