27話 完璧な直立敬礼
「ミランダ、お前少したるんでるんじゃないかい?」
訝し気な表情を浮かべ、やれやれとミランダを睨み付けるリーゼ。
(おや……?)
そのただならぬ空気に、リオは首を傾げた。
「どうせあれだろ?『こんなルーキーが来るような場所なんて楽勝だ』って高を括って、ロクな準備もしてこなかったんだろ? あぁん?」
「ギクッ……」
図星を突かれたのか、ミランダがわかりやすく肩を跳ねさせる。
「リーナが言ってたぞ? ここ最近、めっきり依頼を受けに来ないって。どうせあれだろ? たらふく稼いでは使い切るまで飯食ってダラダラして贅沢三昧。ようやく金が無くなって『さあ仕事しようか』となった時にはギルドの登録が失効間近。んで、慌てて新人冒険者の研修と引き換えに失効を免れた――とか、そういう感じだろ? あぁん?」
「うぐっ……」
「だからそういう自堕落な生活やめろって言ったよな? うちにも全然顔出さねえし。……ミランダ、ちょっとその剣見せてみろ」
「ちょっ、まっ――」
有無を言わさぬ早業で、リーゼはミランダの腰から剣を奪い取り、チャキッと鞘から抜いた。
「ホレ見た事か! 刃こぼれしてる上に研いですらねえ! 冒険者の命である剣を舐めてんのか、お前は!」
「ひぃっ、すいません……!」
ベテラン冒険者と思われるミランダが、すっかり縮み上がってたじたじになっている。
(この人エスパーなのかな……? ミランダさんの最近の行動、ばっちり当ててくるんだけど)
リオは内心で戦慄した。
「あのー……」
このタイミングで口を挟むのは若干の抵抗があったが、それでもなお、リオにはどうしても聞いておきたいことがあった。
「なんだい?」
「お二人の、その……ご関係は?」
リオがそう尋ねると、リーゼは呆れた顔のままミランダを見て、くいっと顎をしゃくった。
促されたミランダは、バツが悪そうに視線を彷徨わせた後、消え入りそうな声で呟いた。
「……お、お姉ちゃん……」
「…………」
その瞬間、その場に凄まじい違和感が生まれた。
男勝りな凄腕女冒険者の口から飛び出した、あまりにも破壊力のある甘ったるい響き。その誰もが感じた違和感の正体を、空気を読まないアホ幼馴染がズバッと言い放つ。
「おいミランダ。お主の口から『お姉ちゃん』なんて言葉、壊滅的に似合わんぞ」
「うるせえ! 殺すぞバカヒミコ!!」
顔を真っ赤にし、涙目になりながらヒミコにポカポカと抗議するミランダ。
そのコントのようなやり取りを見ていたリオは、ふとある事実に思い至り、口を開いた。
「……あれ? お二人が姉妹ということは、リーゼさんも貴族なんですか?」
リオの素朴な疑問に、リーゼは少しだけ驚いたように目を丸くし、やがて呆れたように息を吐いた。
「……ああ、なるほど。ミランダのやつから実家の話を聞いたのかい。まあ、そういうことだね」
「やっぱりそうだったんですね」
「とはいえ、アタシはあんな堅苦しい生活がどうしても性に合わなくてね。とっくの昔に家から逃げてきたんだよ」
リーゼは首の後ろをポリポリと掻きながら、どこか遠い目をしてボヤいた。
「自由気ままなアタシが家を飛び出して、下のこいつも冒険者になんてなってフラフラしてるだろ? ……今頃、実家に残って家督やらしがらみやらを全部押し付けられてる一番上の人が、不憫でならないね、悪いとは思うけどさ」
心底同情するような呟き。
そんな実家の苦労など微塵も感じさせず、いまだに「バカヒミコー!」とアホ幼馴染相手に涙目でポカポカやり合っている情けない妹の姿に、リーゼは頭痛を堪えるようにこめかみを押さえた。
「はぁ……。それで、お前が請け負った新人研修の子たちがこの二人って訳か。昨日うちの店で会ったね。買った獲物の具合はどうだい?」
「よっ」
気まずい空気など一切読まず、ヒミコは片手を上げて気楽に挨拶を返す。
「まだ敵に叩き込めておらんのじゃ。ウサギの幻覚には騙されるしな!」
「……そうかい。で、そっちのお前は?」
(いや、杖で直接殴るのは魔法が尽きた時の最終手段であって、本来の使い方じゃないんだが……)
最初から物理でノリノリなアホを前に、リーゼは若干口元をピクッと引きつらせたが、気を取り直してリオに尋ねた。
「い、いえ、自分はまだ……その、武器に『魔力を付与する』って感覚がいまいち良く分からなくて」
「なんだい。道中、ミランダから教わってないのか?」
「教わったには教わったと、言いますか……」
リオは先ほどの直接体で覚えさせるというトンデモ指導を思い出し、顔を赤くして気まずそうに視線を泳がせる。
すると、横からヒミコがドヤ顔で口を挟んだ。
「聞いて驚け! こやつ、リオの手を掴んで己の無駄にでけえおっぱいに触らせて、あーだこーだ言ってセクハラしておったのじゃ!」
ピシッ。
裏山の空気が、文字通り凍りついた。
「…………ほう?」
リーゼの目が、スゥッと細められる。
絶対零度の視線を向けられたミランダは、「ヒィッ」と短い悲鳴を上げて顔を青ざめさせた。
「ちっ、ちが、違うんだお姉ちゃん! アタシは言語化が苦手だから、魔力の流れを直接体で教えようと――!」
「ミランダ。お前、ついに新人相手に欲求不満をぶつける変態に成り下がったのかい?」
「だから違うってばぁぁぁぁっ!?」
膝から崩れ落ち、無実の罪で泣き叫ぶミランダ。
「そう言えば、お主は何故こんな所にいるんじゃ?」
頭頂部のアホ毛を器用に曲げて『?』マークを作りながら、ヒミコが尋ねる。
「ん? ああ、アタシはこの裏山に用はないよ。このさらに先に鉱山があるから、武器の材料を仕入れに行く途中さ」
どうやらリーゼの武具屋に並んでいる品は、素材の多くを彼女自身が直接採りに行っているらしい。
「そうなんですね。単純なイメージですけど、そういう素材集めって冒険者に依頼を出すものだと思っていました」
「無理さ。もちろんギルドを通して依頼を出すこともできるが、その分、販売価格に上乗せしなきゃいけなくなるしな。それに、ただ適当に数を持ってきたって意味がねえ。素人じゃ、鉱石の質の良し悪しなんて分かんねえだろ?」
「なるほど……。でも、採掘の荷物ってかなり重いはずですよね。一人でですか?」
「いや? アタシは荷物持ちを連れて……あれ? そういえば、おいっガン……ゾ」
リーゼが不思議そうに首を傾げ、後ろを振り返った、その瞬間だった。
「あーっ!!! もっと罵ってください―――――ッ!! ありがとうございます姉御ォォォォッ!!!!! あざああああああああっす!!!!!」
手前の地面で四つん這いになり、虚空に向かって絶叫していた筋骨隆々の大男。
彼がそう叫び声を上げた、まさにその刹那――。
――ビシィィィィィッ!!!
「「「…………」」」
空気を切り裂くような凄まじい音を立てて、大男はバッと勢いよく立ち上がった。
そして、顔は恍惚とした表情でダラダラとヨダレを垂らしながらも、体はそれはそれは見事な、一分の隙もない完璧な直立敬礼をバシッと決めて静止したのだ。指先からつま先まで一本の芯が通ったような、無駄に美しい挙作であった。
彼には今、一体どんな幻覚が見えているのだろうか。
先ほどまでののどかな裏山の空気は完全に消し飛び、リオ、ヒミコ、そして泣き崩れていたミランダの三人は、ただただドン引きしながら、ヨダレを垂らしてピシッと敬礼し続けるヤバすぎる大男を無言で見つめていた。




