23話 独特な比喩表現
「何故君たちがここに? ……それに『紅蓮の刃』……」
扉が開くと、そこにはエプロン姿の見覚えのある金髪の青年――尋問官のミストが、ぽかんとした間抜けな表情で立っていた。
相変わらず目の下には濃いクマがあり、酷い疲労感が見て取れるが、顔の造作が整ったイケメンであることには変わりない。それどころか、世のお姉様方ならば庇護欲をそそられるであろう哀愁漂う青年が、頭に三角巾を巻き、手にお玉を持ったエプロン姿でお出迎えである。
「よう、ミスト」
ひらひらと手を振り、まるで長年の知り合いといった感じで気さくに挨拶するミランダ。
だが、そのクールぶった姿に、隣のヒミコがジト目を向けた。
「なんじゃミランダ。あれだけ醜態を晒しておいて、今更クールぶったところで無駄じゃぞ」
「なっ、何がだよ!?」
「ギルド内に広まった噂はどうせすぐにミストの耳にも入るんじゃ。今ここで『アタシ、ニャンカルなんて興味ないし』みたいな顔をしたところで遅いぞ。ほれ、さっきみたいに『あぁ〜しあわせぇ〜、あ〜〜っ!』と床に転がればよいではないか」
「そんなこと言ってねえぇ!?」
ギャーギャーと言い合う二人を見て、ミストが呆れたように苦笑する。
「……短時間でずいぶんと仲が良くなったようだね」
「なってねえ!!」
ミランダが顔を真っ赤にして全力のツッコミを入れた直後。
ヒミコはふと視線を戻し、目の前のミストの格好を上下になめ回すように見て、心底不思議そうに首を傾げた。
「それで? ……おぬし、まじの料理人じゃったのか?」
「コホンッ!!」
ヒミコの純粋な疑問に、ミストは慌ててわざとらしく咳払いをし、尋問官としての威厳(?)を取り繕うとした。
そんなやり取りを見て、いつまでも話が進まないと、リオが重いため息を吐きながら口を開く。
「かくかくしかじかで、ミストさんの出したペットの捕獲依頼を受けたのが俺たちで。……で、受付嬢のリーナさんに、ここにニャンカルを直接運ぶように言われまして」
「……リーナが?」
ミストが怪訝そうに眉をひそめる。
それもそのはず。普通、冒険者が依頼を完了させれば、それでおしまいである。例えば薬草採取や魔物討伐の証明部位なども、わざわざ依頼主の元へ直接運ぶような真似はしない。冒険者はギルドの窓口に提出し、そこから先はギルド職員が手配するのがルールだからだ。
「まぁ、まさか届け先がミストさんの家だとは思いませんでしたけど。他のニャンカルはギルドで引き取ったのに、あの人『 一件ここに運ぶのにお願いしまーす♪』って……」
「あ、あぁ。そうか。それはなんというか……まあ、私も同じ相手と一日に何度も会うとは思わなかった。……それで、これが」
リオの愚痴に同情しつつ、ミストの視線が彼らの足元に置かれた鉄檻へと向けられる。
その檻の中にいるのは、ふさふさの毛並みを持つ『一匹』の生き物。山で適当に群れごと捕獲したニャンカルたちは、この一匹を除いて他の飼い主たちの元へとギルドから運ばれていく手はずになっていた。
そしてミスト用に選ばれたこの一匹は、今も鉄格子の向こうで、野生の欠片もなく仰向けになり、無防備に腹を出して爆睡している。
「おお……っ! なんという愛らしさ……!」
「おお、ニャンカルじゃ。ほれ、ちゃんと一匹生け捕りで連れて来たぞ。……で、おぬし、これを食うのか?」
「んな訳あるかッ!! ペットだ!!」
感動で打ち震えていたミストが、ヒミコのあまりにも野生児すぎる発言に、今日一番の鋭いツッコミを炸裂させた。
「にゃわ!?」
その大声にビクッと飛び起きたニャンカルが、警戒するように周囲をキョロキョロと探索し始める。
やがて、そのまん丸の瞳がミストとパチリと合った。
「お、おお……」
ミストが再び感動に打ち震え、そっと檻に近づく。
「ほれ、お前の新しい飼い主だぞ」
ヒミコが偉そうに檻を叩いて促すと、ニャンカルは小さく鳴いた。
「わんにゃー?」
ヒミコの言葉が通じたのだろうか。ニャンカルは檻越しにミストへと顔を近づけ、その鼻先をすんすんとヒクつかせる。やがて、ぺろりと差し出された指をひとなめした。
「へー。ミスト、あんたもう気に入られたみたいだね」
「そ、そうなのかい?」
ミランダに言われ、ミストはまんざらでもない表情を浮かべてニャンカルと視線を合わせる。
ニャンカルはその間も、差し出されたミストの指をぺろぺろと熱心に舐め続けていた。
「すっかり気に入られとるなー。名前はどうするのじゃ? ちなみにこやつ、メスじゃぞ」
ヒミコが偉そうに腕を組みながら付け加える。
(……いや、違う)
だが、一人冷静なリオは、内心でひっそりとツッコミを入れていた。
ニャンカルは決して、ミストを『新しい飼い主』として認識して懐いているわけではない。玄関の扉が開け放たれた瞬間から、リオは気がついていたのだ。
彼が身につけているエプロンと手の中のお玉――そして、扉が開いた時に中から漂ってきた美味しそうな匂い。つまり、ミストは今、絶賛料理中である、と。
リオは一人、真実にたどり着いて遠い目をした。
ニャンカルは単にミストの手から染み出しているご飯の匂いを味わっているだけなのだが――まぁ、あえて言う程の事でも無いか。
幸せそうな顔のミストを見て、リオはそっと真実を胸にしまい込み、口をつぐむことにした。
「そうか、メスか……」
ミストは優しい手つきでニャンカルの頭を撫でながら、真剣な顔で考え込んだ。
やがて、しばらくの逡巡の後に静かに口を開く。
「『シュルトッテ』……というのはどうだろうか」
「シュルトッテ?」
聞き慣れない響きにリオがオウム返しすると、ミストは誇らしげに胸を張った。
「あぁ。古くからの言葉でな。『シュル』のように『取っ手』を開く……そのように、型に嵌らず、のびのびと自由に過ごして欲しいという願いを込めた名だ」
「へー、良いんじゃないか。シュルトッテ。可愛い響きだし、意味も綺麗だね」
うんうんと、深く頷きながら感心するミランダ。
感動的な名付けのシーン。――しかし、その空間で二人だけが完全にフリーズしていた。
(……シュルってなに?)
(取っ手を開くって、どういう状況じゃ……?)
邪馬大国からやって来たばかりの彼らには、そのローカルすぎる比喩表現が1ミリも理解できなかったのだ。
ミストガルの常識で盛り上がる異世界人二人を前に、リオとヒミコは「こいつらマジで何言ってんの?」という死んだ目をしながら、そっと顔を見合わせるのだった。




