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35話 エチケット


 たまご。

 それは一般的に、鳥類や爬虫類が産み落とす、殻に包まれた丸い物体である。

 色は基本的には白。なかには赤茶色や、自然に溶け込むための斑模様を持つものも存在するが、人々の認識としては白くて丸いものというのが一般的な共通認識だろう。

 

 「また来年も待ってるぜー!」

 「じゃあねぇ、お嬢ちゃんたち!」

 「「ピヨォー!」」

 

 そんなのどかな村人たちと、何故か仲良く羽を振って見送ってくれるマッハ・ピヨ吉&第一夫人の声を背に受けながら。

 泥だらけの顔を洗わせてもらい、勝利の報酬を大事そうに胸に抱えた少女――ヒミコは、マジマジとその物体を見つめて呟いた。

 

 「……真っ黒なんじゃが?」

 

 アスレチック勝負の勝利報酬として、第一夫人は特別に二つの卵を産み落とした。

 一つは村へ。そしてもう一つが、ギルドへの納品用としてヒミコたちの手に渡されたわけだが。

 少女の腕に抱えられているのは、ダチョウの卵ほどもある巨大な卵。

 ミランダの背中には、村人からお土産にもらった普通のミラクルバードの卵が割れないように厳重に包まれて背負われているため、余計にその異常さが際立っている。

 

 その色は白でも赤茶色でもなかった。

 見れば見るほど中に吸い込まれてしまいそうな、艶やかで深い漆黒。まるで宇宙の暗闇をそのままギュッと固めたかのような、美しくも怪しい輝きを放っている。

 

 「なんじゃこの卵……見ていると、まるで魂を吸い取られそうに――」

 「んな訳無いだろ」

 「なんじゃ、ノリの悪い奴め」

 

 ミランダの冷静すぎるツッコミに、ヒミコが唇を尖らせてツンツンと肩をつつく。

 

 「じゃが、大丈夫なのかこれ? 呪いのアイテムとかではないのか?」

 

 そう思うのも無理はない。見た目が完全に邪悪な魔道具のそれである。

 不審がるヒミコとリオに向け、ミランダはやれやれとため息をついて解説を始めた。

 

 「呪いじゃねえよ。ただ単に栄養が濃すぎるだけだ」

 「栄養?」

 「濃い? じゃが、ミランダが背負っておる他の奴らの卵は白いぞ? なんでこれだけ黒いんじゃ?」

 

 他のメスのミラクルバードは、村との契約通り毎日卵を産む。

 だが、第一夫人となると求められる役割が違う。それは群れのメスの統率だ。

 

 (え? ボスのピヨ吉が群れ全体を統率するんじゃないのか?)

 

 リオが内心で首を傾げていると、ミランダが呆れたような顔で口を開いた。

 

 「あいつら、長年家畜として安全に育ってきたが故に……いつしか人間をハメるコースを制作することに快感を覚える変態になっちまったんだよ」

 

 「「…………」」

 

 「そこで、コース制作の指揮はボスのピヨ吉が。そして、コース作りに駆り出されるメスたちの統率は第一夫人が、という風に役割分担されていった。だから――」

 

 ミランダはヒミコの抱える黒い卵を指差した。

 

 「第一夫人は毎日卵を産む代わりに、そのエネルギーをすべてメスを束ねるため体内に溜め込み続けてるんだ。そして年に一回だけ、限界まで溜め込んだその超高濃度の栄養を排出する」

 「……排出すると?」

 「極限まで圧縮され、栄養素が限界突破した結果……光すら吸い込むようなドス黒い色に変色した。それが、お前が持ってるその卵ってわけだ」

 「栄養の塊というか、もはや別のヤバい物質になっておらんか!?」

 

 ヒミコが抱えていた黒い卵を、爆弾でも持つかのようにビクッと体から離した。


 「別にヤバくは無いが、そのまま食べたらこすぎて食えたもんじゃない。だから、ギルドはどでかいケーキをつくるんだ」

 「へー。まっどうでもいいか! これで一気に50万フォルス!!! ふっはっはっはっはっは!」

 

 生態の解説など欠片も興味がないのか。ヒミコは真っ黒な卵を天高く掲げ、まるで世界を征服した悪役のような高笑いを響かせた。

 

 「まぁでも確かに、一時はどうなるかと思ったけど……無事に卵も手に入ったし、なんとかなったな」

 

 リオが心底ホッとしたように息を吐く。

 そんな事を言い合いながら、ファストールの街へと帰路につく三人。

 しかし、彼らは気づいていなかった。

 街道脇の深い茂みの中から、その様子をじっと見つめる『怪しい影』が潜んでいることに――。

 

 ◇

 

 茂みの奥に潜んでいたのは、複数の薄汚れた男たちだった。

 ボロボロの革鎧に、手入れのされていない無骨な武器。彼らはつい先日、商人の馬車を荒らして衛兵に捕まるも、今朝方牢屋から忽然と姿を消した――ギルドの受付嬢リーナが警告していた脱獄犯の盗賊たちである。

 

 「おい、来たぞ。獲物だ」

 

 リーダー格の男が、下卑た笑みを浮かべて街道を指差す。

 

 「へへっ。牢屋から脱獄して、身を隠すためにこんな街道の茂みに潜んでたら……まさか、あんな上玉が歩いてくるなんてよ、最近めっきりご無沙汰だったんだ」

 

 そこを歩いているのは、冴えない少年と、険しい顔をした女冒険者、そして――。

 

 「あれ? ちょっと待ってください兄貴! あの黒髪の女が大事そうに抱えてるの……」

 「ん? ――あぁ!?」

 

 手下の一人に言われ、リーダーの男は目を剥いて身を乗り出した。

 女の腕に抱えられている、禍々しいほどに黒光りする巨大な卵。

 

 「マジかよ……! あれはミラクルバードの極上卵じゃねえか!?」

 「ってことは兄貴、あれを奪えば……!」

 「ああ! 裏ルートに流せば150万フォルスは堅い、超高額なお宝だぜ!」

 

 商人の馬車を荒らしていたケチな盗賊から一転。思いがけない特大のボーナスチャンスに、脱獄犯たちの目がギラギラと強欲な光を帯びる。


  ◇

 

 「ごっごっごっごっ、ごじゅうまーん♪ ごっごっごっごっ、ごじゅうまーん♪」

 「何ちゅう歌だよ……」

 

 漆黒の極上卵を大事そうに胸に抱え、満面の笑みで謎のオリジナルソングを口ずさむヒミコと、それに呆れ果てるリオ。

 ファストールの街へ向け、のどかな足取りで帰路についていた、その時だった。

 

 「――おい! そこのお前ら!」

 「げっへっへっへっへ」

 

 突然、街道脇の深い茂みから飛び出してきたのは、複数の薄汚れた男たちだった。

 ボロボロの革鎧を着込み、手には手入れのされていない無骨な剣や斧。下卑た笑みを浮かべる口元からは、ひどく黄ばんだ歯が覗いている。

 どう見ても、絵に描いたような三下悪党の登場シーン。緊迫した空気が走る――かと思いきや。

 

 「……きったねぇ。歯くらい磨かんか、エチケットじゃぞ」

 「今そこ一番重要!?」

 

 命の危機よりも先に、真っ向から相手の口腔衛生を指摘するヒミコに、すかさずリオのツッコミが飛ぶ。

 

 「はっはっは! 随分と威勢のいい小娘じゃねえか! 俺はそういう強気な女、嫌いじゃねえぜぇ?」

 

 リーダー格らしき男が、ヒミコの暴言に怒るどころか、ニチャァ……といやらしい笑みを深めて舌舐めずりをした。

 盗賊特有の、女を標的にした下劣なセリフ。

 

 その言葉を聞いた瞬間、リオは限界まで目を見開き、信じられないものを見るような顔で叫んだ。


 「―――えっ!? まさか、このヒミコが男にモテてる!?!?」

 「おい」

 

 心底驚愕する幼馴染。

 そのあまりにも失礼な反応に、自称・次期女王のドスの効いた低い声が突き刺さった。

 

 「はっはっは! 命の危機だってのに、随分と余裕じゃねえか」

 

 目の前で的外れなコントを繰り広げる獲物たちを見て、リーダー格の男は完全に舐めきった態度で一歩前に出た。そして、下劣な笑みを浮かべたまま武器を構える。

 

 「だが、おふざけはそこまでだ。さぁ、怪我したくなかったらその黒い卵を渡しな! あと、そこの女二人も俺たちの慰み者として置いてってもらお……う…………え?」

 

 言葉の途中で。

 男の滑らかな脅し文句が、唐突にバグったように停止した。

 

 「……兄貴?」

 

 後ろに立つ手下が不思議そうに声をかけるが、リーダーの男はピクリとも動かない。

 男の視線は、威勢のいいヒミコから外れ、その斜め後ろ――背中に白い卵を背負い、また面倒なのが出てきたよとばかりに呆れ顔でため息をついている、もう一人の女へと釘付けになっていた。

 

 「…………あ?」

 

 視線に気づいたミランダが、底冷えするような不機嫌な目を向ける。

 その瞬間。ボロボロの盗賊の顔面から、スゥァァァァ……と、滝のように血の気が引いていった。

 

 「なっ……なんで……っ!?」

 

 先ほどまでの強気な態度は完全に消え失せ、男はガタガタと膝を震わせ始めた。手にした無骨な剣が、カチャカチャと情けない音を立てる。

 

 「兄貴? どうしたんスか、顔真っ青っスよ!?」

 「ばっ、馬鹿野郎! お前らあの女の顔を知らねえのか!?」

 「へ?」

 

 手下たちが首を傾げる中、リーダーの男はひきつった悲鳴を裏山に響き渡らせた。


 「なんでこんな所に……っ! ぐっ紅蓮の刃がいやがるんだぁぁぁっ!?」


 


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