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29話 神界テロ


 「じゃあ、頑張れよー」


  何とも言えない複雑な絶望感を抱きながら変態マッチョの手料理を完食したリオたちは、鉱山へと向かうリーゼとガンゾの背中を見送った。

 気を取り直し、再びドリームラビットの討伐クエストを再開する。


 「さあ、じゃあリオ。本格的にやってみるか」

 「はい」

 

 実は先ほどの食事の最中、リーゼがリオへ魔力の使い方について、言葉でとても丁寧に教えてくれていたのだ。


 『いいかい? 最初に魔力を付与する時ってのは、大気中にある魔力を自身のお腹のあたりに集めるイメージを持つんだ。ゆっくりと深呼吸するように、お腹に空気を溜め込むような感覚でね。それができたら、今度はその魔力をゆっくりと全身に巡らせていく。初めての時は魔力の通り道が詰まったような感覚がするだろうから、焦らず、じわじわと押し流して通していくイメージだ。それができるようになると、体の内側からじんわりとした温かさが味わえるようになるはずさ』

 

 さらに、リーゼは呆れ顔でこうも言っていた。


 『だから、ミランダがいきなり自分の胸を触らせたってのは、正直まったく意味がないね。あれはもう体内に循環しきっている魔力を外側から触っただけで、取り込む練習にはならないよ』

 

 (どうしよう。リーゼさんの説明……メチャクチャわかりやすい……!!)

 

 目から鱗が落ちるほどの完璧なレクチャーを思い出しながら、リオはスッと横に視線を向けた。

 そこには、己の指導力不足(と無駄なセクハラ)を完全に暴かれ、バツが悪そうにそっぽを向いているベテラン冒険者の姿があった。


 「……なんだい。そんな呆れた目でアタシを見るんじゃないよ」

 「いえ、別に」

 「うるさいね! いいから、とりあえず適当な何もない空間に向かって撃ってみな!」

 

 痛いところを突かれたミランダが、顔を赤くして誤魔化すように声を荒らげる。

 その隣では、すでに満腹になってすっかりくつろいでいるアホ幼馴染が、へらへらと手を振っていた。


 「がんばれがんばれー。ワレはここで応援しておるぞー」

 「…………」

 

 完全に食後のピクニック気分なヒミコを華麗にシカトし、リオは手にした弓を構えた。

 ゆっくりと目を閉じ、先ほどリーゼから教わった言葉を反芻する。


(集中……集中だ……)

 雑念を振り払い、大気中の魔力を自身のお腹に集めるイメージ。

 ゆっくりと、深呼吸をするように――。

 

 ◇◇◇

 ◇◇

 ◇


 「――あぁ? なんじゃ? またか」

 

 ヒミコは、またあの『天空都市』に来ていた。

 視界に広がるのは、雲の上に浮かぶ黄金と白亜の建造物群。そして目の前には、純白の神々しい衣を纏った、ヒミコから見ればひどく奇怪な格好の住人たち。

 彼らはヒミコの姿を視認するなり、「ひっ!?」「あいつ……またか!?」「どうやってきたの!?」とギョッと目をひん剥き、まるで恐ろしい魔物でも見たかのように慌てふためいて道を空けていく。


 「デジャヴかこの野郎……なのじゃ」


 ヒミコは面倒くさそうに頭を掻いた。

 現実世界で、リオがいつまで経ってもウンウン唸って集中を続けていて暇だったため、気持ちよく昼寝をおっぱじめたら、なぜかまたこの謎の空間に飛ばされてしまったのだ。


 「まぁ、仕方ないの」

 

 住人たちがパニックに陥っているのを完全スルーし、ヒミコは暇つぶしがてら、この都市で一番大きくそびえ立つ宮殿のような建物へと堂々と再び上がり込んだ。

 まるで自分の家のようにズカズカと奥へ進んでいくと、やがて光に満ち、見たこともないような美しい花々が咲き乱れる中庭へと出た。

 そして、そこには。


 「…………」

 

 前回と同じように、太陽のように眩しく圧倒的なオーラを纏った『絶世の美女』が、ガゼボの下で優雅にティーカップへ口を運んでいるところだった。

 神々しさの次元が違うその圧倒的な存在を前にしても、ヒミコは全く怯むことなく堂々と胸を張り、偉そうに片手を挙げて声をかけた。


 「よっ。また会ったの」

 「…………」

 

 絶世の美女は、無言のままカチャリと静かな音を立ててティーカップをソーサーに置いた。

 そして、一切の感情を読み取らせない、ひどく冷ややかで美しい微笑みを浮かべたまま――心底呆れ果てたような声で言い放った。


 「……まったく、誰も『呼んで』ないわよ。人間の分際で、よく勝手にここまで入ってこれたわね」

 「あー、やっぱりお主の声かと思ったのじゃ! 『無理』って言ってきおったのはお主じゃなー?」

 

 ヒミコがビシッと指を差して指摘すると、絶世の美女は「あら?」と少しだけ目を丸くした。

 どうやら図星らしい。たった一度の「声」で自分を特定されたことに、少しばかり驚き(よく気づいたわね、という表情)を隠せなかったようだ。


 「ふふんっ! ワレの耳はめちゃくちゃ良いからのー!」

 

 彼女驚かせたことに気を良くし、ヒミコは両手を腰に当ててふんぞり返り、これ以上ないほどのドヤ顔を決めた。


 「で? なあなあ、お主いったい誰なのじゃ? ここどこなのじゃ?」

 

 ずいっ、と。

 畏れ多くも、神聖なる絶世の美女の顔のド真ん前まで顔を近づけ、無遠慮にジロジロと観察し始めるヒミコ。

 そのあまりにも品性のカケラもない、人間としてバグり散らかした距離感に、美女は頭痛を堪えるように深く、深くため息を吐いた。


 「……はぁ。女王になりたいなら、まずそういう所から直さないとだめね」

 

 冷たく、しかし的確な事実を突きつける美女。

 だが、このアホな王族気取りの幼馴染に、そんな真っ当な忠告が通じるはずもなかった。


 「なにおぅ!? ワレのこの完璧な振る舞いと、全身から溢れ出るカリスマ性が分からんとは……さてはお主、見た目だけで中身はすっからかんのポンコツじゃな!?」

 「…………あなた、本気で私を怒らせたいのかしら?」

 

 ピキッ、と。

 美しい中庭の空気が一瞬にして凍りつき、絶世の美女の笑顔の裏に、恐ろしい威圧感が渦巻き始めた。

 神の逆鱗に触れた空間そのものが、ビリビリと悲鳴を上げる。

 先ほどまで偉そうにふんぞり返っていたヒミコも、そのあまりにも桁違いのプレッシャーに思わず「あばばば!?」と一歩後ずさった。

 

 美女は冷ややかな、けれど絶対的な神威を纏った瞳でヒミコを見下ろし、静かに、そして残酷に事実を羅列し始めた。


 「この私――『アマテラス』の名を騙って雨を降らそうと小細工をしたり、私の名を使って失せ物探しの自作自演をしたり……。あの浅ましい数々の行いを、まさか私が気づいていないとでも思っていたのかしら?」

 「ギクゥッ!?」


 絶対にバレていないと思っていた過去のセコい悪事の数々をピンポイントで暴露され、ヒミコの顔面から一気に血の気が引く。


 「……そんな体たらくでは、あなたの故郷……『中つ国』――邪馬大国への帰還は、まだまだ先になりそうね」

 「――ッ!?」

 

 その単語を聞いた瞬間。

 ヒミコの表情から、先ほどまでのふざけたアホっぽさが完全に消え失せた。


 「……ど、どういうことじゃ!?」

 

 ヒミコは限界まで目を見開き、アマテラスと呼ばれた神をビシッと指差して叫ぶ。


 「ワレがこんな世界に飛ばされたのは……まさか、お主の仕業か!? ていうか本物!? ていうかまさかここは高天原!? ていうか高天原に何故ワレはいるんじゃ!? 昼寝したらここに飛ばされるシステムなのか!? まさかこれは夢!? そうじゃ、これは都合の悪い悪夢に違いないのじゃーっ!!」

 「一気に喋らないで、長いわよ。残念だけどこれは現実。その世界によくいるただの『転移者』たちとは別軸の世界線よ。あなたは――いえ、巻き込まれたお連れさんは可哀想だけど、私の神威で二人ともここに連れて来たの」

 「ふざけるなーっ! どうやったら帰れるのじゃぁぁぁっ!?」

 

 ヒミコは畏れ多くも、神聖なる最高神の肩をガシッと掴むと、前後にグワングワンと激しく揺さぶり始めた。

 

 「ちょっ……衝撃だわ……! 私、これでも神格トップクラスのかなりの高位神なのだけど……!」

 

 ガックンガックンと脳を揺らされながら、アマテラスは人間の恐れを知らぬ暴挙に目を白黒させる。だが、なんとか神としての威厳を取り繕うと、ピシャリと言い放った。


 「や、揺さぶるのをやめなさい! ……どうすれば帰れるかは、自身で考え、見つけ出すことね。ここで私が答えを与えてしまっては、あなたのためにならないじゃない」

 「そんな先生みたいなこと言って誤魔化すでないわ! 今すぐ元通りにせんか、このこのこのこの!!」

 「やっ! やめっ、ちょっ、頭揺れるからぁっ!」

 

 最高神の権威など微塵も気にせず、ヒミコはアマテラスの胸ぐらを掴んでぶんぶんと激しく振り回す。


 「アマテラス様ァーーーッ!?」

 「に、人間が乱心したぞォォッ!」

 「早く引き離せ! お召し物が乱れてしまう!」

 

 周囲で様子を窺っていた純白の衣の眷属たちが、神のピンチに涙目でわらわらと群がってきた。

 神様、眷属、そして傍若無人な人間の少女が入り乱れ、神聖なる中庭はもみくちゃ、わちゃわちゃのカオスと化す。


 「と、とにかく! 自身で考えなさい! それがあなたのためなんだからーっ!」

 

 眷属たちに引き剥がされながら、アマテラスは捨て台詞を吐いて逃げるように光の中へ消えていこうとする。


 「待て!! 逃げるんじゃねえのだ!! うおおおおおおおおっ――――――――ッ!!」

 

 

 ◇◇◇


 「あっ! これが付与か……!! 行けた!」

 

 現実世界の裏山。

 目を閉じていたリオがカッと目を開くと同時に、彼の手にした弓とつがえられた矢に、バチバチバチッ!と青白い火花が弾けた。

 微弱ではあるが、確かな『雷』の魔力が、矢の先端に螺旋を描くように纏わりついている。


 「おー! まさかまさかの雷の付与か! こりゃ珍しいなー!」

 「そうなんですか?」

 「ああ。大体、武器に魔力を付与するって言ったら、火・水・風あたりが相場だ。自力で雷を引き出せる奴はそう多くないぞ」

 

 ミランダが感心したように口笛を吹く。


 「へぇ……」

 

 自分の手の中でバチバチと鳴る雷の力に、リオは少しだけ高揚感を覚えた。


 「まあ、試しに撃ってみな」

 「はい!」

 

  ミランダに促され、リオは何もない空間――少し先にある太い木の幹を標的に定め、弓を力強く引き絞った。

 ギチギチと弓弦が鳴り、大気中の魔力が矢尻へと急激に収束していく。バチッ、バチッ、と漏れ出す青白い紫電が、リオの頬を明るく照らした。


 「ふっ……!」

 

 鋭い呼気とともに、指を離す。

 直後、バヂィィィッ!! と空気を焦がすような甲高い破裂音が響き渡り、青白い閃光が一筋のレーザーとなって空間を切り裂いた。

 放たれた矢は、これまでの物理的な射撃とは比べ物にならない速度と威力で飛翔し、標的の木の幹に激突。ドォンッ!という小さな爆発音とともに激しい火花を散らし、幹の表面を黒く焦がした。


 「す、すごい……! これが、魔力付与……!」

 

 想像以上の威力に、リオは自分の両手を見つめて震える。

 初めての魔法の成功。確かな成長。リオがその感動の余韻に浸りかけた、まさにその時だった。


 「チックショウ!!!! 逃げられたのじゃぁぁぁぁぁぁっ!!!!!」

 「「なにいってんの!?」」

 

 足元のレジャーシートで気持ちよさそうに爆睡していたアホ幼馴染が、突然ガバッと跳ね起きて虚空に向かって大絶叫し、リオとミランダの見事なハモりツッコミが裏山にこだました。



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