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30話 乙女なミランダ


 抜き足、差し足。

 リオは自身の気配を極限まで殺し、ゆっくり、ゆっくりと獲物へ近づいていく。風下を取り、匂いで悟られないよう細心の注意を払う。息を潜め、まさに一流の狩人のような完璧な足取り――。


 「あ、風向きとか気にしなくていいから。あいつら幻覚に頼りすぎてるせいで鼻退化してて、匂いとか全然分かんねえから。まぁ、耳はそれなりだけど」

 「…………っ!」

 

 背後から飛んできた気楽なアドバイスに、リオの一生懸命な狩人ムーブが開始数秒でへし折られた。

 リオは無言で風の流れをガン無視し、ただ足音だけを消してズンズンと進む。

 

 ――よし、射程距離に入った。

 

 標的は、草を食む真っ白なドリームラビット。

 リオは静かに弓を構え、深く息を吐いて極限まで集中力を高める。先ほど掴んだばかりの感覚。ヘソの奥から引き上げた魔力を矢の先端に纏わせ、必中必殺の『雷』を付与し――!


 「あぁ、そうそう言い忘れてたけど、魔法は『なし』な?」

 「…………え?」

  

 緊迫した空気をぶち壊し、またしてもミランダの無慈悲な声が横槍を入れた。

 リオの指が、弓弦を引き絞ったままピタリと硬直する。


 「付与するのが『風』ならいいんだけど、お前のその雷とか火だと、ウサギの肉が黒焦げになっちまうだろ? ギルドに持って帰る頃には味が落ちて、買い取り価格がガタ落ちになっちまうんだよ。金にならないから、魔法は禁止な」

 

 バチバチバチッ!

 リオの手元では、つい先ほど苦労して習得したばかりの、最高にカッコいい青白い紫電の矢が激しく火花を散らしている。

 その渾身の魔法矢を構えたまま、リオは引きつった顔でゆっくりとミランダを振り返った。


 (えっ……?)

 

 やってきた、せっかくの活躍の場。

 それが「肉の買い取り価格が下がるから」という、あまりにも世知辛い理由であっさり封印された。


 (もっと早く言ってくんない!?)

 

 雷の魔力を空しく散らしながら、リオは心の中で血涙を流してツッコミを入れるのだった。

 

 ◇◇◇


 「うまうまうまうまッ!」

 

 ギルドに併設された食堂のテーブルで、ヒミコが猛然と肉料理を貪り食っている。

 ――結局のところ、リオはたった一人で十匹ものドリームラビットを仕留めるハメになった。

 足元で大の字になって爆睡し続けるアホ幼馴染と、空の雲の形を指差して「あ、あの雲ジョッキの形してる……終わったら酒だなー」と呟く脳筋ベテラン冒険者。


 (ああ……結局、俺が一人で頑張るしかないんだな)

 

 リオは早々に現実を受け入れ、悟りを開いたような死んだ目で弓を引き続けたのだ。

 だが、その努力はしっかりと報われた。

 ギルドの買取窓口に持ち込んだ獲物は、魔法の焼け焦げもなく、リオが丁寧に血抜きまで済ませていたため、職員を大いに唸らせた。結果、本来なら一匹三千フォルスの駆除報酬だったが、品質の高さが評価されて倍の六千フォルスにまで跳ね上がったのである。


 「おー! 大金星じゃな! よくやったリオ、ワレが褒めてやろう!」

 「うるせえ。お前はずっと寝てただろ」

 

 偉そうにふんぞり返るヒミコをジト目で切り捨て、リオは本題に話を戻した。


 「……それで、ミランダさん。『王都』に行くにはどのくらいのお金が必要なんですか?」

 「ん?」

 

 ジョッキを傾けていたミランダが、少し考えてから首を傾げる。


 「王都ねえ。単純に馬車を何度か乗り継いで行くことになるから、交通費だけで一人十万フォルスってところだな。そこに道中の食費やら滞在費が乗っかってくる。まあ、向こうのギルドに着いてから稼ぐにしても、最低でも当面の資金として十万は握っておきたいところさ」

 「なるほど、一人十万ですか……」

 

 先ほどの報酬でまとまったお金が入ったとはいえ、まだまだ先は長い。リオが真面目な顔で今後の資金計画について思考を巡らせていた、その時だった。


 「むしゃむしゃむしゃむしゃ……。それなんじゃがな」

 

 両手で骨付き肉を持ち、口の周りをギトギトにしたヒミコが、咀嚼音を響かせながらふと思い出したように口を開いた。


 「昼寝しとる時にアマテラスが言っとったぞ。タダでは元の世界に帰れないっての」

 「「――――は?」」

 

 リオとミランダの声が、完璧にハモった。


 「ヒ、ヒミコ……お前、急に何を言い出してるんだ?」

 「そうだぞヒミコ。頭でも打ったか? 王都へ行く前に、まずは優秀な治癒院を探すか?」

 

 あまりに突拍子もない発言に、二人はドン引きを通り越して、本気でヒミコの脳の心配を始めた。


 「ふん。ワレも、お主らなら絶対にそう言うじゃろうと思ったわ」

 

 ごっくん。

 ヒミコは口の中の肉を飲み込み、自信満々なドヤ顔で腕を組んだ。


 「じゃから、また昼寝した時にあやつに『証拠』を聞いておいたのじゃ」

 「……何をだよ」

 「リオ。お主、五歳の時に拾った妙に黒光りした『謎の石』を、大事に今も持っておるじゃろ?」

 「――なっ!?」

 

 リオの顔色が一瞬で変わった。


 「アマテラスが言うにはな、あれは『邪神の欠片』の気配があるから、帰ったら捨てとけって言ってるぞ? そんなもん持ってると、ほんの少しの気配じゃが、それでもちょっとずつ地味〜にろくでもない事が起きるからってな」

 「……どうして、それを……! 俺は、本当に誰にも言ってないのに……! それに……五歳…………はっ!」

 

 リオはハッとして息を呑み、目の前にいるヒミコをマジマジと見つめた。


 「俺がその石を拾った後……お前と出会った日だ」

 「おい」

 

 完全に『すべての厄災の元凶はお前だったのか』という目で見つめてくるリオに対し、ヒミコが低い声でツッコミを入れる。

 だが、完全に言葉を失い愕然とするリオを早々に放置し、ヒミコは次に隣の席へと標的を定めた。


 「次はミランダじゃ」

 「ア、アタシ!?」

 「お主。実はミストの事が好きじゃろ?」

 

 ガタァッ!!!

 凄まじい音を立てて、ミランダが椅子から勢いよく立ち上がった。


 「なっ、なっ!? なに!? ばかっ! なっ、ちょっ!? ふざっ! 冗談!? ヒミっ! なに!? いきなりぃぃ!?」


 顔面をこれ以上ないほど真っ赤に染め上げ、ベテラン冒険者の威厳など欠片もなく、ミランダは両手で顔を覆ってパニック状態に陥った。もはや言葉の原型すら留めていない。


 「ちなみに、アマテラスが言うにはな。あのミストとかいう奴、元貴族同士、お主の事をまんざらでもないと思っているそうじゃぞ?」

 「なっ、おまっ――――――えっ?」

 

 ピタッ。

 先程までの大パニックが、一瞬にして完全停止した。

 顔を覆っていたミランダの両手がススッと下がり、そこから信じられないものを見るような、けれど確かな『乙女の期待』を限界まで込めたキラキラの瞳がヒミコをガン見している。

 神の絶対的なプライバシー侵害によってもたらされた、身も蓋もない真実。食堂のテーブルは、かつてないほどのカオスな空気に包まれるのだった。


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