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20話 ニャンカルドック


 ニャンカルドッグ。

 

 それは、犬のような気高き『忠誠心』と、猫特有の気まぐれな『ツンデレ』を併せ持つ、実に面倒くさ……もとい、愛らしい性格をした生き物である。


 「いいか、よく聞けあんたたち! ニャンカルを無傷で捕獲するためのコツはな、まず圧倒的な実力差で『アタシたちの方が強い!』ということを分からせる! そしてその直後、ヤツらの理不尽なツンデレを全て受け止める『海のように大きな心』を見せつけるんだ!!」

 

 ビシッと指を突きつけ、熱弁を振るうベテラン冒険者。


 「ミランダさん、あんた急に何言ってんの!?」

 

 リオがドン引きした顔でツッコミを入れた。

 つい先程まで、「50万のラプターがぁ……」と死んだ魚の目で荷車を引かせていたあの気だるげなオーラはどこへやら。今のミランダは、なぜか顔をほんのり赤らめ、前のめりになって異常なまでのやる気を出していた。


 「……ほう? お主、さてはあの生き物を見て『やだ、可愛い……!』とか思ったんじゃろ?んん?そうじゃろ、んん?」

 

 ニヤニヤと意地悪な笑みを浮かべ、ヒミコがミランダの顔を覗き込む。


 「そっ、そんなことねえし!? ア、アタシはただ、早くこの依頼を終わらせるために、リーダーとして的確なアドバイスをしてやってるだけで……!」

 「あんたが一番ツンデレになってどうすんだよ」

 

 図星を突かれて顔を真っ赤にして焦るミランダに、リオの冷ややかな声が突き刺さる。


 「わんにゃー!!」

 

 言い争う三人の頭上から、不意に声が上がった。

 視線を上げると、少し小高い斜面の上から、先ほど茂みから飛び出してきたキジトラ柄のニャンカルドッグが前足をピンと突っ張って立っていた。

 実に耳障りの良い愛らしさ全開の咆哮。まるで「アタシたちを無視するんじゃねえー!」とでも言わんばかりに、高い位置から偉そうにこちらを見下ろしている。

 

 トコトコトコ。

 威嚇しているつもりなのか、そのまま斜面を駆け下りてくると、犬のように機嫌良く尻尾をフリフリと揺らしながら、キジトラのニャンカルが三人にすり寄ってきた。


 「――くっ! や、やるな……! 見ろあんたたち、あいつがこの群れのボスニャンカル……もとい! 『ボスカル』だっ!!!」

 「何がだよ!?」

 

 その圧倒的な可愛さを至近距離で浴びたミランダが、胸をギュッと押さえながら、大ダメージを受けたかのようにその場にうずくまった。

 ベテラン冒険者を謎の愛称ボスカルとともに沈め、キジトラのニャンカルが足元で「えっへん」と胸を張って勝ち誇る。


 「……お主、本当に色々と『イタい』奴じゃな」

 

 完全にポンコツと化した引率者を冷ややかな目で見下ろし、ヒミコが深いため息をついた。

 そして次の瞬間。ヒミコは、足元でドヤ顔をしているニャンカルに向けて、躊躇なく手を伸ばした。


 「ほれ、捕獲じゃ」

 「わんっ!? にゃーーっ!?」

 

 むんずっ。

 まるでその辺の野良猫を捕まえるかのように、ヒミコにあっさりと首根っこを掴み上げられ、キジトラのニャンカルが空中で無様に手足をジタバタとさせた。


 「…………えっと」

 

 そのあまりにも平和であっけない光景を見て、リオはポカンと口を開けた。

 そして、いまだに胸を押さえてしゃがみ込んでいるミランダへと視線を落とす。


 「ミランダさん。さっき『普通に戦闘になるぞ』って俺たちを脅してましたけど……もしかして、これのことですか?」

 「ぜぇ……はぁ……そうだ。見たか、あいつらの恐るべき精神攻撃を……っ。もう少しでアタシのライフはゼロだった……」

 「あんたが勝手に萌え死にかけてるだけだろ!!」

 

 一人で勝手に致命傷を負って息も絶え絶えになっているベテラン冒険者に、リオの本日最大ボリュームのツッコミが響き渡った。

 

 「ふはは! たかが愛玩動物に後れを取るとは、冒険者とやらも大したことないのう! これなら50万のラプターとやらも、ワレの敵ではないわ!」

 「いや、ラプターって奴は普通に物理で殺しにくるからきっと!?」

 

 そんな漫才のようなやり取りをしていると。


 「あっ」

 

 ヒミコが勝ち誇って手元の力が少し抜けたタイミングで、キジトラの『ボスカル』がするんっ、と見事に首根っこから抜け出した。


 「わぁああああん、にゃにゃぁ!!(助けてにゃー!)」


  地面に着地したボスカルが、泣きそうな顔で背後の丘に向かって悲痛な鳴き声を上げる。

 すると。


 「「「しゃーっ! ばふっ! わんにゃん!」」」

 

 丘の上で待機していた数十匹のニャンカルドッグたちが、ボスの危機に一斉に斜面を駆け下りてきた。

 あっという間に三人は、モフモフの毛玉の群れに完全に包囲されてしまう。


 「はぁ……はぁ……。よし、来たぞ。次だ。ここからヤツらの『ツンデレ』を試されるぞ……!」

 

 いまだに動悸が治まらないらしく、胸を押さえたままのミランダが荒い息を吐きながら警告する。


 「だからツンデレの試練って何なんだよ!?」

 

 リオが叫んだ直後、ニャンカルたちの一斉攻撃(?)が始まった。


 「しゃーっ!!」

 

 バシバシバシバシッ!

 数匹のニャンカルがリオの足元に群がり、鋭い爪を……立てずに、柔らかい肉球でポカポカと連続猫パンチを繰り出してくる。


 「いてっ!? いや、痛くない! むしろプニプニしてて気持ちいい!?」

 「にゃーん……(すりすり)」

 「怒ってたはずなのに、今度は足にすり寄ってきた!? えっ、撫でた方がいいの!? 撫で……」

 「がぶっ!(わんっ!)」

 「痛ぇっ!! 撫でようとしたら噛まれた!!」

 

 ツン、デレ、からの理不尽なツン。

 気まぐれすぎる猫の習性と、犬の構ってちゃんアピールが見事に融合した、精神を激しく揺さぶる凄まじいコンボ攻撃である。


 「ああっ……! ダメだ、アタシの大きな心が……ッ! 理不尽な攻撃すらも愛おしい……ッ!!」

 

 一方のミランダは、足にすり寄ってくるニャンカルたちに完全降伏し、地面に崩れ落ちてデレデレの笑顔で顔中を舐め回されていた。もはや戦力外どころか、完全に群れの一部と化している。


 「くそっ、ミランダさんが完全に使い物にならねえ!」

 

 助けを求めて振り返った先では、ヒミコもまた、別の意味で群れの餌食になっていた。


 「まったく、なにをやっとるんじゃミランダは! ……って、こら! ローブを引っ搔くな! 破れたらどうする気じゃっ、おい! 猫! ――いや犬!!! ええい、どっちなんじゃーーー!!!!」

 

 引っ掻かれたと思ったらすり寄られ、油断すると今度は裾に噛みつかれる。気まぐれすぎる理不尽なツンデレコンボに翻弄され、ヒミコの堪忍袋の緒がついにブチッと音を立てて切れた。


 「んがぁぁぁっ!!!」

 

 頭を掻きむしって激しくイライラしだしたヒミコは、突然ヤケクソ気味に杖を天高く突き上げた。


 「はんにゃらぺったぱ!!」

 「なんでぇ!?」

 

 ただのペット捕獲依頼で、まさかの『超低確率の奇跡トラブル』を引き起こすインチキスキルの発動。

 絶望的なタイミングで放たれた謎の呪文に、リオの悲鳴のようなツッコミがのどかな山に木霊した。


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