22話 真理の裁定者
私の名はミスト。ミスト・ガルガント。この辺境ガルガント領を治める領主の長男だ。
この国では、貴族は十歳になると『適性検査』が行われる。その検査というのは、自身に芽吹いた『適性職業』が何かを判別するための神聖な儀式だ。
あぁ、言いたいことは分かる。私も常々疑問に思っていた。
たとえばパン屋で働いている人間が適性検査を受け、「あなたの職業は魔術師です」なんて言われても意味が分からないだろう。お前の職業はパン職人じゃないのか? とツッコミを入れたくなる。
だから私は考えた。あれは『神より授かった内なる力』と呼称するべきである、と。
我ながら完璧なネーミングだと思う。思いついた時、私はすぐさま父に進言した。「職業」なんて紛らわしい言葉はやめて、別の名前にするべきだ、と。
しかし父には、「昔からの伝統に敬意を払え」と一蹴され、あっさり却下された。
――まぁいい。私が将来領主になった暁には、直接王に進言して名称を変更させることにしよう。きっと王もご賛同されるはずだ。
そんな野望を抱きつつ、私は十歳の適性検査――もとい、『神より授かった内なる力』を確認するため、教会へと足を運んだ。
大体、こういう『神より授かった内なる力』は、親の『神より授かったちか……内なる力』の影響を強く受けやすい。
遺伝と言うのだろうか? ちなみに父の『神に……神より授かった内なる力』は『剣豪』で、母の『神より授かったうち………職業』は『魔導士』だ。
……一時、王への進言は保留することとする。伝統に敬意を払うのは大事だ。
とにかく、基本的には両親のどちらかに派生した『職業』に準ずる結果となるのが一般的だ。優秀な両親を持つ私なのだから、当然、どちらかの素晴らしい才を受け継いでいるはずである。
そしていよいよ、私の検査の順番がやってきた。
神父様に促されるまま、私は静かに祭壇の水晶へと手を添えた。
ぽわぁっ……と、水晶が柔らかな光に包まれる。
心が落ち着くような、優しく神聖な光。まるで神に祝福されているかのようだった。
(ああ、これで私も立派な力を得て、父上の役に立ってみせる――!)
胸を高鳴らせる私に、神父様がおごそかな声で告げた。
「ミスト様。あなた様の職業は――」
◇
――それから十年の月日が流れ。
気づけば私は、このファストールの街で尋問官として働いていた。
私の職業は『真理の裁定者』。響きこそ神々しいが、その実態はただの『高性能・嘘発見器』であった。
魔物との戦いが絶対視される辺境の地において、戦闘能力が無いこの能力は、完全な「いらない子」扱いだった。
だが、真の悲劇はそこではない。
稀に両親と全く違う職業が発現することはあるのだが、生真面目な父は、母の浮気を疑ったのだ。
そしてあろうことか、王都からわざわざ私と同じ職業の人間を呼び寄せ、母を尋問したのである。
結果――母の浮気が見事に発覚した。
まさか、跡取りとして期待され、最初に生まれた長男が、浮気相手との子だったとは。私の神聖なる適性検査は、図らずも我がガルガント家の崩壊の引き金となってしまったのだ。
それまで私を溺愛していた父の態度は一変し、あからさまに私を冷遇するようになった。
貴族としての体面があるため、両親は表向きには夫婦として一緒に過ごしているが、家庭内の空気は常に氷点下。居た堪れなくなった私は、跡取りの座を放棄し、逃げるように十五歳で家を出て、この街に流れ着いたというわけだ。
そして現在。
毎日毎日、尋問所に連行されてくるチンピラや怪しい連中の嘘を暴き続ける日々。
ただの尋問官だと高を括って、しょうも無い嘘をつく者達にはすっかり辟易していた。
そんな私の数少ないストレス発散法が「料理」だ。料理を作っている時は、全てを忘れられる。何も考えず、ただ黙々と食材を刻み、鍋をかき混ぜる作業をしていると、ふっと冷静になれるのだ。
――そういえば、この前変わった者達が来たな。一日で二度も連続で尋問所に来た時には驚いたが。夢を持ってこの街に来た無謀な若者かと思いきや、まさかの転移者だったとは。
腹を空かせた彼らが、私お手製の『カッチュ丼』を黙々と頬張っているのを見た時は、なんだか無性に嬉しかったな。
おっと、閑話休題だ。
とにかく、あんな微笑ましい出来事は稀であり、私の日々のストレスは限界に達していた。
(癒やしが……そう、私には癒やしが必要なのだ)
そう。今日は待ちに待った、我が家に『ペット』が届く日なのだ。
大枚を叩いてギルドに捕獲依頼を出した、愛くるしい『ニャンカルドッグ』が!
トントン。
「来た……!」
控えめなドアのノック音。
私は火にかけていた鍋を放り出し、跳ねるような足取りで玄関へと向かった。
ついに、モフモフの癒やしが我が家に――!
冷静に、あくまでクールに。私は尋問官だ。割とこの街の多くの人たちに顔が知られているのだから。
ガチャリ。
勢いよくドアを開けた瞬間。
私の目の前に立っていたのは、鉄檻に入ったニャンカルドッグと……見覚えがある少年少女。そして、なぜか一緒にいる『紅蓮の刃』のミランダだった。
なぜか三人ともほんのりと石鹸の良い香りを漂わせており、全員が疲労困憊の死んだ目をしている。
私が状況を飲み込めず呆然としていると、私の姿――エプロンを身につけ、手にお玉を持った完全な厨房スタイル――をまじまじと凝視した青黒髪の少女が、心底不思議そうな顔をしてポツリと呟いた。
「あぁ? ……おぬし。まじの料理人じゃったのか?」




