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21話 捕獲完了?

 

 「はんにゃらぺったぱ!!」

 「なんでぇ!?」

 

 絶望的なタイミングで放たれた謎の呪文。

 のどかな山にリオの悲鳴が響き渡った、その直後だった。


 『ポンピーン♪』

 

 どこからともなく、前回よりも、更に気の抜けた電子音が空中に響き渡る。

 そしてヒミコの目の前に、光の粒子が集まり、ホログラムのような半透明のウィンドウがポップアップした。


 「出たよっあのルーレット! 頼むから今回はまともなのを引き当ててくれよ!?」

 

 リオが冷や汗を流しながら叫んだ先。

 そこには、ものすごい勢いで回転する『左のルーレット』と『右のルーレット』が、デデンッ!と並んで鎮座していた。


 『ドゥルルルルルルルルル……!!』

 無駄にテンションの高いドラムロールが鳴り響き、謎のシステム音声(女性の声)が軽快にアナウンスを始める。


 『さぁ、運命のルーレットタァーイム! タイミングを合わせて、ストップって言――』

 「ストップじゃ!!」

 

 間髪入れず。

 謎のアナウンスすら最後まで聞かずに、ヒミコが食い気味に叫んだ。


 「お前、話くらい最後まで聞けよ! 適当に止めるな!」

 

 リオのツッコミと同時に、まずは『左のルーレット』がピタリと停止した。

 そこにデカデカと表示された文字は――。


 【 味方全体 】


 「……味方全体?」

 

 リオは目を瞬かせた。

 味方全体。つまり、自分とヒミコ、そして地面でデレデレになっているミランダのことだ。


 「俺達!? なんだなんだぁ?」

 

 リオが『右のルーレット』を見上げる。


 『ドゥルルルルル……ダンッ!!』

 

 劇的な効果音と共に、右側のルーレットが停止した。

 そして表示された、輝かしい効果の文字は――。


 【 ちゅるちゅるまみれ 】


 「………………は?」

 「…………ちゅるちゅる?」

 

 回復でもバリアでもない、あまりにも知能指数の低い文字列に、リオとヒミコが同時にフリーズした。

 ピピッ。

 ルーレットのウィンドウが消滅した瞬間。

 三人の頭上に、巨大な魔法陣が展開された。

 そこから現れたのは、光の剣でも聖なるオーラでもなく――謎の赤茶色をした、泥のようにドロドロの『ペースト状の何か』だった。


  どぱぁぁぁぁぁぁぁぁーーーッ!!!


 「「「ぶべらっ!?」」」

 

 回避する暇など一切なかった。

 滝のように降り注いだ大量のペーストが、リオ、ヒミコ、そして地面に倒れていたミランダの全身に直撃し、三人は文字通り頭の先からつま先まで『ちゅるちゅるまみれ』になった。


 「げほっ! がはっ! な、なんだこれ!? うわ、魚介? 鶏肉? なんか異常に強烈な匂いがする!?」

 「なんじゃこのドロドロは! ワレのローブが変な匂いに……!」

 

 顔面に張り付いたペーストを拭いながら、むせ返るリオとヒミコ。

 しかし、異変は彼らだけに起きたわけではなかった。

 

 ピタッ。

 

 周囲を取り囲んでいた数十匹のニャンカルドッグたちが、一斉に動きを止めたのだ。


 「すんすんっ……。すんすんすんっ……」

 愛らしい鼻をひくひくとさせ、空中に漂う『強烈な魚介とチキンの旨味エキス』の匂いを嗅ぎ取るニャンカルたち。

 次の瞬間。

 すべてのニャンカルドッグの瞳孔が、限界まで真ん丸にガン開きになった。


 「…………あっ」

 

 リオは悟った。

 ニャンカル達にとって、この『ちゅるちゅる』というペーストが、理性を完全に吹き飛ばすほどの【究極にして至高の麻薬的おやつ】であるということに。

 群れのボスカルが、よだれを滝のように垂らしながら、天に向かって歓喜の咆哮を上げた。


 「わんにゃぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!!!!!!!!!!!!」

 それは、威嚇でもツンデレでもない。

 純度100パーセントの『圧倒的な食欲』だった。


 「「「にゃーっ!! わんわんっ!! しゃーっ!!!」」」

 「ぎゃああああああああっ!? 来るな! 俺を舐めるな! 食うなあああっ!」

 「ひぎぃっ!? やめっ、ざらざらの舌で舐め回すな! 顔はやめろ、顔はぁぁぁっ!!」


 飛びかかってきた数十匹のニャンカルドッグに押し倒され、全身の『ちゅるちゅる』を狂ったように舐め回されるリオとヒミコ。


 「あーしあわせ、あーああああああああああ……っ」

 

 ――そして、そこに混じるド変態が約一名。

 

 のどかな山に、猛獣ペットたちの歓喜の鳴き声と、ド変態の悦びの声、そしてド素人二人の絶望の悲鳴が仲良くこだまするのだった。

 

 ◇


 「おいっ、見ろ!」

 「なっ、なんだ!? ニャンカルドッグをあんなに手懐け……って、くさっ!?」

 

 その日の夕刻。冒険者ギルド・ファストール支部内は、一時騒然となっていた。

 時刻は、その日の依頼を終えた冒険者たちが続々と帰還し、ギルドが一番人でごった返すピークの時間帯である。

 

 そんな満員のギルドの中で、まるでモーゼの海割れのように、屈強な冒険者たちが「ある三人組」からサァッと一斉に距離を取り始めたのだ。

 

 三人の頭、肩、服の至る所に、ニャンカルドッグがだらんとぶら下がり、未だに狂ったようにペロペロと布地を舐め回している。

 そして何より、三人の全身から放たれる『強烈な魚介とチキンの旨味エキス(ちゅるちゅる)』の匂いが、ギルド内に充満していた。


 「あぁ……っ」

 

 恍惚とした表情を浮かべ、完全に顔がとろけている変態が一人。

 対して、両隣を歩く二人の少年少女は、一切の感情を失い、完全に魂の抜けた死んだ顔をしていた。


 「あれ、あの上気した顔……『紅蓮の刃』のミランダじゃね?」

 「嘘だろ。なんであの一匹狼で有名なミランダが、あんなガキンチョどもと一緒に……しかも猫まみれで……」

 「俺、あのガキ見た事あるぞ。この前、適性検査の時に水晶が目も開けられない程ギルド中に輝きだした奴らだ」

 「マジで!? じゃあ、なんかヤバい上級職だったのか!?」

 「あの男の方は弓術士だったが、女の方はただの『バクチ職』だった。多分ハズレだろ」

 「なんだよそれ……」

 

 ヒソヒソ、ザワザワ。

 

 周囲から遠慮なく突き刺さる、奇異の目と容赦ないヒソヒソ話。

 本来なら「かっこいい冒険者」として凱旋するはずだったギルドのど真ん中で、彼らは今、完全に『ヤバい奴ら』として注目の的になっていた。


 「それにめちゃくちゃ変な格好してたんだぜ? 多分ど田舎の勘違いファッションなんだろうけどさ。なんかよくわからねえ、田舎っぽいっつうか」

 「おい、此処だってミストガル王国の端っこだぜ? それよりも田舎ってどこだよ、ぎゃはは!」

 「知らねえよ、あはははっ!」


 (ぷるぷるぷるぷるぷる……っ)

 

 全身に猫をぶら下げ、強烈な匂いを放ちながら。

 限界まで張り詰めた『怒り』で、少女の身体は小刻みに震え続けていた。


 「おいっ」

 「んっ? あぁ?」

 

 足元から聞こえた低いドスの効いた声に、冒険者の男二人が見下ろす。

 そこには、体中から強烈な旨味エキスの匂いをまき散らし、ドロドロの汚れまみれになった青黒髪の少女が、鬼のような憤怒の表情で二人を睨み上げていた。


 「なっ、なんだよ……」

 

 二人の冒険者の眼前に急に現れた少女。


 「あんな堂々と聞こえるような声量で、よくもワレを小馬鹿にしてくれたな」

 「なっ、なんだよ! じっ、事実じゃねえか!」

 

 あまりの迫力と異臭に、男たちが思わず後ずさる。

 しかし、少女は逃がさない。


 「覚悟はできたか?」

 

 一歩、また一歩。

 全身からヤバいオーラ(と匂い)を漂わせながら、じりじりと男たちににじり寄っていく。


 「おっ、おいまさか!?やっ、やめ――」

 男たちがヒミコの最悪の意図を悟った時には、もう遅かった。


 「ワレの慈悲(ちゅるちゅる)を分けてやるわぁぁぁっ!!」

 「「ぎゃあああああああっ!?!?」」

 

 ドサッ! べちゃぁっ!

 助走をつけたヒミコが、男たちに向かって全力の『抱きつき攻撃』を敢行した。

 強烈な魚介とチキンのペーストが男たちの防具にベッタリと擦り付けられ、さらにヒミコに群がっていたニャンカルドッグたちまでが「おっ、こっちにも美味い匂いが!?」とばかりに男たちへと雪崩れ込んでいく。


 「くっさ!? なんだこのドロドロ! やめっ、ニャンカル! 顔を舐めるなあああっ!」

 「あはははは! お前らも『ちゅるちゅるまみれ』の刑じゃあ!!」

 「やめろバカ! これ以上被害を広げるな!!」

 

 のどかな山から一転。

 

 今度は冒険者ギルドのど真ん中で、男たちの絶望の悲鳴と、自称・次期女王の高笑い、そして胃を痛めたリオのツッコミが響き渡るのだった。


 

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