25話 ドリームラビット
「あばばばばばばばばっ!!」
「なっ、なんでこんな所に!?」
鼓膜を破るほどの凶悪な咆哮。大地をビリビリと揺らす、圧倒的プレッシャーと圧倒的オーラ。
これまで対峙してきた魔物とは完全に次元が違う、『似て非なるモノ』の巨大な影が一気に三人に襲い掛かった。
◇
「おはようございます! 皆さん!」
――時は少し遡り、翌朝。
三人は、冒険者ギルドへと足を運んだ。
「んごー……すー……」
「ヒミコ、お前いい加減に起きろよ……」
相も変わらず、見事な鼻提灯を咲かせて立ったまま爆睡しているヒミコ。そんな彼女を半分引きずるようにして支えながら、リオは深いため息を吐いた。昨晩、ミストの家で遅くまで騒いだせいか、このアホな幼馴染は完全に夢の中である。
挨拶もそこそこに、三人はギルドの壁に張り出された依頼掲示板の前に立った。
無数の紙切れの中から、ミランダが手慣れた様子で依頼を選別していく。基本的に張り出されたものが全てだが、ギルドに登録したばかりの新人には受けられる依頼の難易度にはある程度の制限があるのだ。
「まずはリオ、お前の『弓術士』のスキルを使えるようにならないといけないからな。何か簡単な討伐依頼を受けて、実戦形式で練習していくとしようか」
「はい、ミランダさん。よろしくお願いします」
素直に頭を下げるリオに、ミランダは満足そうに頷いて掲示板を指差した。
「アタシ一人ならなんでもいいんだが、お前達のレベルを加味すると――これくらいが丁度いいんじゃないか?」
そう言ってミランダが剥がし取った依頼書には、こう書かれていた。
【ドリームラビットの駆除:一匹駆除ごとに三千フォルス】
「ドリームラビット? ウサギですか? なんですかコイツは」
「ただのすばしっこいウサギさ。たまに街道に降りてきて、通りすがりの商人たちに幻覚を見せてイタズラするらしくてね。それで商業組合からギルドに直々の駆除依頼が入ったんだろう」
「へぇ、幻覚を……」
「攻撃力は皆無だから安心していい。初心者の弓の的当てにはぴったりな雑魚中の雑魚だよ。おまけに……」
ミランダは鼻で笑い、ヒヒッと余裕の笑みを浮かべる。
「あいつら、意外と肉が美味くてね。駆除した死骸を持ち帰れば、ギルドが食肉として買い取ってくれて報酬がさらに『上乗せ』されるんだ」
――ガバッ!!
「うむ! 良いぞ!!」
「うおっ!?」
今まで立ったまま爆睡していたヒミコが、『肉』と『上乗せ』という魔法のワードに反応し、カッと目を見開いて完全覚醒した。
「楽して小銭が稼げて、ついでに美味い肉まで食える! まさに次期女王の休日にふさわしい完璧な依頼じゃ! さっさと行くぞお主ら!」
「お前はまず顔でも洗ってこい……」
ヨダレを拭いながら意気揚々とギルドの出口へ向かうヒミコに、リオが呆れたようにツッコミを入れる。
そんな賑やかな二人を見て、ミランダは満足そうに依頼書を丸めた。
「場所はファストール東の裏山。危険な魔物も出ない超安全地帯だ。まぁ、のんびりピクニック気分で行こうじゃないか」
そこまで言うならと、三人はその『簡単で安全で美味い肉が食える依頼』を受注し、意気揚々と東の裏山へ向けて出発した。
ぽかぽかとした陽気。
緑豊かな自然。
チュンチュンと木々で休む小鳥たちの、耳障りの良いさえずり。魔物すら出てこない、あまりにも平和な山道。
「ふはははは! チョロい! チョロすぎるぞ異世界! このままドリームラビットとやらを根こそぎ狩り尽くしてやるわ!」
「いやー、本当に平和だねぇ」
すっかりピクニック気分のヒミコとミランダ。
歩き始めてしばらく、道中、ミランダは最後尾を歩く初心者のリオに向けて『弓術士』の指南を始めていた。
「ヒミコは何故か最初からスキルを使えてるからいいが……リオ、お前はまだ自分の弓術を使いこなせていない。この前はアタシもイヤイヤだったから教えるのが面倒だったが、あれから考えたんだ。どうもアタシは感覚派というか……言語化して教えるのが苦手でね」
「はぁ……まぁ、見ててそんな気はしてましたけど」
「だから、直接体で覚えさせることにした」
そう言うと、ミランダは唐突にリオの右手を取り――あろうことか、ガシッと自身の豊かな胸元へと押し当てた。
「なっ、なんですか!?」
突然の事態と、手のひらに伝わる柔らかな感触に、リオは顔を真っ赤にしてテンパる。
バッと手を引っ込めようとするが、熟練の冒険者であるミランダの腕力にはビクともしない。そんなリオの純情すぎる反応を見て、ミランダはにやにやしながらボソリと呟いた。
「……お前、童貞か?」
「なっ!? どっ、どどどどどどど童貞じゃねえし!? 手、繋いだことあるし!」
「童貞じゃねえか。まぁいいや、集中しろ」
ピシャリと一蹴され、リオは涙目で口をつぐむ。
だが、言われるがままに彼女の胸へ手を当てていると――しばらくして、手のひらの奥から『じんわりとした熱』が伝わってくるのを感じた。
ただの体温ではない。心臓の鼓動とは別に、体の内側で脈打っているような、不思議で力強い熱のうねり。
「……な、なんですか? これ」
戸惑いながら尋ねるリオに、ミランダはニヤリと笑って答えた。
「これが『魔力』だ。この感覚を覚えろ。周囲の空気から取り込んで、胸のあたりに集めるイメージだ。んで、それを全身に巡らせるって感じだな。……まぁ、人によってやり方は違うけど、アタシの場合はそうだった」
「……なんですかその適当な教え方は。まぁ、やってみますけど」
リオは「はぁ」と深いため息をつきながらも、歩きながら目を閉じ、言われた通りに集中してみることにした。
そんな真面目なリオを眺めながら、ミランダはふと隣のヒミコに視線を落とす。
「そういやヒミコ、お前はなんで使えたんだ? 誰からも教えてもらってないんだろ? 魔力ってのは普通、誰かに教えてもらって覚える事の方が多いんだが」
「あぁ?」
ヒミコは首を傾げ、しばらく考え込むような素振りを見せた。
「さぁ? ワレは王族じゃからな。天性の才能という奴ではないか? ……おう、ミランダのこれも、なかなか良い才能をしておるな」
「おまっ、何して……っ!」
さも当然のような顔をして「天性の才能」と豪語しながら、ヒミコはなぜか両手でミランダの豊かな胸をツンツンとつつき、さらには無言でムギュムギュと揉みしだき始めていた。
「おいコラ! どこ触ってんだ!」
「よいではないか、減るもんじゃねえし。……しかし無駄にデカいのう、肩凝らんか?」
「ふざけんな、離せ!」
「分かった! 等価交換じゃ、ワレのも触って良いぞ!」
「ねえじゃねえか!」
「――なにおぅ!?」
真剣に魔力のコントロールに集中しようとしているリオのすぐ背後で、ギャーギャーと騒がしいじゃれ合いを始める女子二人。
のどかな裏山の道中に、気の抜けるような二人の声が響き渡った。
そんな騒ぎを背中で聞きながら、リオは目を閉じてブツブツと魔力のイメージトレーニングを続ける。
そうしてしばらく歩き、ようやく目的の狩り場である裏山の入り口――少し開けた広場へと到着した、その時だった。
「おっ、いた……ぞ?」
ザザザザッ! と茂みが揺れ、真っ白な毛並みに、幻覚を誘うような奇妙な渦巻き模様を浮かべたウサギ――ドリームラビットが何匹も飛び出してきた。
だが、様子がおかしい。のんびりと草を食んでいるわけではなく、何かに怯えるように全速力で逃げ回っているのだ。
ウサギだけではない。バサバサバサッ!と、森の鳥たちもパニックを起こしたように一斉に飛び立っていく。
「なんじゃ? こやつら」
「おい、なんだか様子が……」
ぼーっとその異様な光景を眺めていた二人の頭上に、急に巨大な影が差した。
まるで、太陽そのものが隠れてしまったかのように。
「ん?」
「あぁ?」
ぽかんと空を見上げるヒミコとミランダ。
その後ろで、うつむいて目を閉じたまま、必死に魔力に集中しているリオ。
(胸に集めた魔力を……全身に……)
そして次の瞬間、広場を揺るがす圧倒的な咆哮が響き渡った。
「あばばばばばばばばっ!!」
「なっ、なんでこんな所に『アビゲイジャー・ドラゴン』が!?」
「……え? 二人とも急にどうし――って、うおぉぉぉぉっ!?」
リオの視線の先――ついさっきまで長閑な青空が広がっていたはずの頭上には、まるで小山がそのまま動き出したかのような、巨大な漆黒の鱗を持つトカゲが、悠然と三人を見下ろしていたのだ。




