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26話 SDGs


 ギリリ、とドラゴンの凶悪な牙が覗く。

 その一息だけで森ごと消し炭にされそうな圧倒的なプレッシャーの前に、つい先ほどまで完全なピクニック気分だった三人の思考は完全にフリーズした。


 「どっ、どうするんですかミランダさん!? これ、絶対ウサギじゃないですよね!?」

 「見りゃ分かるだろ! アビゲイジャー・ドラゴンっていったら、高位の冒険者が複数総動員して討伐するレベルの天災だぞ!? なんでこんな裏山にいんだよ……っ!」

 「ふはははは! よいぞ、でかウサギ! これなら肉がいっぱい取れそうじゃ!」

 「ヒミコ! お前は現実を見ろ!!」

 

 完全に状況を理解していないアホな幼馴染に全力でツッコミを入れつつ、リオは顔面を蒼白にさせる。

 超安全地帯のはずの裏山で遭遇した、絶対的な死の化身。

 しかし、その巨体は翼をはためかせることはせず、ゆっくりと、足音すら立てずにふわりと三人の目の前に降り立った。

 そして、黄金に輝く巨大な瞳で三人をじろりと見つめると――直接脳内に響くような重低音で、信じられない言葉を紡いだのだ。


 『――お前たちが落としたのは、この袋に詰められた一億フォルスか? それとも、この聖剣デビルゴッドセイバー……略称【SDGs】か?』

 「このドラゴン何言ってんの!? いったい何言ってんの!?」

 

 一瞬前までの絶望感はどこへやら。

 あまりにも斜め上すぎる、まるで童話の女神様のようなトンチキな問いかけに、リオは恐怖を忘れてつい全力でツッコミを入れていた。

 聖剣デビルゴッドセイバーの略称がSDGsってなに!? 持続可能な世界でも目指してんのか! と。


 「どっちもじゃ!!」

 

 しかし、強欲なアホ幼馴染は違った。

 恐怖など最初から微塵もなく、目を¥マークにしてヨダレを垂らしながら、目の前に差し出された(?)金袋と聖剣へ向かって一目散に猛ダッシュする。


 「おい、ちょっと待てぇーーっ!!」

 

 その信じられない特攻に、リオとミランダの悲鳴のような制止の声が裏山に響き渡った。

 二人は全力で地面を蹴り、猛ダッシュするヒミコに背後から飛びかかって強引にとっつかまえる。


 「離せ! 無礼者! ワレに気安く触るでない! ワレを誰と心得るのじゃ!」

 「状況をよく考えろ! いきなり現れたドラゴンが『あなたが落とした物は』って金と剣を出してくるわけないだろ!」

 「うるせえ! この金さえあれば、美味い飯! 高級宿屋がワレを待っているんじゃーっ!」

 「欲に溺れすぎだろ!!」

 「痛っ、アタシの腕を噛むなバカヒミコ! 大人しくしろ!」

 

 圧倒的なオーラを放つ巨竜の目の前だというのに、砂埃を上げて知っちゃかめっちゃかに取っ組み合いを始める三人。

 わちゃわちゃと地面を転げ回って揉み合っている、まさにその時だった。


 「――おい、お前達。何やってるんだい?」

 

 呆れ果てたような女性の声が、背後から降ってきた。

 三人が動きを止めてピタッと振り向くと、そこには見覚えのある顔があった。


 「あ」

 「リーゼさん」

 

 目の前にいるはずの巨大なドラゴンには一切目もくれず、武器屋の店主であるリーゼが、ただ冷ややかな視線を三人に下ろしてこう言い放った。


 「……さっきから、そのちっこいウサギ一匹を前にして、三人で地面転げ回って何やってんだい?」

 「「「……え?」」」

 

 リーゼが指差した先。そこにあったはずの『アビゲイジャー・ドラゴン』の圧倒的な巨体は、まるで陽炎のように揺らぎ、ぱたりと跡形もなく消え去っていた。

 代わりにそこにちょこんと座っていたのは、真っ白な毛並みに奇妙な渦巻き模様を浮かべた、一匹の小さなウサギだった。

 ウサギは、地面で知っちゃかめっちゃかに取っ組み合っているアホな三人組を見下ろし、不思議そうにコテッと首を傾げる。やがて。


 「ひゅいっ」

 

 まるで鼻を鳴らすように、いかにも小馬鹿にしたような声をひとつ残し、ピョンコピョンコと茂みの奥へ去っていった。

 

 …………ぴゅーるるるる。

 

 まるで、荒野に乾いた砂埃が吹き荒れるような、なんとも言えない虚無の風が三人の間を吹き抜けていく。


 「まさかこれって、もしかして……さっき言ってた『幻覚』って奴ですか?」


 呆然とへたり込みながら、リオが虚ろな目で呟く。

 

 そして、その隣で同じく呆然と空を掴んでいるのがもう一人。


 「おい。――金はどこ行った? ワレの『プレミアム聖剣エクスカリバー』はどこいったのじゃ……?」


 (いや、もう名前すら原型留めてねえよ……)

 

 もはや「SDGs」でもなんでもなくなっている強欲な幼馴染に、リオは内心で力なくツッコミを入れた。

 そんな惨めな姿を晒す彼らを見下ろしながら、リーゼは深いため息を吐き、心底呆れたように口を開く。


 「ミランダ。あんたほどのベテランが、もしかしてドリームラビットの幻覚に引っかかったのかい? というか、妙な組み合わせだね」

 

 どうやら二人は知り合いらしい。

 

 リーゼの指摘に、ミランダはビクッと肩を揺らした。そして、あからさまに目を逸らし、冷や汗をだらだらと流しながら口を開いた。


 「……ア、アタシは引っかかってないよ。ドリームラビットにはこういう厄介な幻覚もあるから気をつけろって、この新人冒険者たちに身をもって実感させていたところさ」


 「嘘つけぇっ!!」

 

 リオの容赦ないツッコミが裏山に谺する。

 さらに、まだ幻のプレミアム聖剣を探して地面を這いつくばっていたヒミコが、鼻で笑いながら追撃を仕掛けた。


 「はっ! 見栄を張るなミランダよ! お主、さっき『あああああああっ! アビゲイジャー・ドラゴンじゃぁ!? ヤバいヤバい、やられちゃうぅーっ! あぁん、助けてけてけてぇっ!』って大慌てで泣き叫んでおったくせに!」

 「言ってねえわっ!!」

 

 アホ幼馴染による過剰に誇張されたモノマネに、ミランダが顔を真っ赤にして全力で叫ぶ。

 さきほどまで魔力の講義で見せていたベテラン冒険者としての威厳は、たった一匹のウサギのせいで木っ端微塵に崩れ去っていた。




 

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