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24話 訳ありの過去


 ムシャムシャムシャムシャッ!


 「うめぇー! これ、うめぇのじゃ!」

 

 口いっぱいに料理を頬張り、リスのように顔を膨らませるヒミコ。

 その行儀の悪い姿を、ミランダは呆れ顔で眺め、リオは恥ずかしさのあまり頭を抱え、そして家主であるミストは――エプロン姿のまま、にこやかで穏やかな笑みを浮かべていた。


 「……本当にすみません。こいつが図々しくて」

 「ははっ、気にしなくていいよ。これだけ美味そうに食べてくれると、作り甲斐があるというもんだ」

 

 申し訳なさそうに平謝りするリオに、ミストは上機嫌で笑い返す。

 事の発端は数十分前。

 ニャンカルドッグを『シュルトッテ』と命名してひと段落した直後、ヒミコが空気を一切読まずに「良いにおいがする飯を食わせろ!」と要求したことである。普通なら不法侵入の一歩手前で追い返されるところだが、料理魂に火がついていたミストはにこやかに笑いながら、あっさりと彼らを家へ上がらせてくれたのだ。

 ふと、リオは出された飯を食いながら部屋の中を見回した。


 (辺境伯の長男って聞いてたから、もっと豪勢な屋敷に住んでるのかと思ったけど……)

 

 ミストの家は、驚くほど質素だった。

 玄関を入ってすぐの場所に小さな台所があり、今彼らが囲んでいるのは、きちんと椅子に腰掛けて使う西洋風の食卓だ。リオたちの故郷にあるような簡素な造りとは違い、縁や脚の部分には細かな意匠が施されている。

 あとは奥に寝室らしき扉が一つあるだけで、リオの感覚で言えば『こぢんまりとした小さな平屋』といった間取りである。

 余計な装飾品や高価な家具は一切なく、良く言えばシンプル、悪く言えば『男の一人暮らし感』が全開の、少し殺風景な部屋だった。


余計な装飾品や高価な家具は一切なく、良く言えばシンプル、悪く言えば『男の一人暮らし感』が全開の、少し殺風景な部屋だった。


 (それにしても……つい前日まで尋問所の牢屋にぶち込まれていたのに、その翌日に尋問官の家で手料理を振る舞われている奴なんて、世界広しと言えども俺たちくらいだろうな……)

 リオはそんな呆れたツッコミを内心で呟きながら、美味い飯を胃袋に流し込む。

 すると、同じく食卓を囲んでいたミランダが、ふと思い出したように口を開いた。


 「にしてもミスト。あんた、ペットなんか飼うなんて急にどうしたのさ?」

 「ん? あぁ、毎日の尋問で溜まったストレスを癒やしたくてね。これからはシュルトッテが私の心のオアシスというわけさ」

 「お二人って、元々知り合いなんですか?」

 

 どこか昔からの友人のような気安い二人の空気に、リオが不思議そうに尋ねる。

 するとミランダは、頬杖をつきながらあっけらかんと言い放った。


 「あぁ。アタシも元々は貴族だからね」

 「……え?」

 

 あまりにも急な爆弾発言に、リオの手がピタリと止まる。

 ミランダは気にする様子もなく、ケラケラと笑いながら続けた。


 「アタシは隣の領の三女だったんだけどさ。親父に勝手に政略結婚させられそうになったから、嫌気がさして家から逃げて来たのさ」

 「そういうことだ。昔は親同士の付き合いでよく顔を合わせていたんだがね。……まさかお互い家を飛び出して、同じ時期にこのファストールの街で再会するとは思わなくてね。あの時は本当に驚いたものだよ」

 「あはは、あの時のミストの顔、傑作だったよなー!」

 

 懐かしそうに笑い合う元・貴族の二人。

 片や、嘘発見器のせいで家庭崩壊して家出した長男(現・エプロン姿の尋問官)。

 片や、政略結婚から逃げ出した三女(現・猫のちゅるちゅるまみれになった冒険者)。


 「へぇ……やっぱり、どこの世界にも政略結婚みたいな面倒くさい事情はあるんですね……」

 

 異世界ならではの重めの身の上話を聞かされたというのに、現在の二人のポンコツ具合を知っているせいか、リオは一切の感動も同情も湧かず、ただひたすらに妙な納得感だけを覚えて飯をすするのだった。

 そのとき。


 「むふぁふぁふぁふぁふぁ!(ふははははは!)――――んぐっ!? あばばばばっ!」

 

 口いっぱいに飯を詰め込んでいたヒミコが、突如として激しくむせ始めた。

 白目を剥いて喉を押さえる幼馴染に、リオはため息をつきながら、慣れた手つきで無言で水の入ったコップを差し出す。


 「ん、ごっくん! ―――はぁ、はぁっ……し、死ぬところだったのじゃ!?」

 「ヒミコ、お前ちゃんと噛んでから笑えよ……」

 

 呆れるリオをよそに、ヒミコはコホンと咳払いをして改めて仕切り直す。

 そして、その全くない平坦な胸を大きく反らし、ドヤ顔で高笑いした。


 「ふっははははは! お主達が貴族だろうと、ワレには敵わんのじゃ! なんたって、ワレは『王族』じゃからの!? ――ふふっ、はははははは! ……はぁ。むしゃむしゃむしゃむしゃ」

 

 ひとしきり笑って満足したのか、ヒミコは秒で食事に戻り、再びガツガツと飯を食い始めた。


 「……な、なんだいこいつは。もうこいつの生態が良く分からなくなってきたよ」

 「基本シカトで大丈夫です」


 完全に理解を超えたヒミコの奇行にドン引きするミランダと、真顔でスルーを推奨するリオ。

 だが、食卓の向かいでニコニコと料理を眺めていたミストが、ふと思い出したように口を開いた。


 「ははっ、そうだね。ヒミコちゃんは、本当の王族だね」

 「――は? マジ?」

 「ああ、マジだ。今は姫だが、いずれは次期女王だったかな?」

 

 ミストの言葉に、ミランダが目を見開く。

 無理もない。ミストの職業は『真理の裁定者』――すなわち、高性能嘘発見器である。前日、尋問所で彼らを調べた際、ヒミコの「ワレは次期女王じゃ!」というふざけた身分証明が『嘘ではない』と既に裏付けが取れていたのだ。

 その事実を知っているミランダだからこそ、余計に信じられなかった。


 「マ、マジかよ!? こんなのが!?」

 

 口の周りを飯粒だらけにして咀嚼しているアホな少女を指差し、ミランダが素っ頓狂な声を上げる。

 そんな騒ぎの中、リオは一人冷静に食後の茶を啜りながら訂正を入れた。


 「未定です。というか、まずは元の世界に戻る方法を見つけないと意味がないんで」

 「王都に行けば分かるんじゃろ? ならば金を稼いで王都に行けばよい! ついでにワレのスキルを鍛えればよかろう。まさに一石二鳥という奴じゃ! ふははははは!」

 自信満々に胸を張り、高笑いするヒミコ。

 だがその直後。


 

 ――無理よ



 「あぁ? なんじゃ?」

 

 ヒミコはドヤ顔での高笑いをぴたりと止め、キョロキョロと部屋の中を見回した。

 

 「どうしたんだ、急に」

 「今、どこからか女の声で『無理』と言われたんじゃが?」

 「はぁ?」

 

 リオが心底アホを見るような目を向ける。

 もちろん、リオにも、ミストやミランダにもそんな声は一切聞こえていない。


 「お前、遂に幻聴まで聞こえるようになったのか……」

 「違うわ! 本当に聞こえたんじゃ! 頭の中に直接響いてきたんじゃぞ!」

 「はいはい。王都でスキル鍛えるとか適当なこと言うから、お前のそのポンコツスキルが呆れてツッコミ入れてきたんだろ」

 「ワレのスキルを馬鹿にするなーっ!お前なんてまだ使えてすら無いじゃろうが!はっざまぁ!」

 「なにおぅ!」

 

 ぎゃーぎゃー、わーわーと、まるで子供の兄妹のように騒がしい言い合いを始める二人。

 そんな彼らの漫才のようなやり取りを見て、ミランダはやれやれと肩をすくめ、ミストは膝の上のシュルトッテを撫でながら、ニコニコと微笑ましく見守っていた。

 異世界に放り出されたばかりの少年少女と、訳ありの大人たち。

 不思議な縁で結ばれた彼らの賑やかな食卓の夜は、こうして更けていくのだった。


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